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中庭

 そうして迎えた昼休み、当たり前のように迎えに来た紡と連れ立って行く先は中庭だ。

 いつも後は花梨と雫がいて、適当に中庭のベンチを陣取ってわいわい話ながら食べたりするのがここのところ常だった。

 だが今日、その二人はいない。

 別に紬と紡の間で気まずいことがあるわけではないが、告白されたのも受け入れられないと語ったのもこの場所なんだよなと思うと紬が一方的に気まずいだけだ。


「で?」


「あ?」


 弁当の蓋を開けたところで中身も一緒なのでおかずを分け合うこともなければ見ることもないまま、紬が大口を開けて米を口の中に放り込んだところで紡がこちらを見もせずに聞いてきたことに彼は思わず低い声で応じた。

 決してそれは恫喝するものではないし不機嫌ではないのだが、つい咄嗟に出てしまっただけ……というのを知っている紡であることに内心ほっとしつつ、紬は隣を見た。


「なんかあったんだろ」


「……別に」


 ぶっきらぼうにそう答えて、卵焼きを口に含んだ紬は内心で慌てている。

 きっとこう答えても紡にはバレているからこそ、問われたんだろう。しかも断定するような形で。


 相談しようと思っていたくせに、いざ向こうから言われても素直に頼れないところが情けなくて紬は味わうこともなくから揚げを咀嚼する。


「花梨はなんも言ってなかったけど、なぁんか最近雫ちゃんの体調気にしてたぜ」


「……体調?」


「そ、体調」


 別に話した時は普通だと思った紬だったが、告白される前もされた後もそこまで彼女を注意深く見ていたわけでもない。

 気が付かなかったのかと責められているわけでもないが、なぜだかちょっとだけ居心地が悪くて紡に向けた視線をすぐに弁当に戻した。


「……元々身体が弱くて最近学校来れるくらいまで回復したって話だからな」


「まあそうなんだけどさ」


「体力もねえみたいだし、暑さにやられたんじゃねーの」


「……ん、まあな」


 紬が無難なことを言えば、紡が奥歯にものが挟まったような返事をする。

 それが『誤魔化すな』と『早く言え』、そんな風に責められている気がして紬の中で、小さな苛立ちが生まれる。


 けれど、それは自分の後ろめたさゆえなのだ、と紬はどこかで気が付いているから――そして、紡なら気づいてくれると思っているから、苛立ちを前に出すことは、なかった。

 ズルイな、と彼は自分をそう思うが、それでも自分で動くことはとてつもなく怖くて、これ以上知ってしまうことはあまりにも今を変えてしまうような気がして、怖かった。


(変えたいって思ったのにな)


 恋をして、告げることも許されないままに実らなくて、腐って、腐って、自分の芯からどろりと溶ける。

 そして動けなくなってしまったことが、歯がゆくて苦しくて気持ち悪くて、たまらなかった。


 助けて欲しいと思ったし、すべてがひっくり返っちまえば良いのにとだって思った。


(だけど、変わるってわかったら)


 それはそれで、怖い。

 あれもこれも嫌だ、怖い。そんな風に言ったって結局時間は過ぎていくし、いつまでも同じではいられない。


 だから花梨は変わっていくことに対して不安を持って紡にそれをぶつけられなくて紬にぶつけ、紡は変わることを理解して前に進むのだと決めていたから一緒に来ない花梨が理解できなかった。


 そんなことは、誰もが思い悩んで、それぞれに答えを見つけるものなのだと紬も知っている。だから、きっと今、自分も選んでいる最中なんだろう。

 冷静にそう思ったところで今直面していることは今最大の問題であり、将来振り返った時に笑い話にできるくらい自分が納得できるようにしたいと思ったところでそれは詭弁だ。


 要するに、紬は自分の行動に責任を持つのが怖かった。

 花梨に想いを告げなかったのは優しさじゃなくて、それで彼女とだけでなく紡とも関係が変わってしまうことが怖かったからで、ただの臆病だっただけだ。

 雫に想いを告げられてそれを尊敬するのと同時に、自分に対して彼女が感情を持て余しているのだと思うと喜びが満たしたことは、『自分だけじゃない』という自己満足のためだった。


 だが、このままじゃいけない、とも彼は思うのだ。

 だから本当は紬が一歩前に出て、助けてくれと紡に一言告げれば良いだけなのだ。


(言えば、いいだけ)


 紬の手の中で、ぐしゃりと途中で買って飲み干した紙パック飲料が、ひしゃげる。


 頭でわかっていてもそれができない。

 ちっぽけなプライドが邪魔するわけじゃない。

 ただただ、怖いだけだ。


 相談するなら、聡い紡に隠しごとは難しい。

 それは長年共に育った関係だからこそわかることだ。

 お互いに、小さな隠しごとは気づいても触れないのが暗黙のルールになっていたけれど、今回のそれは決して小さなものじゃない。


 膿んでぐずぐずになった劣等感が、他の誰かを巻き込んだ。

 それがたまらなく、苦しい。みんな苦しめばいいなんて思っている自分がいることも、苦しい。


「紡」


「ん」


「……雫ってよ、なんのビョーキだったんだろな?」


「あー」


 違う、それじゃねえだろ。

 そう口の中で声に出さずに自分の意気地なさを痛感しつつ、紬はちらりと紡を見る。


「そういや、聞いたことなかったよな。でも結構長い期間、入院してたってくらいだから……」


 苦し紛れに出た話題を、真面目に捉えたらしい紡が空を仰ぎ見るようにして考えているのを横で聞いて、紬は目を何度か瞬かせた。

 そういえばそうだ、と今更思ったがそんなことを少し前にも思ったかもしれない。


「花梨がその話題になると、すげぇ嫌がってたんだよな」


「そうなのか?」


「そうそう、雫ちゃんと初めて会うくらいにさー、友達が復学するんだって話をしてきて」


 紡がその時、何気なくどこの病院にいたのかとか何の病気だったのかと問うと途端に花梨は表情を曇らせて「あんまり詮索しないでやってくれ」と思い詰めた顔で紡に告げた。

 その話を聞いて、紬はまた目を瞬かせる。


「俺ぁそんなの言われてねえな」


「お前は言わなくてもそういうの聞かないじゃん」


「そうかあ?」


 知りたいと思えば聞くのにな、と言いかけて紬は口を噤んだ。

 それは、つまり、花梨は……紬が『雫について』知りたいと思わないだろうと、そう判断したのだろうか?


 事実、彼女が登校し始めてからふとした折にそういえば入院してたんだっけ、と思う程度にしか頭に残っていなかったのは確かだっただけに、文句を言うこともできないのだけれど。


「でもさ」


 紡が食べ終わった弁当箱を丁寧にまた包み直す。

 その行動を、案外繊細で綺麗好きなところが双子でも違うんだよなあと紬はぼんやりと見ていた。


 そうだ、双子でも知らないことはある。

 漠然と、隠しごとをしていれば何となくぴんと来る。


 そのおかげで具合が悪い時や都合の悪い時、お互い助け合ってきた。

 そっくりで、被っている面も多いのにまるで違う双子だからこそ気づけて補い合えた部分が今までどのくらいあっただろうか。

 そう紬が思うのを知ってか知らずか、紡は弁当箱を脇に置いて、紬の目をしっかりと見た。

 笑っていない紡の、その視線に、時間が止まった気がする。


「聞きたいのは、それじゃないだろ?」


 けれど、その場をとりなすように。

 驚いたらしい紬に、悪戯が成功したみたいな笑顔を浮かべた紡が、いた。

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