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思わぬ訪ね人

 勇気を出して帰り道に紬は、花梨にメッセージを打った。

 だが既読は付かず、まあ具合が悪くて休んでいるのだからそれも当然だと別に落胆することもなく鞄にケータイを突っ込んで、紬はバスに揺られて帰った。


 紡は残念ながらあまりの成績の揮わなさから教師に呼び出しを食らったので、もしかすれば帰りは遅くなるのかもしれない。

 待っていようかと申し出た紬に対して紡は大喜びしたが、教師からは先に帰れと言われてしまえばそれ以上のことはできそうになかった。


(でも、珍しいな)


 知り合ってわかったことではあるが、花梨は常にケータイを手放さないタイプの女子だった。

 人と話していてもメールの着信があればそちらに視線を向けることがあったし、場合によってはメッセージを返すのも会話をしながらということもあり何度か紬は文句を言ったこともある。

 だがそれで改善されることはなく、会話もきちんと成立していたこともあってそれ以上のことはなかった。


 ただ、紡と一緒の時には花梨はケータイを取り出すことも少なかったのでそのことを思い出すと少しばかり、胸が痛む。やっぱり扱いに差が出てきて当然ではあるものの、自分は花梨の『特別』にはならなかったのだなあ、と。


 紬はそんなことを思い出しつつ、そんな彼女だからこそ具合が悪くて休んだ時でも常に手放さないだろうから既読すらつかないのは珍しいなと思ったのだ。

 なにせ、花梨のことだから休んだ日は紡からのメッセージを心待ちにしているに違いないから。


(……まあ、四六時中ってわけじゃねえか。寝てる時だってあるんだしな)


 ぼんやりとそんなことを考えている間にもバスは目的の場所に到着し、そこから徒歩で帰る。今日も、蒸し暑かった。

 いつも通りの道を、いつも通りに歩く中でじわりじわりと湿気を孕んだ空気が暑くて、じっとりと汗をかく。


 さっさと帰るか途中で寄り道でもして涼むか、どうしようかと紬が悩みながら鞄に手を突っ込んでケータイを取り出して時間を見る。

 新着メールなどの知らせは、ない。

 花梨からはなかったし、紡からも終わったという連絡はなかった。


 一人でぽつんと店に入るのもなんとなく気が引けて、やめた。

 別に一人でどこかに行くことが苦なタイプではないが、今日はそんな気分になれなかっただけだ。


(雫も、相変わらず既読にすらならねえ)


 まあ、もしかすればそもそも紬からの連絡など見る気にもなれないだけかもしれないが。


 そう勝手に結論付けても落ち込むだけなので、紬はそこには考えを向けないようにして家に戻ろうと決めたのだった。

 今日は担任から思いのほか課題を出されたし、ちょうどそれは紬が苦手としている科目でもあった。

 それが今後の受験には大事なことだし、復習と対策をやれるのだから良いだろうとそちらに思考を向けることで、なんとか気持ちの平静を保っているのが実情だ。


(紡のやつ、帰ってきたら課題手伝えとか言うだろうしな)


 どうせ手伝う羽目になるならば、自分の課題を先に片づけておかなければ後々が大変なのは目に見えている。


「ん?」


 家の前で、見慣れた人影がいることに紬は立ち止まる。

 あちらはまだ彼に気づいていないのか、俯き加減で家の塀に寄りかかるようにしている。なんだか弱っているような姿に、紬は眉を顰めたが、意を決したように一歩を踏み出した。


「花梨」


 その名前を呼ぶときに、喉がひりついた気がするが、なんとか平静を装えたと思う。

 彼女も名前を呼ばれたことではっとしたように顔を上げて、紬をまじまじと見て、驚いたような表情から一転くしゃりと顔を歪めた。

 それははっきりと泣くのを堪えているとわかる表情で、紬は困惑する。

 困惑してまた足を止めれば、彼女もそこから動かないために二人の距離は縮まることもない。

 

