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10. 競走と難癖と仲間

 小テストの日から、僕は事あるごとにシールに絡まれている。

 昨日のように読んでた本をバカにしてきたり、顔を合わせれば嫌味を言われるし僕の行動にはいちいち難癖をつけてくる最低な奴だ。

 アルフ達が近くにいると不利になるってわかっているからか、僕一人の時を狙ってわざわざ嫌味を言いに来ることもある。僕も負けじと言い返すとだいたいヒートアップしてしまい、騒ぎを聞きつけたアルフ達を巻き込んで大喧嘩に発展し最終的に先生に怒られる。理不尽だ。

 僕らが反撃しているから何故かシール達だけでなく僕らも両方悪いと怒られる。だが、そもそも突っかかってくるのはシールだしこれは立派ないじめだろう。


 そして、シールにいじめられているのは僕だけでなく、もう一人いた。


────


 きっかけは体育の授業だった。


「竜人族はしんたいのーりょくってやつもすげぇんだぜ!」


 走りつかれて息を整えるのに必死な僕の前で、シールはふんぞり返って晴れ晴れと笑っている。

 今回の授業はかけっこをしていて、順番は適当に五人ずつ走っていたところシールに襟をつかまれ無理矢理一緒に走らされたというわけだった。

 シールとシールの取り巻き二人、それから僕を心配して着いて来てくれたアルフの五人で走った結果、僕はぶっちぎりで遅かった。シールの取り巻きの一人であるドグは結構太っているのだが、それでも僕より速かった。

 今回一番早いのがシール、次に背が高い取り巻きのライリー、アルフ、ドグ、最後に僕。少しでも距離を縮めようと必死に走ったが追いつけず、ぜーはーと無様に息を吐く僕を見たシールはそれはそれは清々しい笑顔だった。


「おいリーン、大丈夫か?」

「だ、大、丈夫……多分……あ、やっぱむり……」

「とりあえず座っとけよ。お前ぶっ倒れそうで見てて怖い」

「…………うん、そうする……」


 アルフは僕を気遣ってか影の方で一緒に座ってくれた。アルフは多少汗をかいているもののまだまだ余裕そうだ。


「ハッハッハッ! 勉強だけできてもダメなんだぜ! やっぱオレみたいな天才は勉強も運動も完璧にできないとな!」


 シールは息一つ切らさずに、自慢げに高笑いをしている。なんであんなに元気なんだろう。ライリーも多少は疲れているようだし、ダンは僕と似たり寄ったりだ。やっぱり種族的な問題なんだろうか。

 それにしても、こんな風に機嫌がよく楽しそうなシールを見たのは久々かもしれない。笑っているところはよく見るが、あからさまに僕に敵意が向いている嫌な笑みだった。それがこんな晴れやかに笑っていると、年相応で微笑ましい。シールはただ僕を打ち負かせて喜んでいるだけなんだろうけど、その表情に敵意は一切感じない。平和だ。


 そんな時、シールの後ろから大きな歓声が上がった。奥に目を向けると人だかりができていて、「すごい」だの「速い」だのというクラスメイト達の称賛の声が聞こえてきた。もちろんそれをシールも聞いていたようで、笑い声が止んだかと思えば一瞬にして表情が抜け落ちた。口からゆらりと炎が見え隠れしているが、気分的には気温が一気に下がった。


「おいお前ら! 何があったか見に行くぞ!」

「あ、待てよ……! シール!!」


 ダンの制止も空しく、シールは人ごみの中に突っ込んでいく。ライリーはダンを支えつつ、その背中を追った。


「心配だし、俺も様子見てくる。リーンは休んでろよ」

「……いや、僕も行く。気になるし」

「そうか、じゃあ行こう」


 人ごみをかき分けて前に出ると、生徒が三人走っているところだった。一位と二位では大きく差が開いていて、トップを独走しているのは狼獣人のダッシュだ。一人だけ四足で楽しそうに走っている。


「わ……速っ……!」


 思わず声が漏れてしまうくらいダッシュは速かった。本当に同年代かと疑ってしまうくらいだ。


「ダッシュ、これで五回連続で走ってるのよ。なのにずっとあの速さなの」


 最初から見ていたらしいナタリアが近くに寄ってきて教えてくれた。それだけ長い間走り続けているというのにダッシュの息は乱れていない。

 勢い良くゴールの線を踏んだ後も勢いを殺せずだいぶ遠くまで行っていた。


「よっしゃーまた一番! 次誰走る!?」


 遠くからダッシュが笑顔で叫びながら、走ってこっちまで戻ってきている。そんなダッシュの前に立ちはだかったのはシールだった。


「次はオレだ!」

「お、たしかシールだったっけ! よし、一緒に走ろうぜ!」


 ダッシュに手を引っ張られ、そのまま二人はコースに並んだ。


「あ、シール俺も……」

「いい! お前らは黙ってみてろよ!」

「なんでだ? みんなで走った方が楽しいだろ?」

「いいから! これはオレとお前の勝負なんだよ!」

「勝負! いいなそれかっこいい!」


 楽しそうに目を輝かせるダッシュと対照に、シールは鋭い目つきで目の前を見つめている。そんなシールを、一緒に走ろうとしたライリーとダンは心配そうに見ていた。


 先生が笛を構えると、それを合図に二人が走る体勢をとる。シールはスタンディングスタートのような体勢だが、ダッシュはまたしても四足走行のようでクラウチングスタートのような体勢をとっている。

