第10話 キノコ鍋
「さあ、腹ごしらえだ。たっぷり食べるぞ!!」
無骨な石造りの屋敷に広い庭がある。そこには12人ほどの屈強な男たちが、意志で作った簡単なかまどで鍋を煮ていた。
男たちは全員がひげをもじゃもじゃ生やしており、着ている物は熊の毛皮であった。
どこからどう見ても山賊にしか見えないが、その中でずば抜けて体格の良い男は貴族の息子である。
名前はフォルス・アンプリュダン。アンプリュダン伯爵の次男で15歳だ。周りの男たちは彼より年上だが、まるで熊のように身体が大きく、腕力も領内で一番である。
アンプリュダン領はヤムタユ領より南方にある。森に囲まれた、ほどほど小麦の取れる土地だ。
フォルスは自分の仲間を集め、ヤムタユ領を攻める予定なのである。
もちろん彼らでひとつの領を潰せるわけがない。領内に侵入し、村を襲撃するのだ。
家と畑を焼き払い、村人は皆殺しにする。それを繰り返し、ヤムタユ領を弱体化させるのだ。
「ああ、楽しみだなぁ。ヤムタユ男爵にほえ面をかかせてやれるんだから!」
フォルスはげらげら笑っている。とても貴族の息子とは思えない品のなさだ。
彼はヤムタユ領に恨みはない。当主のズッシーオ・ヤムタユ男爵とも面識はない。単純にヤムタユ領は豊かなので嫉妬しているのだ。
伯爵領よりも階級が低い男爵領が繁栄を極めていることに腹を立てている。もっとも兄はズッシーオを高く評価しており、王都では学友として仲良くしていたそうだ。
なんでもズッシーオは、身体は弱いが人を見る目があるという。さらに動体視力も優れており、兄がボクシングのスパーリングパートナーを務めさせたが、ズッシーオはパンチをすべて紙一重で躱したそうだ。
フォルスはイラついた。ルミッスル王国は強さを誇る国だ。貧弱男爵と揶揄される男がもてはやされるなどあってはならないと思い込んでいる。
父親もズッシーオはともかく、ズッシーオの父親ディーノに行為を抱いていた。それもフォルスには気に入らない。
すべては嫉妬であり、逆恨みであった。別に家族からズッシーオと比べられたわけではないのに、彼を誉める家族に憎しみを抱きだしたのである。
「でもよろしいのですか。伯爵さまに内緒で」
男のひとりが心配そうに声をかけた。いくらなんでも理由もなく攻めるのは危険だと思っていた。
「いいんだよ。ばれなきゃいいのさ。やつらが文句を言っても知らんぷりすればいいんだよ」
フォルスは鍋をかきこみながら答えた。この男は楽観的であった。もって生まれた巨躯に溺れていたのだ。力こそすべて、力を持つ者が一番偉いと思い込んでいるのだ。
「おい、具が足りないな。森へ行ってきのこでも取ってこい」
フォルスは近くにいた男に命令した。男のひとりは無言で立ち上がり、森の中へ入っていく。
「フォルス様、あんな男いましたっけ。いえ、俺たちの仲間であることは確かなのですが……」
「お前もか。俺もあいつの名前は思い出せない。だが俺様の仲間であることは間違いない。細かいことなど気にするな。腹が減っては戦はできぬぞ」
フォルスは豪快に笑い、他の面々もつられて笑った。
その内に男が戻ってきて、白いキノコをどっさりと持ってきた。
「おお、シラユキタケではないか。鍋に入れるとすっげぇうめぇんだ。さっさと洗って、むしってくれ」
男はそう言われると、井戸水でキノコを洗い、手でキノコをむしる。
「待ってください。本当にシラユキタケなのですか。もしかしたらハクメタケかもしれませんよ」
ハクメタケは毒キノコで、シラユキタケに似ている。見た目は白いキノコだが、ハクメタケは黒い点があるのだ。森を拠点とする狩人なら一目でわかる代物である。
ちなみにハクメタケは食べると激しい下痢に見舞われるのが特徴だ。
「がっはっは、構うものか。当たったら当たったで運が悪いだけだ。さあ、干し肉も一緒にじゃんじゃん入れてくれ」
フォルスは細かいことを気にしない性格であった。兄と違って勉強が嫌いで、年がら年中病気の奴隷をメイスで殴り殺したり、周囲の領地から豚を強奪したりとやりたい放題だ。
父親にばれてもしょうがないなと笑ってすまされている。兄は苦虫を噛んだ顔になり、控えるように注意された。母親は彼のすることは何でも許容した。
フォルスは甘やかされた次男坊であった。それ故に何をしても許されると思い込んでいる。
「うっ、うがぁぁぁ!!」
男のひとりが手にしたお椀を落とすと、森の中に駆け込んだ。そして聞くに堪えない音が鳴り響く。
