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心が痛む。ズキズキ痛む。

 紬はいつの間にか眠っていたらしい。


 ぼんやりとした意識のまま、空が茜色になっていることだけは理解できた。

 カーテンの隙間から、赤い光が差し込んでいたからだ。


(……誰か、いる、のか)


 頭がまだ覚醒しきらないらしい彼は、ぼんやりと人の話し声に意識を向ける。

 どうやら、二人いたようだが一人は出て行ったようだ。


「あっ、紬起きたのか」


「……紡……?」


「なんだなんだ、まだ寝ぼけてンのか?」


「おう……いま、目ェ、覚めた。……先生は?」


「職員会議だ、つって出てった」


「そっか。あれ、紡は今日部活じゃねえの」


「あーうん、三年だし別に顔出さなきゃなんねってわけじゃないしさ」


「……ふぅん」


「なんだよー、大事な兄弟が具合悪いからって心配しているこのオレの気持ち、あっさりとした反応で返しやがって!!」


 紡がくねくねと妙な動きをしながら紬が横たわるベッドに近づいて、腰掛ける。

 ベッドのスプリングがぎしりと軋んで、弾んだ。


 紬も腹筋の要領で体を起こし、未だぼんやりとする頭を覚醒させるかのようにゆるく振った。


「で、どうしたんだよ?」


「……多分、寝不足じゃね? なんか寝つき悪かったんだよな」


「そっか」


「おう」


「……そっか」


 紬の答えは、紡にとって納得できないものだったのだろう。

 それは紬にも十分伝わっていたが、それでも心の内を吐露する気にはなれない。

 だからこそ、今は大事な兄弟だとはっきり言ってくれた紡のことを正面から見る勇気も持てなかった。


 紡の方も、紬の態度は前から気にはなっていた。

 それでも、問い詰めることもしなければ満足できる答えをくれないことにも文句を言おうとは思わなかった。

 なぜなら、そのくらい大事な兄弟だからだ。


 そして、兄弟だからこそ、紡は紬の異変に誰よりも早く気が付いていた。

 花梨に関することなのだと知った時、動揺もしたが納得もした。

 紬が変わってしまうなら、苦しんでしまうなら、花梨と別れることだって紡は辞さない。


 それでも自分たちの関係を大切にしてくれる紬と、自分を好いてくれている花梨と、両方を大事にしたいと思えば紡もまた身動きが取れなかったのだ。


(花梨のことは好きだ。でも、紬は大事な家族だ)


 いつかは、互いに好きな人ができてそれぞれに別の道を歩むのだとは漠然と理解している。当然だ、自分と紬は顔もそっくりな双子ではあっても、別人なのだから。

 けれど、紡の中で紬は特別だ。

 それこそ、花梨と別れても寂しさを覚えるだろうけれどしょうがないと思うのだろう。

 だけれど、紬を失ったら紡は正気でいられる自信が持てない。

 そのくらい、彼らに対する大切さの比重が、異なる。


 それは、罪だろうかと紡だって悩んでいた。

 恋人と、兄弟と、どちらを取るかなんて考えるだけ無駄だろう。

 もし自分と別れて花梨が紬と付き合うとなれば、複雑な気分になるに決まっている。花梨のことは、ちゃんと好きなのだから。


 でもそうなれば、紬は幸せだろうか。

 真面目な双子の片割れは、きっと喜ばないだろう。

 紡の幸せを、自分が奪ってしまったのだと悩むに違いない。

 

 どうして自分が選ばれたのだろう。

 同じ顔で、同じ身長で、大した違いはないと思うのに。

 選ばれたことが嬉しくないわけじゃない。

 それでも、兄弟がこんな風に苦しむ姿を見たかったわけじゃない。


 恋は楽しいものだと思っていた。

 叶わなくてもキラキラしていて、幸せで、周囲が祝福してくれて。

 そんな風だと思っていた。

 実際、付き合い始めはそうだった。


『あの! あたし! 紡くんが、好きなの……!!』


『ずっと、ずっと、好きで、えっと! ……明るい笑顔とか、あの、体育祭の時に応援団しててカッコ良かったなとか、えっと違う、そうじゃなくて』


『……部活で、紡くんが、みんなと笑ってるのが凄く素敵だったの。あたし、に、その笑顔を向けて欲しいって思って。それで、えっと……』


『つ、付き合ってください!!』


 顔を真っ赤にして、告白してくれた花梨。

 それまで紬の友達としてしか見ていなかった彼女に、思いの丈をぶつけられて初めて意識した。

 そこからは、まるでジェットコースターのように楽しくて、そしてそれに反比例するかのように紬が調子を崩して行った。

 

(どうすればよかったんだよ)


 花梨と付き合って、好きになったことは後悔していない。

 だけど、紬を元気づけるために花梨をフるのはおかしいってことくらいは彼にもわかる。

 せめて、紬が自分を詰ってくれたならどれだけ楽になれるのか。そう紡は思うのだ。


 だけど、紬は何も言わない。

 だから、紡も何も聞かない。


「帰るかー。帰れそう?」


「……花梨は?」


「先帰ってもらった」


「そっか」


「おうよ」


 小脇に抱えていた紬の鞄を渡せば、彼が少しだけほっとしている様子に紡の胸がちくんと痛む。

 ああ、どうして何も言ってくれないのか。

 そうやって言われたいというのも結局は自分が楽になりたいだけなのか。

 紬は、どうやって今の気持ちを抱えて、やり過ごしているのだろう。


 いつもみたいに悩みを互いにぶちまけて、模索しあう二人の兄弟としての立ち位置が取れない。

 それがこんなにも苦しいだなんて。


(恋なんて、……しない方が、楽だったのかな)


 嬉しいことも、楽しいことも、たくさんあるのに。

 どうしてこうも上手くいかないのだろう。

 そう思う紡の顔が、苦しさに歪んだ。


 それでも、その表情に紬は気が付かなかった。

 抱えた痛みは、互いに似たようなものであって違う。


 それでも、紬は紬で苦しくて、紡の苦しみに気が付く余裕なんて、なかった。


「今日、晩飯なんだろうな?」


「さぁな」


「オレ、コロッケがいいなー」


「お前いつだってコロッケだろ」


「そういう紬はいつだって肉じゃがじゃねえか!」


「うるせえな、日本人なら和食だろ!」


 ちゃりんと養護教諭から預かった鍵を上に投げて、掌で受け止める。

 紡のその行動を視線で追った紬は、ふと何かを言いかけて口を閉ざす。


 普段一緒にいる陽気な彼の横顔が、酷く切なげに見えたから。

 でもそれは、一瞬の出来事だったから目の錯覚だったのかもしれない。


「ん?」


「……いや、なんでもねえよ」


「なんだよー、気になるだろ」


「なんでもねぇって」


 気が付いていいのだろうか。

 そうお互いに思うのに、言葉にできない彼らは確かに双子だったのだ。

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