狸(村長)の孫娘
「ちょっと、あんた! どこへ行くの!?」
患者さんの家に行く為に、狸(村長)の家の前を通った時だった。
子供特有の甲高い声が聞こえて振り向くと、見覚えのある女の子がこちらを睨むようにして立っている。
え、私?
何か用かと、続きの言葉を待ってみても、女の子は何も言わずにただ私を睨んでいる。
心当たりがないのでそのまま通り過ぎようとすると、
「どこへ行くのかって聞いてるのよっ!」
目の前まで走ってきて、両手を広げて“とうせんぼ”をされた。
「なに?」
いきなり怒鳴られるのは気分の良いものではない。 大人気ないとはわかっていても、つい、睨み下ろしてしまう。
「ポーリン、いきなりなんだい? 客人に失礼じゃないか」
マルゴさんが諌めてくれ、ルベンさんが私を庇うように前に出てくれた。
そうだ、村長の孫のポーリンだ。
ポーリンはマルゴさんに諌められても、悪びれることなく怒鳴り続ける。
「しつれいなのは、その人よっ! おじいさまのちりょうもせずに、どこへ行こうっていうの?」
「怪我人の治療に行く途中よ。邪魔だからどいて」
質問に答えたのだから、これでいいだろう。 狸の治療はしないって、最初に言っているし。
そのまま歩き出そうとすると、ポーリンの後ろに、昨夜の『自称・顔役』の2人が並んだ。 子供の後ろに並ぶ大人?
「ちりょうをするなら、おじいさまが先よ。その後にかおやくのおじさまとおばさまをちりょうするのがじゅんばんでしょ!」
どうやら、『自称・顔役』たちは、昨夜の件を幼子に泣きついたらしい。 …『顔役』のすることじゃないよね。子供の後ろから睨みつけても格好悪いだけだ。
「治療の順番はアリスさんに任せるのが、この村で治療をしてもらう為の条件だよ。ポーリンが口を出すことじゃない。そこをどきな」
「うるさいわね! おじいさまのおねえさまだからって、えらそうにしないでよ! この村でいちばんえらいのはおじいさまなんだから!」
マルゴさんに諭されても、ポーリンは聞く耳を持たないようだ。
狸一家の、マルゴさんへの感情が丸分かりになったな。
(あの狸にして、この子あり、にゃ。 もう、うんざりにゃ…)
(うん、私も同じ気持ちだよ…。さっきまでのいい気分が台無し…)
ポーリンが大声で怒鳴るものだから、付近にいた人は遠巻きにこちらを見ているし、近くの家々からは人が出て来た。
それを自分への応援だと思ったのか、
「あんたをこの村においてやってるのは、おじいさまのじひなんだから! かんしゃして、さっさとおじいさまをちりょうしなさい!」
大声で勘違い発言を垂れ流している…。
「私がこの村にいるのは、マエル村長の不始末をマルゴさんが誠意をもって謝罪をしてくれた後に、村民の治療をお願いされたからよ。マエル村長には2度と会わないで良いっていう条件でね」
あまりに不愉快だから事情説明をしてみる。 ご近所のみなさ~ん、聞いてますか~? 聞いててくださいね~!
「旅人に無償の治療を強要し、断ったら、年若い娘の旅人を家に閉じ込めて脅そうとした卑劣な村長の代わりに、マルゴさんが誠心誠意に詫びてくれたからこの村で治療をしているの。それを村長の孫のあなたが邪魔するつもり?」
丁寧に説明をしたつもりだったけど、子供には難しかったのか、ポーリンはまだ納得しない。
「わたしはかしこいからしっているのよ! たびびとが村にくるのは、ねるところとたべるものをかいにくるんだって!
でも、あんたにうるたべものなんてないわ! 村にあるおにくは、ぜんぶ、村のものよ! おにくがほしければ、おじいさまのちりょうをしなさい!」
村のお肉って、コボルトとハウンドドッグと猪のこと? だったらいらないんだけど…。
呆れてため息を吐いていると、
「ポーリン、黙りな! 今、村の貯蔵庫にある肉は、ほとんどアリスさんが村のために格安で売ってくれたものだよ!」
「うそよ! ハウンドドッグのおにくはこの村をおそってきたのをたおしたんだって、みんな言ってるもの! うそをついてそのひとをかばってもだめなんだから!」
「その、村を襲ったハウンドドッグを誰が倒したと思ってるんだい? アリスさんと、ルベン、それにルシアンじゃないか! なにも知らない子供が口を出すことじゃないよ! 早く家に入りな!」
話が進むごとに、周りがざわざわしている気がするんだけど、いいのかな? 子供の後ろで威張ってる顔役さんたち、早く止めないと、それこそ上げる顔がなくなるよ?
「マルゴこそ、だまりなさいよっ! かおやくのおじさまとおばさまからぜんぶ聞いてるんだから! その人といっしょになって、ちりょうひをまきあげてるんでしょ!? わたし、しってるんだから!」
マルゴさん、ルベンさん、私とハクの視線が『自称・顔役』に突き刺さった。
自分のお祖父さんのお姉さんを呼び捨てって…。 狸はどんな教育をしているんだ?
「あんた達、子供に嘘を吹き込むんじゃないよ! 恥ずかしくないのかい?」
自称・顔役達は、周りの目を気にしながらも、まだ私たちを睨みつけている。
この人達の相手をしていることに疲れを感じて、溜息を吐いた時だった。
「ポーリン、それは違うわ! アリスさんは、とっても安く治療をしてくれているのよ?」
近くにいた人の中から声が上がった。 誰かと思うと、最初に治療をした患者の奥さんのエメさんだ。
「ウチの人が重症だったことは、ポーリンも知ってるでしょ? その治療費を、私たちでも払えるように、とても安くしてくれたのよ?」
エメさんの言葉に頷いている人達がいる。それを見て、さっきの疲れがちょっとだけ取れた気がした。
(アリス、大丈夫にゃ?)
(うん。でも、こんな風に一方的に責められると、ちょっと疲れるし、……ムカツクかな)
愚痴をこぼした私を慰めるように、ハクが私の頬に頭をこすり付けてくれる。何度もすりすりされている間に、少し気分が持ち直した。
「マルゴさん、ルベンさん、時間の無駄です。早く患者さんの所へ行きましょう」
子供の癇癪に付き合っている暇はない。二人の了承を得て、歩き出した時だった。
「わたしはおじいさまのまごよ! わたしの言うことがきけないなら、村にはいさせないんだからっ! おじいさまとかおやくのおじさまとおばさまのちりょうを1ばんにできないなら、この村からでていきなさい!」
「…え?」
立ち止まった私に気を良くしたのか、ポーリンは得意げに、後ろに立っている大人2人は嬉しそうに笑っている。
「やめな、ポーリン!」
「何をバカなことを言っているんだ!?」
マルゴさんとルベンさんは、ポーリンを叱ってくれるけど、調子に乗った子供は止まらない。
「そんちょうのおじいさまのかわりにめいれいするわ! おじいさまたちのちりょうを1ばんにできないのなら、今すぐに、この村からでていきなさいっ!!」
両手を腰に当てて、高らかに言い放った。
ありがとうございました!




