第四話 10年目の異変
ヒロインであるアイドルの登場まで後2話か3話かかりそうです。思いつくまま書いているのですみません。
蒸し暑いだけのジャングルに静けさが戻れば、純とダニーはツバがかかるほど顔を寄せて、方やアニメの素晴らしさを、方や某冒険活劇映画の素晴らしさを熱く語っている。
言い争いが収まる気配はない。
じれたダニーのパーティーメンバーが、逆上した叫びを上げた。
「こんなところでじゃれ合うのは止めなさいよっ!」
「もう嫌なのよ!こんなジャングルにいるのは!」
「簡単にお金が稼げるっていうから来てんだよ、こっちは!」
純が顔を向ければ、よっぽど怖かったのか、女魔法使いは両手で怯えたように自らの身体を抱き、剣を握る男女2人の戦士は落ち着きなく周囲を見回している。
10階層にアタックできる実力と経験があれば、ここまで取り乱したりはしない。それに、複数の強化種が相手だから倒せないにしても、防御に徹すれば退却くらいできそうなものだ。
普通ではない状況、あれしか思いつかない。だけど通常は複数人のルーキーにやるものではない。ダニーに問うように視線を戻せば、罰が悪そうに頭をかいていた。
「察してるだろうが、即席培養やってたんだよ。あいつらの実力は、まだ5階層レベルにも達してない」
ベテランアタッカーが強力なモンスターを叩きのめして、ルーキーがトドメだけを刺す。これが即席培養だ。
エナジーの吸収には法則がある。一匹のモンスターを複数人で倒した場合、与えたダメージ量とエナジーの吸収量は比例した。ただし、止めを指したアタッカーは無条件に4割吸収できる。この特性を利用して考えだされた方法だ。
「4人まとめてって、無茶しすぎじゃん?」
「アタッカー数が少ないお国特有の悩みってやつさ」
ああ、そういえばと、純は呆れ顔で頷いた。イギリスは先進国の中でアタッカー数、最下位。貴重なドロップアイテムの獲得だけではなく、病の特効薬になる植物、レアメタルの採集ができるアタッカーはいくらでも欲しい。そんなさなか適正者がまとめて見つかれば、できるだけ早く培養したくなるのも道理だ。
「なに、2人でコソコソ喋ってんのよ!」
「早く戻りたいって言ってるでしょ!」
危険が去ると女魔法使から怯えが消え、代わりに目を釣り上げた傲慢さだけが顔に残っていた。
あまりな物言いに、純の眉が思わず寄る。まずは礼を言うべきじゃないのか。
「え、俺、こんな奴らのために、危険を犯してまでヘルプにきたの?何か損した気分」
「まぁそう言うなよ。だけどよ、冗談もたいがいにしろよ」
「何が?」
「あの程度のモンスターで、純が危険とねーよ。遊びじゃねーか」
ダニーが唐突にヘッドロックをかましてきた。2人はこうやって気兼ねなくじゃれ合えるほど仲が良い。命を賭けているから、学校の友達とはまた違う仲間意識がある。それに通う日ノ出高校の探索部には女子しかいないし。
「気分の問題だよ。気分の」
「上には追加報酬を請求しとくから、それで機嫌直せって」
「報酬より、アニメを認めてくれるだけで機嫌直るんだけど?」
「それは、純が俺の趣味を認めてからだ」
「ダニーが先」
ヘルプで来たんだから、ダニーが先に認めるのが筋というものだ。アニメに関してだけは譲るわけにはいかない。
「勝手にじゃれ合ってばいいのよ」
「私達、先に行くから」
ふんと鼻を鳴らして、ダニーのパーティーメンバーの女魔法使いが苛立たしそうに歩きだせば、他のメンバーも後についていく。
ヘッドロックされたままの純は、首を捻ってダニーを見た。
「止めないと死ぬけど?いいの?」
聞こえたのか、女魔法使いの足がピタリと止まる。
「どういうことよ!」
「純、黙っとけよ。こういう奴らは少し痛い目にあったほうがいいんだ」
「怪我したら、大使館で事情聴取だろ。そんなの面倒すぎて嫌だって」
「しゃーねーなー。ウリウリ」
純の頭を締め付けるダニーの腕の力が増す。
「俺でストレス発散するな」
「ちょっと、こっちはどういうことかって聞いてるの!」
女魔法使い達が、荒々しく詰め寄ってきた。
「たいしたことじゃない、マデリン。ちょっとばかし、モンスターに囲まれてるってだけの話しだ」
マデリンと呼ばれた女魔法使いはキョトンとする。そしてすぐに屈辱に顔を歪めて、怒鳴り散らし始めた。
「早く何とかしなさいよ!」
「ダニー、苦労してるな」
ヘッドロックされたままの純は、性格悪そうだし今日だけじゃないんだろうなとダニーに同情する。するが視線はさっきからマデリンに釘付けだ。ロングストレートの金髪。彫りはあるが薄い感じの顔、性格は残念だけど、コスプレさせたら似合いそうだと勝手に妄想を膨らませていた。
「お偉いさんにおだてられて、エリートだって勘違いしちゃってるのさ。あれこれ苦情がきてて、俺も結構大変なんだよ。で、純はどうしてマデリンをガンみてるんだ?まさか、こういうのがタイプか?」
