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餞別

 部屋を出て食堂に顔を出すと、マルゴさん、ルベンさん、ルシィさん、ルシアンさんが集まっていた。


「お茶を飲む時間はあるかい?」


「はい♪」


 別に急ぐ旅でもない。最後に皆とゆっくりとお茶を出来るのは嬉しい。


 インベントリからポーションと増血薬、解毒薬を取り出してテーブルに置いた。


 皆が不思議そうにビンを眺めている。


「何かあった時の為に置いて行きますので、皆さんの判断で使ってください。

 増血薬3本。これの使い方はもう分かりますよね?

 解毒薬4本。これはDランク以下の魔物の毒を解毒します。もちろん毒薬や毒草にも効きます。弱いですけどね。怪我をした時に一口飲んでおくと、感染症予防にもなります。【クリーン】の代わりですね。

 最後に初級ポーション2本。中ビンにまとめてますが、これは効き目の良い初級ポーションなので、使う量を調整してもらうと、通常の初級ポーション以上の患者数に使えます。症状を見ながら適宜使ってください」


「あんたって子は……」


 複雑そうに笑っているから、私もにっこりと微笑んでみる。 何も言わずに貰っておくれ? 途中で出て行くことへの良心が、少しだけど癒されるんだ。


「ありがたく貰っておくよ。何かの際には使わせてもらう。 だからアリスさんもこれを受け取っておくれ」


 マルゴさんはそう言って、テーブルの上に、本を1冊、魔石を1個、手紙を2通、割烹着1枚、解体ナイフセットを置いた。


「アタシからの餞別だよ。

 これはアタシがギルドにいた頃にまとめた、解体指南の写しだ。解体を教えてやるって約束だったろ?  これで我慢しておくれ。

 この魔石は生活魔法の【ドライ=乾燥】の魔石さ。風呂好きのアリスさんなら重宝すると思う。

 解体ナイフはね、最初に覚えたナイフが1番手に馴染む物なのさ。もっと良いナイフを手に入れるまではこれを使うと良い。このナイフセットと割烹着は、アタシの生徒だったことの証みたいなものだね。持っていておくれ。

 そして、手紙だが……、

 1通はアリスさんに、アタシとルベンからだ。次の街に着く前に読んでおくれ。

 もう1通は、<冒険者ギルド>でアタシのことを知っているヤツがいたら渡しておくれ」


 そう言って、マルゴさんはにっこりと笑って言った。


「もちろん、受け取ってくれるだろう?」


 嬉しい! すごく嬉しい! でも、


「とっても嬉しいです! でも、」


「貰ってくれるだろ?(にっこり!)」


 どれも、本当に嬉しいものばかりだ。


「……ありがたく、いただきます。 でも!【ドライ】の魔石だけはお返しします!」


「気に入らなかったかい?」


「まさか! とても、すばらしい魔法です。【クリーン】に匹敵するくらいに、すばらしい魔法です!

 でも、これは、これからカモミールティーの茶葉を製造・販売するマルゴさん達にこそ、必要な魔法です」


 そう伝えると、びっくりした顔から、満面の笑みに変わった。


「アタシ達のことを考えてくれて、ありがとうよ。 でもね、カモミールは村の特産にするんだ。誰か1人の負担を大きくするわけにはいかないのさ」


 マルゴさんの言葉に、ルベンさん一家が何度も頷いた。


「この魔石が【クリーン】に匹敵すると思うのは、アリスさんか薪屋か大工くらいのものさ。使ってくれるね?」


「…はい! ありがとうございます! 大切に、使い倒します♪ 【アブソープション】!」


 早速魔石から魔法を吸収したら、にっこり笑って言ってくれた。


「「「「スキル獲得おめでとう!」」」」


「ありがとう!」


「ぷきゅ!」

(おめでとうにゃ♪)


(うん、ありがとう! 旅が格段に楽になるね♪)


「次は俺だ。ヤギ乳で作ったチーズとバターだ。なかなか良い出来だ。ついでにカップ」


 ルベンさんはそう言って、かごに山盛りのチーズとバター、マグカップを3個テーブルに置いた。


「チーズにバター!! …ヤギ、いましたっけ?」


「今はいない。犬に食われた」


 ! ハウンドドッグめっ!