 だが勿論ずっとそうしているわけにもいかないので、紬がばくばくとする心臓を無視してきゅっと唇を引き結び、花梨に歩み寄る。

 花梨は、泣くのを堪えるのが精いっぱいなのか紬の顔を見ていたかと思うと視線を落とした。


「……具合悪くて休んだんじゃねーのか?」


「う、ん……ね、紡は……?」


「学校。あいつとうとう呼び出し食らった」


「……そっか」


 ようやく顔を上げた花梨の歪んだ泣き笑いを見て、紬も下手くそな笑みをなんとか浮かべる。

 互いに、妙な距離感が、あった。

 特に何かあったわけでもないのに、と思うが心当たりのある紬としては、少しばかり居心地が悪いのはいた仕方ないのかもしれない。


「で?」


 それ故か、生来の不器用さも相俟ってぶっきらぼうすぎる問いかけになったのだが、それに対して花梨がまたくしゃりと表情を困ったように歪めたのを見て紬は己の失態に気づくのだ。

 気づいたところでやってしまったものは、時間が巻き戻るわけでもないのでなんとかフォローするしかないのだけれど。


「……お前も具合悪いのに、紡に会いに来たんだったら……ほら、ここで突っ立ってるんじゃなくてよ、うちに上がるとか……って誰もいねえか。悪い」


「ううん、いいの。二人は学校だし、紡からいつも家には誰もいないって聞いてるから知ってたし!」


「そっか」


「うん!」


「……じゃあ、どうしたんだよ。とりあえず、中、入るか?」


「ううん……あの、あたし! あたし……紬に話が、あって」


 必死な声音に、紬が鞄から鍵を取り出そうとして動きを止める。

 それから一拍置いて、花梨を、見る。


「……俺?」


「うん……」


 花梨が、視線に耐えられないかのように俯いた。

 紡ではなく紬に。

 その言葉に半ば茫然としつつ、中に入ることは拒否しているようだったのでどうするかと紬は周りを見回した。

 ただの立ち話とはいえ、近所の目もあることを考えると玄関先でいつまでも突っ立っているのは外聞がよろしくないと思ったからだ。


 だからといって元来た道を戻ってコーヒーショップに入るには、自分が制服姿のままというのもあって迷うところではあった。


「相談か?」


「う、ん……相談、っていうか」


「紡には聞かれない方がいいってことか?」


「そうだけど、そうじゃなくて……」


「なんだよ、どっちだよ?」


 紡に聞かれて困るわけではなさそうだ、と花梨の表情から判断してどうやら別れ話とかそんなことが二人の間に起こって相談に来たというわけでもなさそうだと紬は思う。

 一安心半分の、がっかりした気持ちが半分だ。

 

「あの、ね」


「おう」


「雫、なんだけど」


「……あ、ああ……見たのか? ケータイ」


「え?」


「え、いや俺送ったろ?」


 雫のこと、と花梨が言うから紬は彼からのメッセージを彼女が見て、わざわざ来てくれたのだと思ったがどうやら違うようだと気が付いた。

 お互いにずれているらしい認識に、気まずい沈黙が流れて花梨がそれを取り戻すように「ごめん」と前置きをして、ケータイを確認している。


 本人を目の前にしてメッセージを確認されるというのはなんとなく奇妙な気がして紬もどこに視線を向けて良いかわからずそっぽを向いていたが、ちらりと視線だけ気づかれないように花梨に向ければ、彼女の手が震えていてぎょっとした。


「紬」


「どうしたんだよ、寒いのか? それともやっぱ具合……」


「あのね、落ち着いて聞いてほしいんだ」


「あ?」


 キッと睨みつけるようなまなざしで見上げてくる花梨に、紬はたじろいだ。

 たじろいだがその視線を外すことができなくて、彼女の必死なその声にただ頷く。

 それくらいしか、できなかった。


「あのね」


 花梨は、自分のケータイを胸元でぎゅっと握りしめていた。

 その手は、やっぱり震えているようだった。


「……雫が、入院した」

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