双子
幼い頃から、二人はそうだった。
それが双子だからなのか、そうではないのかは知らない。ただ、二人にとってはそれが当たり前だった。
紡の不調があればどんなに隠そうとも紬には、すぐにわかった。
紬の機嫌が悪ければ、どんなに押し黙ろうと紡が答えてくれた。
そうやって『自分のこと』を上手く第三者に伝えられない二人は互いを助け合ってきた。
次第にちょっと伝えたくないことや、例えお互いであっても隠したいことがあるんだな、と思えばそ知らぬふりを突き通す事も増えた。
だがそれは決して互いに無関心になったのではなく、より別の個体として尊重し合った結果だったのだろうと後々になってから、結論づける。
特に意識していたわけじゃない。
自分がそうだから、相手もそうだろうな。
その程度の認識だった。
よその双子や兄弟がどうなのかは、わからないし知らないし、聞こうとも思わない。
それでも別に構わない、だって自分たちは自分たちなのだから。
そんな気持ちで常にいた。
互いの傍らに誰かがいても、部活が違ったりバイトが違ったりしても、それは変わらなかった。奇妙なまでに、変わらないと思った。
(ああ、そうだよ)
姿はそっくり。
中身は大違い。
そんな風に言われる自分たちは、結局よく似ているのだと、そう思って互いに笑った日もあった。何気ない時にそう互いに思いながら、確認し合うように、ごく当たり前のことだと受け入れていた。
「……雫にさ、謝りたい、ことが……あって、よ」
喉が張り付く気がしながらも、紡から向けられたことにようやく紬は口を開くことができる。
それでもひりひりとした感触が喉にあって言葉は途切れ途切れだ。
どこまで話せばいいのか。
言いたくないこと、言わなければならないこと、それらの線引きはひどく曖昧で、そして難しい。
「謝ンの?」
「え? あー……くそ、どっから言えばいいかわかんねえ」
間延びした紡の、不思議そうに小首を傾げる仕草に紬は自分の頭を乱暴にかきむしった。
端的にそれだけ言われても、相手からすれば「じゃあ謝ればいいじゃないか」の一言に尽きることくらいわかっているのにどうしてこうも言葉が出ないのか。
それは勿論、後ろめたいから、だ。
紡の彼女に恋したことも。
それが理由で雫の想いを断ったことも。
雫が、それらを全部ひっくるめて知っていたことも。
……想いの成就しない自分の苦しみを、雫がわかってくれる共感者だと思ってそれを喜んでしまったことも。
なにもかもが、後ろめたさを孕んで紬自身を責め立てる。
「……俺に、好きな女がいて」
「えっ、マジか」
「そっからか!」
「いやいやごめんて。続けて続けて」
「……くそ、面白がってやがる」
紡の軽さに悪態をつきながら、その方が安心するとどこかで思う。
それが彼なりの優しさだと知っているから、余計に紬としてはありがたいのだけれども。
知られたら、この関係も変わってしまうのだろうか?