「じゃあ、とても貴重なんじゃあ?」


「税金に収める分だったんだが、アリスさんのおかげで、野菜が生き返ったからな。入れ替えてきた」


「税金に収めるなら、大切なものじゃないですか!」


 貰えない!という前に、マルゴさんが説明してくれた。


「代わりに相当する野菜を納品したのをアタシが確認したよ。それはルベンのものさ。遠慮しないで貰っておきな」


「野菜で足りなきゃ、俺が森で魔物の毛皮を持って帰ってくるさ。安心してくれ」


「本当よ? さっきまでは村のものだったけど、今はちゃんとうちのものなの。だから受け取って?」


 一旦、税金分として村に納めていたものを、わざわざ引き換えてくれたらしい。


「ありがとうございます! チーズとバターがあれば、メニューにどれだけ幅が出るか…」


「アリスさん、それ以上言うな! 村長の家に、殴りこみに行きたくなる!!」


 突然の殴りこみ発言にびっくりしていると、ルシィさんが説明してくれた。


「ルシアンは、アリスさんがどんなものを作るのかが気になるのよね~!」


「なんだよ。姉さんだって同じだろ?」


「そうよ! とっても気になるわ! アリスさん、お料理上手なんだもの!」


 姉弟は悔しそうに地団駄を踏んでいる。


「ああ、アタシも悔しいねぇ」


「俺もだ。どんな美味いもんになったんだろうな…」


 マルゴさんやルベンさんまで一緒に嘆くものだから、私もしんみりしてしまった。


「今夜も晩ごはん、一緒に食べたかったです…」


 そんなしんみりした空気を吹き飛ばすように、ルシィさんが立ち上がった。


「さあ、次は私よ! チーズとバターとカップをアイテムボックスに入れて!」


 ルシィさんの言うとおりにテーブルを空けると、今度はヘアブラシと裁縫セットがテーブルに乗った。


「私が作ったヘアブラシと裁縫セットなの」


「ルシィさん、ヘアブラシを作れるんですか!?」


「ええ、あまり数は作れないんだけど、村に来る行商に買い取ってもらってるの。だから、安心して使ってね? 裁縫道具は、旅や冒険をするなら必要かと思って。急だったから、私の使ってたものなの。ごめんなさいね?」


 ルシィさんは小首をかしげて、可愛らしく謝りながら、渡してくれた。


「そんなこと! でも、使っているものを私が貰ってしまうと、ルシィさんが今日から困りますよね?」


「次に行商さんが来るまでは、マルゴおばさんに借りに来るから大丈夫よ!」


 ルシィさんの言葉に、マルゴさんも頷いている。


「嬉しいです。ありがとう!! 大切に使いますね!」


「最後は俺だ」


 ブラシと裁縫セットをインベントリにしまうと、ルシアンさんが折りたたんだ布(?)を2枚テーブルに乗せた。


「ホーンラビットと寄生樹(パラサイトツリー)のマントだ。ホーンラビットのマントは毛皮を裏地に持ってきているから、野営の時に暖を取れる。パラサイトツリーのマントは軽くて日光を遮る。俺が使っていたもので悪いが、時間がなくて、新しいものは用意できなかった。気に入ったものを手に入れるまでの間に合わせにでも使ってくれ」


 そう言って見せてくれたのは、見るからに暖かそうなマントと、とても軽そうなマントだった。両方ともフードが付いていて、使い勝手が良さそうだ。


「とっても嬉しいですが、これは狩人に復帰するルシアンさんにも必要なものですよね?」


 丁寧にマントをたたんでルシアンさんの方に押し返すと、ルシアンさんはマントの上に手を置いて言った。


「俺の狩場はここから近いし、間に合わせのマントはまだ他にもある。でも、アリスさんはその姿でこの村に着いたって聞いた。使い古しが嫌でなければ使ってくれ」


 ルシアンさんは“使い古し”と言ったが、両方ともどこにも綻びのない、良い感じに馴染んだマントだ。きちんと手入れしながら使っていたんだろう。


「それに、俺はこれから自分で狩った獲物で新しいマントをいくらでも作れるんだ。アリスさんのおかげでな!」


 そう言って晴れやかに笑うルシアンさんを見て、素直に受け取る気になった。


「ありがとう! 嬉しいです。大切に着ます!」


 マントをインベントリにしまい、改めてお礼を言った。


「皆さん、ありがとうございます! どれも、大切に、大切に使います! 本当にありがとう!」


 思わず涙が溢れてしまって、下げた頭を上げられなくなってしまった。


 どうしようかと困っている私をマルゴさんが優しく抱きしめてくれて、ルベンさんが力強く頭を撫でてくれた。


「アタシ達も、アリスさんから貰ったものを大事にするよ。この4日間、楽しかった。旅に疲れたら、いつでも戻っておいで。 マエルのことは、きっちりと()()しておくから」


 マルゴさんの言葉に、ルベンさん一家はそれは良い笑顔で頷いた。 マルゴさんの教育、ちょっと気になる……。


 マルゴさんとルベンさんの手が離れると、ルシィさんが微妙な顔で私を見ている。


「お父さんったら…」


 と呟いているので、インベントリからブラシを取り出して、髪を梳かした。


「早速、役に立ちましたね!」


ありがとうございました!

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