ルシアンさんの味覚は正常です
大人組の説得で、ルシィさん姉弟は私が<治癒士>より<冒険者>を選ぶことを納得してくれた。
ライムが目立つと危険かもしれないので、“栄養”は夜、目立たない様に出すことにして、ルベンさん一家は畑の世話が、私とマルゴさんは解体があるので一旦別れ、お昼にハーブティーを飲むために集まることになった。
「じゃあ、カモミールをたくさん摘んでくるから、楽しみにしていてね!」
そう言って元気に出て行こうとするルシィさんたちを引き止めて、1人ずつに強く念を押しておく。
「虫が付いていないのをお願いしますね? 虫はダメですよ? 虫がいたら、後でルシアンさんに洗ってもらうので、別のかごに分けてくださいね? 小さくて見難いかもしれないけど、虫はダメですから!」
「品質じゃなくて、アリスさんがダメなのね?」
「俺が洗うのかよ。まあ、いいけどさ…」
「わかった」
「オークやゴブリンは倒せても、虫はダメなのかい? ……やっぱりお嬢様だねぇ」
なんと言われても、ダメなものはダメなんだ! 再度、念押ししておく。
「この家には、虫付きは持ち込まない!!」
ルベンさん親子は私の必死な顔を見て、笑いながらだけど約束してくれので安心して見送った。
「さて。 時間もないことだし、さっさと解体をすませちまうかねぇ」
マルゴさんの言うとおり、時間が遅くなってしまったので少し急いだ方が良さそうだ。
インベントリに収納した猪とワイルドボアをもう一度解体台に出す。
「猪が2頭にワイルドボアが4頭だけで良いのかい?」
「はい、後はもしもの食糧難が来るまで大事に取って置きます。 解体してしまうと全て食べきってしまいそうなので…」
ウチの食いしん坊対策もあるけど、複製用に1頭ずつはストックしておきたい。
「慎重なのは良いことだよ。 さて、始めるかね。ライムちゃん、今日も頑張っておくれ!」
「ぷきゅ~♪」
マルゴさんは納得してくれたのか、深くは聞かずに解体を始めてくれる。
「ワイルドボアの解体は、魔石以外は猪と一緒だよ。 討伐証明は尻尾。 素材は牙と毛皮と肉だ。
まずは血抜き。次に腹を割いて魔石の確保。 牙を根元から抉ったら次は毛皮を剥ぐよ。力仕事だが、コツを掴めば難しくはないね。 後は、肉を部位に分けるだけさ。脂身もいるんだったね?」
「はい、食用の油にするので大事です」
「ああ、『オークカツ』美味かったねぇ…。 獣脂を食べることに使うとは思っていなかったよ」
マルゴさんはオークカツを随分と気に入ってくれたようだ。 料理に使わないなら全部捨てていたのかな? 勿体無い!
「獣脂は蝋燭になるのさ」
「ああ、なるほど。 …疑問が顔に出ていました?」
「普段のアリスさんの顔は意外に素直だからねぇ。 治療の時は素直じゃなかったから安心しな?」
……私の顔が素直って言うより、マルゴさんの勘が良すぎるんだと思う。
話しながらも手は止まらないマルゴさんを見習いながら、私も解体を進める。
「昨夜のオークカツはボア油で作りましたけど、今度はオーク油で作ろうかと。きっともっと美味しくなりますよ♪」
「ああ、そりゃあ、楽しみだねぇ!」
(楽しみにゃ!)
「ぷっきゃ~!」
みんなで笑いながら解体しているとあっと言う間に1頭終わり、2頭目の牙を抉りながらふと思いついた。
「両手くらいの大きさの皮袋か何かがあれば欲しいんですが…」
「何に使うんだい?」
「ルシアンさんが狩人に復帰するお祝いに犬と猪の牙をプレゼントしようかと思って」
「怪我を治してやった上に、祝ってやるのかい?
………いつか金がなくなって食うのに困ったら、迷わずアタシの所へ来るんだよ?」
…なぜかマルゴさんに心配されてしまった。 でも、気持ちが嬉しかったので、受け取っておこう。
「はい、その時は泣きつきに来ますね! でも、そうならないように気をつけます^^」
「そうしておくれ」
マルゴさんは苦笑しながら棚を開けて、皮の巾着袋を出してくれた。
「これでどうだい?」
「ちょうど良さそうな大きさですね。おいくらですか?」
「ルシアンへの祝いに金なんて取れないよ」
「じゃあ、いただいておきます」
マルゴさんと2人からのプレゼントにしておこう♪
皮袋をインベントリに入れて、まずはボアの解体を終わらせようと毛皮に手を掛けると、思い出したようにマルゴさんが言った。
「ルシアンと言えば…。 アリスさん、リカバーを掛けた直後は味覚がおかしくなったりするのかい?」
「そんなことはないと思いますが…。どうしてですか?」
「あの子、あの【増血薬】を2本も飲んで普通の顔をしていたんだよ…。雑貨屋なんざ、えずきながら飲んでたのに」
「アレ、そんなに不味かったんですか!? 雑貨屋さん、よく途中で諦めませんでしたね」
「薬なんて高価なもの、無駄にする女じゃないからね」
無理に飲まなくても大丈夫だったんだけど…。雑貨屋さん凄いなぁ。
「ルシアンさんが飲んだのは、改良版ですから。 普通に飲めるレベルの味になってるんです」
「そんなことが簡単にできるのかい?」
「クリーンの魔石に感謝ですね! もう、スライムを見たら、狩らずにはいられません!!」
「狩るのかいっ! ああ、いや! そうだね。冒険者として正しい姿だよ。 【クリーン】はそんなに使い勝手がいいスキルだったのかい?」
「ええ、素材のバンパイアバットの血液と水にそれぞれ【クリーン】を掛けるだけで、味が良くなるんです。もとの血液の鮮度が落ちてるとクリーンの力も半減するんですけどね。 ルシアンさんが飲んだのは鮮度も良い、良品質版です」
簡単に説明すると、安心したようだったが、
「なあ、アリスさん。 色々なことをさらっと教えてくれているが、あんたの話は、持っていく先を選べば大金に変わるって事を自覚しておいた方がいいよ」
別の心配ができたようだ……。
ありがとうございました!