自分たちは双子で、歳を重ねようが、隣に誰がいようが、お互いに何をしようが、変わらないものだと思っていた。事実今まで変わらなかった。
それでも、いつかは――変わるのだろうか。
「雫は、俺が好きな女がいるって知ってて、その相手も知ってる」
「まじか! 女子の情報収集力すげぇ!!」
「……で、雫は、俺が好きなんだと、よ」
「えっ」
それまで話を聞いて勝手に盛り上がっていた紡が途端におとなしくなる。
その百面相ぶりに思わず笑ってしまったが、すぐに紬はきゅっと表情を引き締めた。
「……お察しの通り、応えられねえっつった」
「だろう、なア……」
「雫は、その相手の代わりでもいい、って言ってくれたけど、そんなん不義理すぎんだろ」
「まあ、なあ」
一度話始めてしまえばするすると言葉が出てきて、今までの苦しさは何だったのかと思わずにはいられない。
それでも、彼が望む相手については決して口にすることはできないので、選ぶ言葉も。随分と慎重にならざるを得ない。
「そんでもって、俺ぁバカだからよ」
「……なにしたんだよ」
「雫に、どうしたいのか聞いた」
「……おまえなあ……」
紡が、遠慮なく大きなため息を吐き出した。
自分は呆れています。
そういう態度を隠さないどころかありありと見せつけてくる彼に、紬は苦笑しか返せない。
そんな態度をとってくれるだけ、まだマシだ。
「代わりで良いって言ってたけどよ、やっぱり……俺がその、好きな奴に向ける視線とか、見るのは辛いって言われた」
「そりゃそーだろ!」
「そだろな。……でもこっからが、問題だ」
「まだあんのかよ!!」
とうとう頭を抱え始めた紡を横目に、紬も息を吐き出した。
これを言葉にするのは、少し……とても、怖かった。
それでも、小さく深呼吸をしてから紬は紡をまっすぐに見る。
「俺はこいつも、報われない恋してんだなーって思ったら、嬉しくなっちまったんだ」
「……!」
紬のはっきりとした言葉に、紡が顔をくしゃりと歪めた。
落ち着いた表情の紬よりも、ずっとずっと痛そうな顔をしていることに、申し訳なくなるくらい悲痛な顔だった。
「……お前の、好きなヤツって見込みねえの」
「ねえな」
「即答だな」
「彼氏にベタ惚れだよ、生憎」
そしてそんな彼女の笑顔が、好きなのだと最近知る。
どんな花梨だって紬は好きなのだと思っていたが、どうやら彼女が紡についてはにかむような、喜びに満ちた顔が好きなのだと気づいて絶望を味わった。
あんな表情は、自分にさせてやれないのだと思うから。
「……見込みはねえし、とっとと諦めろって話だけどまあそこは置いといて」
「おう……」
その辺りはさんざん悩んだし、これ以上そこの部分を突っつかれると紡に勘付かれるかもしれないと紬は強引に話題を変える。
紡も元々は雫の話だったから、抗うこともなく神妙な顔だ。
「多分、雫は気づいた。応えられないくせに、仲間意識持った俺のこと、気づかれたと……思う」
「まじかー」
「泣きそうな顔したまんま、あいつは誰か迎えに来た人と一緒に帰ってそれきりなんだよな……」
「……今日休んでるのってそのせいかもな」
「かもな」
「紬ったらサイテー!」
「キモイ声出して非難すんな」
場を和ませようとなのか、それとも自身がこの話が思った以上に重かった分茶化したかったのかわからないが突如として紡が甲高い裏声を出せば紬がまるで犬を追い払うように手を振る。
その一連の流れに思わず互いに小さく笑ったが、すぐに二人同時、ため息が出た。
「どーすんだよ」
「だから謝りたいんだって」
「何に対しての謝罪だよ」
「……それを突かれると痛い」
仲間意識を持ったこと、想いに応えられなかったこと、……それを申し訳なく思ってしまうこと。
どれをとっても身勝手で、謝られたって困ることだ。
謝って楽になるのは紬でしかなくて、やっぱり雫はそのことに触れてほしくないだろうし謝られれば余計につらくなるのかもしれない。
だが、変わりたくないと言いつつも、雫を失いたくない気持ちは存在していて。
それがどんな形でどんな感情なのか、紬は説明できない。
だからこそ、それが『何に対しての』謝罪なのか、うまく説明できそうになかった。
「そんなことで相手が受け取ってくれるわけないじゃん、意味もない謝罪だし」
「……だよなあ」
「まず朝学校来て、顔を見てくれるかも微妙じゃん」
「……だよなあ」
「花梨経由で聞くしかなくね?」
「……だよなあ」
同じ返事しかできない。
紡の言っていることが、正しいと紬にも思えるからだ。
声に出してみて再確認できたというか、やっぱりな、というのが今の彼の感想だった。
「……花梨にガチギレされる未来が見える」
「奇遇ゥー、オレからすると花梨がガチギレして電話越しに紬が説教される未来が見えるー」
「とりなせ」
「無理」
ぽんぽんと、言葉が行き交った。
こうして二人で話すのは、随分久しぶりな気がして二人はどちらからともなく笑った。