「見た目だけは良いから、尖った耳つけて、エルフのコスプレさせて、写真撮りたいってだけだって」
純が素直に言えば、ダニーが苦笑いする。
「相変わらずブレないよなぁ」
「キモッ!こっち見ないでよ」
マデリンが汚物を見るように嫌悪を瞳に浮かべて、純に向かって右手を振り上げた。が、その手が振り下ろされることはなかった。
純がいきなりダニーの足をかけて倒し、マデリンを突き飛ばしたからだ。事態が把握出来ずに、声を発することもできない2人。
直後、マデリンがいた地面に小さなクレーターができる。
「伏せてろ!」
純が怒鳴ると、ダニーが泥まみれになるのも構わず、横に転がり腹ばいになった。
ルーキー2人は棒立ちのままだ。
「どっ、どうしたっていうのよ」
「死にたくなかったら、動くな」
純は水溜まりに尻もちをついたまま戸惑うマデリンの前に移動し、正面のブッシュを睨む。
10階層ではあり得ないスケールのエナジーが膨れ上がると、炎を圧縮したファイヤー・バレットがブッシュの茂みを突き破ってきた。
続いて強烈な殺気を撒き散らして黒い影までもが飛び出してきた。
純はロングソードを下から振り上げファイヤー・バレットを弾き、手首を返し黒い影を斬り下ろす。しかし手応えはなく、変わりに貫手が純の眼球めがけ迫る。
咄嗟に首をひねりながら、右手を剣の柄から離し払う。
鋭い爪がわずかに頬をかすめ鮮血が舞うが、かまわず身体を反転させて裏拳を、鱗がビッシリと覆う横っ面に見舞った。
今度は手応えありだ。
黒い影は吹き飛ぶが、木の幹に激突する前に姿がフッとかき消えた。
純はすぐにロングソードを構え直す。強敵上等、ぶっ倒してやるから、かかってこいだ。
弾いたファイヤーバレットは、茂る大木の緑に穴を開け、天井の岩にも大穴を開けていた。
焦げた臭いが辺りに立ち込めている。
「フレイム・・・リザード・・・だよな?」
「うん」
先に声を上げたのはダニーだ。どこか自信のない声。それもそのはずフレイムリザードは、30階層に出現する炎の属性を持ちで紅蓮に輝く鱗が特徴の人型トカゲモンスターだ。こんな10階層にいていいモンスターではない。
「映像とは大違いだ。俺にはかろうじて姿が見えただけだ。フレイムリザードがあんなに強いなんて」
「前に戦ったフレイムリザードはこんな強くなかった。あれは普通じゃない」
「だいたい、なんで30階層のモンスターがここにいるんだ?ルーキーのお守りをさせられるのだって運が悪いってのに。どんだけツイてないんだよ。俺は」
ダニーのパーティーメンバーはゴクリと生唾を飲み、震え始める。
緑の茂みがざわめいた。
「エア・バレット、マルチ」
純が詠唱すれば、頭上で枝を葉を激しく揺らして大気が渦巻く。もう油断はない。いけ好かないルーキーだからって見殺しにしてしまっては、後味が悪くてアニメも楽しく見れない。
襲いかかってきたのは、ずっと様子を伺っていたグリーンモンキーの集団だ。遅れて、フレイムリザードも躍り出てくる。
「ショット」
全方位に風の弾丸をぶちかませば、フレイムリザードも炎の弾丸を口から吐き出す。
圧縮された大気と炎がぶつかり、爆風が巻き上がった。
吹き荒れる熱風に、4、5匹グリーンモンキーが消し飛ぶ。
何もできないルーキー達は、顔を背けているだけ。
「お前ら、この先もアタッカーやってくつもりなら、モンスターから視線を切るな。生き残れる可能性から目を逸らすのと同じだぞ」
「ダニー先生!雑魚は任せた!」
アドバイスをしているダニーに声をかけて、純は地を蹴った。
「こっちは任せておけ」
今回ばかりは、ダニーも無駄口を叩かず起き上がり走る。
純はフレイムリザードを間合いに捉えると、肩の高さで水平に構え剣で、さっきのお返しだと眼球に狙いをさだめ切っ先を繰り出した。だが、フレイムリザードに首を傾げただけでやり過ごされる。30階層のモンスター相手に一撃でなんてありえないから、腰のナイフを抜いて追撃するも、銀閃は弧を描くだけ。フレイムリザードが突っ込んでくると予測して振ったのに、踏み込んでんでこなかったのだ。
純を手強いと感じ取ったのか、向きを変えダニーに走る紅蓮の背びれ。
「ダニー!」
純はエナジー全開で追う。
フレイムリザードの肘から先が炎を纏った。
振り向くダニーが目を剥く。焦らずバスターソードを振り回してグリーンモンキーを牽制してから、フレイムリザードに切っ先を向けたのはさずがだ。
純はナイフを投げるが、簡単に尻尾で弾かれた。魔法は詠唱があるから間に合わない。Bランクハンターの腕前では・・・駄目だ殺される。
一歩届かない。
「ダニー!」
焦りがそのまま叫びとなる。一撃、どうにか一撃だけ防いでくれと念ずると、念が通じたのかフレイムリザードが予想外の動きをした。グリーンモンキーを攻撃したのだ。






