思わぬ遭遇
「おーい! 俺は怪しいもんじゃねぇ! 逃げないでくれ! 少しだけ話を聞いてくれ!」
ビジューに来て、初めて自分以外の旅人を認識した時は単純に嬉しかった。
でも、私の進行方向から来る人達は、普通の旅人や行商人ではなさそうなのだ。
男性4人の集団なのだが、馬車ではなく荷車を人間が引いている。これが行商人なら、山と積んだ荷物が見えるだろうに、そんなものは見えない。
3人は普通の村人のような格好(随分くたびれてはいるが)をしているが、荷車を引いている男だけは簡単だが武装をしている。まだ、顔ははっきり見えないが、なんとなく、「戦うことを生業とした男」の印象が強い。
そんな男が私を認めるなり、荷車を他の男達に預けて猛然と駆け寄って来たのだ。
盗賊のようには見えないが、怖い。 もしかしたら、初めて人間を手に掛けることになるかもしれないと思うと、怖かった。
「アリス、もしも盗賊だったとしても、アリスは負けないにゃ!」
ハクは単純に私が盗賊に恐怖していると思ったようだ。 いっそ、見るからに盗賊だった方が、対処し易かった。
とりあえず、私はハクを抱えて来た道を戻ろうと踵を返した。 男が詰めた距離を開きたかったのだ。
「待ってくれ! 逃げないでくれ! 逃げないでくれたら、俺はこれ以上近づかないから、頼む! 話を聞いてくれ!!」
「お願いだ! 話を聞いてくれ!」
「俺達は盗賊じゃない! 逃げないでくれ!!」
走り出す私の背後から、男達の必死な声が聞こえる。 マップでは近くに隠れている人間はいないし、なんとなく気になったので、<鴉>を引き抜いて立ち止まった。
これで男達が距離を詰めてくるようなら、全力で逃げ出すか、腹を括って迎撃するしかない。
そんな気持ちが伝わったのか、男は言葉通りに立ち止まった。 他の男達は動いていない。
「立ち止まってくれてありがとう! いきなり走り寄ったら怖いよな!? 怖がらせてすまない!!」
そう言いながら、男は武装を解き始めた。 腰に差していた剣を遠くに放り投げ、胸当ても反対側に放り投げる。
アイテムボックスの中に予備の武器があるのかもしれないし、私1人くらい、素手で十分だと思っているのかも知れないが、話を聞いてみる気になった。
男に向かって頷いてみせると、頷き返した男はいきなり土下座をしながら、大声で叫んだ。
「頼む! ポーションを譲ってくれ!!! いくらでも払う!」
意表を突かれ、反応が遅れた私に、
「旅人にとって、ポーションが命綱な事は重々わかっているんだ! それでも頼む! 3本…、いや、1本でも良い! 譲ってくれないか!?」
男達に怪我をしている様子は無い。マップで確認すると、荷車の中に赤ポイントがあるので、荷車を鑑定してみたが、
名前:荷車
状態:劣
備考:荷が乗っている
詳しいことはわからなかった。
「誰も怪我をしているようには見えない!」
叫び返すと、武装を解いたリーダーらしき男は土下座をしたまま、
「俺の息子が荷車の中にいる! 大怪我をしていて動けないんだ!」
と言った。 見えないと鑑定が出来ないけど、大怪我をしている人間を見えるように動かせとは言えない。
どうしようかと迷っていると、ハクが言った。
(今のところ、ヤツ等に敵意は無いにゃ)
(あれ? ハクは敵意とかわかるの?)
(僕は神獣にゃ! 悪意はまだ分かりにくいけど…多分、悪意もないにゃ)
そっか。ハクがそう言うなら信じよう。
「わかりました。今からそちらに向かいますが、少しでも不審な行動をしたら、容赦なく、皆殺しにします!」
「わかった! ここから動かない!」
言葉の通り、男達は動かないので、怒鳴らなくても会話が出来る距離まで近づいて行く。
リーダーの顔は思った以上に歳を重ねていたが、体は衰えていないようだ。なんとなく、強そうな感じがする。
「俺はこの先の川を越えた所にある、“ネフ村”の者だ。領主の命令で開墾をしている時に息子が事故に遭ったんだが、現場にいた治療士には見放された。
もう、意識もないんだが、それでもこいつが生きている間に、一目だけでもマルゴに、母親に合わせてやりたくて、ポーションで命を繋ぎながらここまで帰ってきたんだが、思った以上に状態が悪くてポーションが足りないんだ!
頼む! ポーションを持っていたら分けてくれ!!」
(……ネフ村のマルゴって、マルゴさんのことだよね!?)
(話の辻褄は合ってるにゃ)
(本人だったら大変!!)
「ネフ村のマルゴとは何をしている人ですか?」
もう、ほとんど確信はあったけど、念の為の確認はしてみた。
「肉屋の店主だ」
とリーダーは言い、
「村長の姉さんだ!」
「村の顔役の1人だ!」
と男性達が言う。間違いなくマルゴさんの身内だ! 息子さんが重体!?
「息子さんの様子を見せてください!」
返事を待たずに、荷車へ駆け寄った。
荷台の中の男性は布団に包まれ、ぐったりとしていて意識がない。【診断】!
名前:オースティン
性別:男
年齢:32歳
状態:瀕死
リカバー2回 キュア3回
瀕死状態でキュア? 怪我の治療にキュアが必要ってことは…、
状態:瀕死 破傷風第三期
リカバー2回 キュア3回
すっごく危険な状態だ!
「(初級)ポーションじゃ意味が無い…」
自分が呟いた事に気が付いていなかった私は、
「わかっているんだ! それでも村までは、なんとか生かしてやりたい!
代金はいくらでも払うし、村まで来てくれればポーションも返す! 村にポーションがなければ、次の行商が持ってくるまでの間、家で精一杯もてなしをさせてもらう! 行く先があるのなら、息子を母親に合わせた後に目的地まで俺が護衛をしてもいい!
頼む、ポーションを譲ってくれ……!」
身を切るように叫ぶ声で我に返った。
ポーションを売ることを拒んだように聞こえてしまったのかもしれない。
「大丈夫です。落ち着いてください」
説明をする時間が惜しかったので、一言だけ告げて、さっさと治療を開始した。
ありがとうございました!




