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9. 日常と本といじめっ子

今日もすっきり目が覚めた。

学校が始まってからは母さんに叩き起されることも無くなり、同じ時間に目が覚めるようになった。毎日体をよく動かすし早寝早起きの習慣がついている。物凄く健康的な生活だ。

 たまに刺繍や読書で夜更かししてしまうこともあるが、寝坊はしなかった。


寝巻きから着替えてリビングに行くと既にみんなそろっていた。


「おはよう父さん母さん」

「あらリーン、おはよう。今日もちゃんと起きられて偉いわ」

「おはようリーン。顔洗ったらこっち手伝ってくれるか」


 父さんは料理中で母さんはちょうどユーリの授乳が終わったみたいだ。父さんの言葉に軽く返事をしつつ洗面所に向かう。


「ユーリもおはよ」


 途中でユーリに近づき軽く頬をつつくとユーリは僕の指を掴もうと手を伸ばしてくる。最近のユーリは好奇心旺盛で、音の鳴るおもちゃを自分で持って振ったり、近くにあるものを何でもかんでも掴んで口に入れようとするので毎日ハラハラしっぱなしだ。

 とりあえず顔を洗って口をゆすぎリビングに戻る。そのまま棚から食器を出してテーブルに運ぶとそこに父さんが料理を盛っていく。今日の朝ご飯はパンと目玉焼きとスープ、それからサラダだ。準備ができたらみんなで一緒にご飯を食べる。

 我が家は今日も平和だ。


────


「おはようリーン!」


 外に出ると、ちょうどナタリアも家から出てくるのが見えた。僕も挨拶を返して、適当に雑談しつつアルフを待つ。日にもよるけど大体僕かナタリアが先に来ていて、眠そうなアルフが後からやって来る。

 案の定今日も大きなあくびをしながらアルフがやってきて、そんな彼をからかいながら学校へ向かった。


 教室に入るといつも先に来ているラックの元へ真っ先にナタリアが駆け寄っていく。僕らもそれに続いた。


「僕ちょっと図書館に行ってくるね。この前借りたの読み終わったから返してくる」

「あ、それにゃらあたしも行く! 読みたいのあったんだ」


 僕がカバンから本を三冊取り出すと同時にラックも立ち上がった。


「それじゃ一緒に行こ。二人はどうする?」

「本読んでても眠くなるしなー俺はいいや」

「私もいいや。いってらっしゃい」

「わかった」


 じゃあ行ってくるね、と二人の方を向きながら教室を出ようとしたとき、何かにぶつかったような衝撃を受けた。そのままの勢いで僕は尻餅をついてしまい、抱えていた腕の中から本が散らばった。


「わわ、リーンくん大丈夫?」


 心配そうな顔をしながら、ラックは僕の肩を支えてくれた。そんなラックに感謝の言葉を述べ、ぶつかった相手にも謝ろうと顔を上げた先にいたのは眉を寄せてこちらを見ているシールだった。その視線は僕というより、散らばった本に向いている。そして、シールの後ろにはいつもの二人が興味深げに僕を見ていた。


「『王国騎士恋物語』……『魔物のお姫さま』……『かわいいお花の刺繡』……ふーん……」


 一冊一冊題名を読み上げるごとに、シールの眉間に刻まれた皺が濃くなっていった。明らかに不機嫌になっていくシールから隠すように、急いで本を拾い上げ立ち上がる。


「別に、僕が何の本読んで立って君には関係ないでしょ。ぶつかってごめんね、じゃ」


 足早にシールの横を通り抜けようとした時、僕の腕はシールに掴まれた。


「関係ある! だいたいお前、そんなんばっかよんでるとかやっぱ勉強してねーんじゃん! それとも、そんなくだらねー本読んでてもよゆーってことかよ、満点様はさァ?」

「な、なにそれ! くだらなくないし! 読んだことないくせに、適当なこと言わないでよ」

「読まなくてもわかるっつーの。そんなん女の読むもんだろ、男のくせにダッセェの!」

「はあ!? そんなの関係ない!」


 気づくとシールの表情は嘲笑めいたものに変わっていた。思わず表紙を隠すよう本を持ち換えようとした時、シールの横から伸びてきた手が僕の腕の中から一冊奪い去っていった。


「あ! 返して!」

「ひどいにゃ!」


 どんどんヒートアップしていく言い合いにおろおろしていたラックも、遂に抗議の声を上げた。僕らの後ろからも、何やってるんだと言いながらこちらへ近づいて来るアルフ達の声も聞こえる。

 そんな中、本を奪った取り巻きの一人は怒声など意に返さずに本を開いた。


「えーと、『あなたを……えー、私がまもります。だから……この手をとってください。そういってきしさまは私に……えっと手をさしだした。私は……じぶんのほおになみだがつたうのをかんじていた』……だってよ!」

「ハッやっぱくだんねー。女子の好きそうなやつ!」


 たどたどしくも取り巻きが読んだのは「王国騎士恋物語」の終盤で出てきた台詞だった。すれ違い続けた二人の思いがようやく通じ合った大切なシーンだったのに。シール達だけじゃなくて、教室中の視線が僕に突き刺さっているように感じる。顔が熱くなり、目尻に何かが溢れてきたような感覚があった。


「か、返してって……!」


 どうにか取り返そうと手を伸ばすも、声にも手にもまともに力が入らない。とてもじゃないが取り返せそうになかった。

 そんな時、僕は腕を引かれ数歩後ろに下がり、僕らの間に人影が割って入った。


「おい、いい加減にしろよ!」


今にも掴みかかりそうな勢いで、アルフが声を荒げる。


「ひとが嫌がってることするとか、お前らほんとサイアク」

「ほんっと、カッコ悪いわ!」

「そうにゃ!」


 アルフに呼応するようにラックや僕の腕を引いたナタリアからも声が上がった。


「その本返せよ」


 アルフが手を伸ばすも、アルフよりも背が高い取り巻きが手を高く上げたことで届かない。アルフが悔しそうに声を漏らした時、僕らの横を風が吹いた。


「え──」


 ラックが、大きなジャンプをしていた。

 ラックは軽々と取り巻きの身長を超え、しっかりと本を掴む。ほおけている取り巻きから簡単に取り返し、そのまま着地した。その耳と尻尾はピンと尖り毛が逆立っている。


「はい、リーンくんこれ」

「え?あ、ありがとうラック」


ラックは僕に本を手渡すと、そのまま向き直りシール達に爪を向けた。


「もう許さないにゃ!バリバリに引っ掻いてやる!」

「わ、わー!!待って待って!暴力はダメだよ!本が返ってきたしもう大丈夫だから!」


 今にも飛び掛かろうとするラックの腕をつかんで何とか押しとどめる。それでもラックの闘志は収まらないのか、その目つきは鋭い。そんな視線に射抜かれたシールは先ほどまでの雰囲気から一転してタジタジだ。


「ふ、ふんっ! 女に守られるとかお前の方がカッコ悪いっつーの! こんな奴付き合ってられるかッ、行くぞお前ら!」


 そういうや否や、三人は僕らを押しのけ教室へ入っていった。最後に僕を睨みつけていくことも忘れていない。


「何よあいつ、誰も付き合ってほしいとか頼んでないわ! 私たちも行こ!」

「う、うん」


 ナタリアに腕を引かれ、僕らは結局四人で図書館へと向かった。「王国騎士恋物語」の続きが出ていたが、借りる気は起きなかった。

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