 そして、笛が鳴った。

 二人は同時に走り出す。

 差はすぐに明確になった。シールはもちろん速い。何なら僕と走った時よりも前のめりで、速いように見える。だが、それ以上にダッシュが速すぎる。走れば走るほど距離が開いていって、あっという間にダッシュがゴールしてしまった。遅れてシールもゴールする。

 後ろからではシールの顔は見えないが、膝に手をついて息を荒げているのがわかる。ダッシュはそんなシールに笑顔で声をかけていた。


「へへっお前も結構速かったけど、勝負はおれの勝ちだったな!」


 肩を勢い良く叩くダッシュの手を、シールは下を向いたまま払いのける。そのままゆっくりと顔を上げた。


「……お前四本足で走るとかさ、恥ずかしくなんねーの? そんなんただの動物じゃん! 犬が学校来る意味とかないんじゃねぇの」

「はぁ!? なんだよいきなり、負けたからって文句言うなよな!」

「負けたからじゃねーし! 獣人だって人ってついてるんだから二本足じゃないとおかしいだろって言ってんの。やっぱ犬の頭だから理解できないのか!」

「なっ……犬ってバカにすんな、おれは狼の獣人だぞ……!」


 離れた場所にいるにも関わらず、二人の言い合いはここまでよく聞こえてきた。しまいには走り方なんて関係なくなって、シールが一方的にダッシュを貶していかに竜人がすごいか、なんてまくしたてている。ダッシュはそんなシールがに口を出すこともできないようだ。

 体育の先生も急いでシールを止めに入ったが、二人のところにたどり着くころには走っていた時は元気よく揺れていたダッシュの尻尾が力なく垂れ下がっていた。


「ひどいニャ、自分が一番になれなかったからって、獣人のことバカにするニャんて」

「ラック……」


 シールの言葉で、ラックや他の獣人たちもひどく傷つけられてるみたいだった。


────


 そんな体育の授業から、シールのいじめの対象にはダッシュが加わってしまった。そして、いま正に目の前にいじめの現場が広がっていた。


 国語の授業が終わってすぐのことだ。授業後も石板に向かって何かを必死に書いていたダッシュのところに向かったシールは、その石板を取り上げた。


「見ろよこれ! 字ィすっげえぐちゃぐちゃじゃん! やっぱそんな犬の手じゃちゃんと書けねーんだろ」


 そう言ってシールは笑いながら石板を高く掲げた。その字はかなり崩れていて、読むのがすごく難しい。確かにダッシュの手は獣人の中でも獣に近いから、チョークを持って書くには苦労しているんだろう。


「か、返せよ! 今練習してたんだぞ!」

「練習したってそんなんじゃ上手く書けるようにはなんないっての!」


 努力を否定するシールの言葉を止めるため、僕らも急いでダッシュの席に向かう。


「人の頑張りを悪く言う奴とかサイアクだっつうの!」


 アルフが真っ先に声を上げ、ダッシュの前に立ちふさがった。僕ら四人が集まってきたことに気が付いたダッシュは苦虫を嚙み潰したような顔をする。


「ふんっ、弱虫が何人集まったって竜人族の俺の方が強いんだからなっ!」


 それだけ叫ぶと、ダッシュの石板を机に叩き付け取り巻きを連れシールは足早に教室を去っていった。シールが何かする度に僕らが集まって、分が悪いと悟ると去っていく、お決まりのパターンだ。


「お前ら、いつも助けてくれるな。ありがとな!」


 こうやってダッシュにお礼を言われるのもいつものことだが、やはりすぐに止めることはできてもシールのいじめが無くならないのがもどかしかった。


「いいのよ、ダッシュだって仲間なんだから!」

「おれ、仲間?」

「そ、みんなでシールを倒そうの会の仲間!」

「何それ、僕知らないけど!?」


 突然ナタリアから発せられた物騒な名称に、僕は目を見張る。そんな僕とは対照的に、アルフやラックはうんうんとうなずいていた。


「だって、いい加減シールにはうんざりしてきたもの。ここはもうガツンと一発決めちゃいましょ!」

「あーまあそうだな、俺もそうした方がいいと思うぜ!」

「そうニャの! ああいうのは一回ちゃんとしないとわからニャいの!」

「た、たしかにそうだな……?」

「ちょ、ガツンて何するつもり!?」


 呆然とするダッシュと慌てる僕に、三人はニッといたずらっ子のような笑顔を向けた。

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