それがきっかけとなり、周囲はおぞましい阿鼻叫喚へと変化したのだ。フォルスは一番食べたからその音も豪快である。
フォルスをたしなめた男は慌てて屋敷へ駆け込み、医者を呼んだ。
だが彼は気づかなかった。自分たちが12人しかいないことを。キノコを採りに行った男が消えていることに気づかなかったのだ。
☆
「なんたることだ」
ズッシーオは手紙を読んでいた。夕食はキノコ鍋である。
キノコは種類に関係なく、どれも不溶性の食物繊維が豊富なのだ。噛み応えがあり早食いの防止にもなる。たんぱくな味わいで料理を選ばず、いろいろな料理に仕えるのである。
不溶性の食べ物は水に溶けにくい。水分や老廃物などを吸着し、便のカサを増すのだ。
腸の刺激とぜん道運動を活発化し、排便も促すのである。
キノコの他におからやタケノコ、豆類や切り干し大根なども不溶性だ。
「どうしたのだ。お主の執事が持ってきた手紙に何か書いてあったのか」
筋肉仙人チアオが訪ねた。キノコ鍋の準備はチアオの孫娘、レイカが行っている。
「……アンプリュダン伯爵の次男がハクメタケを食べて死んだそうです」
「ハクメタケだと? あれは食べてもすぐに吐き出せば問題ないはずじゃ。なぜ死んでしまったのか」
「……どうやら医者のせいみたいです」
手紙の主はヤムタユ家の執事スティーブだ。彼は領内に住むシャンユエ一族から周囲の領地から情報を集めている。
ズッシーオの父親ディーノは、情報を重要視していた。シャンユエ一族は獣のような身体能力と潜入能力を利用して、各地で情報を収集し、それをヤムタユ家に送っていた。
ズッシーオは月に一度、スティーブから情報を渡される。それをよく読んで吟味し、支持を出しているのだ。
フォルスのことは知っていた。やたらと野蛮で略奪が大好きな男だと聞く。ズッシーオは毒キノコを食べさせて、しばらくは身動きできないように指令を出した。
ところが斜め上な展開で終わったのだ。
「医者は、フォルスの食べたハクメタケを吐き出させなかったそうです。食べ物を吐くことは太陽の女神の恵みを否定するからだと。代わりにすりつぶした薬草を大量に食べさせられたそうです。毒と薬で相殺させるためだとか」
「なんとも非常識じゃな。わしでも毒キノコを食べたら、すぐ吐き出させるのにのう」
「それから水を一切飲ませなかったそうです。下痢には水分が必要なのに、医者はフォルスが水を求めても一滴も飲ませなかったのです。さらに……」
ズッシーオは重い表情になった。チアオは嫌な予感がしたが、訪ねずにはいられなかった。
「最後は瀉血したそうです。身体の悪い血を出すためだとか」
それが止めとなった。食中毒で苦しむ患者を徹底的に苦しめている形になっている。
フォルスは苦悶の表情を浮かべたまま、やつれて死んだという。
周りの人間は何故止めなかったのか。医者は古くからアンプリュダン家の主治医を務めており、絶対の自信を持っていた。
さらに伯爵も昔瀉血で健康を取り戻したと錯覚しており、瀉血を推奨していたのだ。
そしてやりきれないことに、他の男たちは全員助かった。
胃の中のものをすべて吐き出し、薬草を煎じたものを飲んだのだ。フォルスの兄が王都で習ったことを実践したのである。
結果、伯爵は怒り狂った。愛する息子が死んで息子の仲間が生き残ったのだ。
最初は彼らを殺そうとした。フォルスに殉死させようとしたのだ。それを兄が立ちはだかり、剣を振るって首を飛ばしたのだ。こうして兄は伯爵家を継いだのである。
「なんともいえない話だな……」
「私としてはフォルスをおとなしくさせればよかったのです。それが無知な医者によって殺され、アンプリュダン伯爵は逆上した挙句、長男に殺された。ここまでひどい結果になるとは思いもよりませんでした……」
ズッシーオは気分が重くなった。シャンユエ一族に命じたとはいえ、アンプリュダン伯爵とその次男を死なせる気はなかったのだ。
ちなみにハクメタケを持ってきたのがシャンユエ一族の一員だ。彼は自身をフォルスの仲間と思い込むことにより、仲間たちと同化したのである。
たとえフォルスが名前を思い出せなくても、忘れているだけだと気にも留めなかったのだ。
「忘れるがよい。これはお前さんが意図した結果ではないのだからな。さあ、夕食を食べようではないか。エノキダケにシメジと食べられるキノコしか入っておらんぞ」
その日のキノコ鍋は美味だったことを付け加えておこう。
フォルスはフランス語で力強さを意味し、アンプリュダンは無謀を意味します。




