依頼人夫妻のアルバイト 3
盗賊たちのアジトは襲撃現場から半日ほど離れた場所にあるらしい。
ちょっと行ってささっと帰って来るには微妙な距離。
なので、
「アルフォンソ、このきちゃない紐は切ってしまってもいい? とってもきつく縛ってるからほどけそうにないわ」
「ああ。問題ない。こっちのヤツの防具は金にならないからこのまま処分だな」
先に依頼人夫妻にアルバイトをしてもらう。
内容は、襲って来た盗賊たちの死骸から金目の物を回収すること。
街暮らしの2人には厳しい内容かな?と思ったんだけど、以前の乗り合い馬車の乗客さんたちの反応を思い出して提案してみたら、2人ともごく普通にノッて来てくれた。
「これだけの作業で売り上げから2割も貰えるなて、おいしすぎるわ!!」
「どれをどこに売るのかの判断も任せてもらえるそうだ。こんなケースの経験まで積ませてもらえるなんて、本当にありがたい」
と、あまり好ましくはない作業内容とは反対に、2人はとてもにこやかだ。
この光景を見ている❝アニキ❞と呼ばれていた男だけは、2人を射殺しそうな視線で見ているけど……、この場での彼らの雇い主は私なのだから、その視線は私に向けたらいいのにね?
(卑小な……)
(所詮は小者。とわかっていても不快だわ)
❝自分よりも弱そうな相手❞にしか強気の姿勢をみせない男に、うちのスレイとニールは手厳しい。
「うげっ……」
ニールはゆっくり男に近づくと正面から男の頭を踏みつけて、地面に押し付ける。もちろん足加減は絶妙だ。
強い痛みを感じさせながら、でも頭を潰さないようにとの配慮をしているので安心して放置できる。
男の視線など気にもしていないように見えていた依頼人夫妻も感心半分の感謝の視線で2頭を見ているので、やっぱり男の憎しみのこもった視線は不愉快だったようだ。ますますご機嫌に、テキパキと剥ぎ取り仕事に精を出してくれた。
「なかなかな実入りになりそうなのにゃ♪」
❝アニキ❞の案内で着いた盗賊たちのアジトは、たまたま見つけた洞窟を利用したものだった。奥に進むにつれ、正直に言って、結構臭い……。
なので、さっさとここから出て行きたい私に手加減の文字はなかった。向かって来る盗賊をさっさと<鴉>で切り伏せながら奥へと進む。
……悪人とは言え、人を切ることに抵抗もなくなってしまった自分には少し思う所があるけど、ハクが嬉しそうに私を見ているから気にしないことにする。これも成長ってヤツだよね?
洞窟の一番奥に保管されていた盗賊たちの戦利品をサクッと全部いただいて、どこにも攫われてきた人たちがいないことも確認して、❝カシラ❞と呼ばれていた男だけど生け捕りにして洞窟の外に出ると、少し離れていた所で隠れていた依頼人夫妻が嬉しそうに駆け寄って来た。
……まだ2人には❝もう安全だよ❞って知らせていないんだけどね? もしもこれが盗賊たちの罠だったらどうするんだろう?と少しだけ不安になると、それを見越したのか、
(我らがもう安全だと知らせてやったのです)
依頼人夫妻を護衛してくれていたニールが誇らしそうに教えてくれた。
洞窟での作業がひと段落着いた段階で、ハクからニールとスレイに心話で連絡が入っていたらしい。だから私たちが洞窟から姿を見せた時に、依頼人夫妻を蹄でつついて私たちの方へと軽く押し出したそうだ。
強くて賢いと言われているスレイプニル達がそんな態度を取るのだから、依頼人夫妻もピンと来たようで、安心して私の所へ駆け寄ってくるのも納得だ。
待たせたことへの礼を言い、盗賊たちの❝カシラ❞と❝アニキ❞を指しながら、
「懸賞金がかかってると良いね!」
と笑いかけると、
「仮にも❝カシラ❞❝アニキ❞と呼ばれている男たちですからね。懸賞金が掛かっている可能性は高いですよ!」
アルフォンソさんがにこやかに答えてくれる。
「懸賞金が掛かっていなくてもそれなりの褒賞金は出るでしょ? 装備も他の人たちよりも良さそうな感じだし、アリスの収入としてはアリじゃない?」
オデッタも2人の男たちを品定めして、嬉しそうに笑っている。
……2人ともこれまで荒事には縁のない生活を送ってきたんだろうに、とっても逞しい。
「ねえ、アリス? 中にいた人はこれだけ?」
「え?」
「他にも盗賊はいたでしょ? そいつらの装備とかはちゃんと回収して来たの? 随分と早く出て来たけど」
新米商人夫妻を見ながら内心で感心しているといきなり鋭い指摘を受けて、私はちょっとだけ気まずくなる。
一か所にまとめて置かれていた盗賊たちの戦利品はきっちりと回収して来たけど、倒した盗賊たちの装備はそのままにしているからだ。
……だって、動物や魔物以外の死骸はインベントリに入らないんだもん。あんなに臭い洞窟の中で、剥ぎ取り作業なんてする気にならなかったんだもん。
ほんの少し逸らした視線で何を理解したのか、オデッタが、
「2.5割でどうかしら!?」
ハクに向かって交渉を始めた。
「にゃ~……?」
ハクの低い鳴き声で何を理解できたのか、
「みなさんがゆっくりと休憩している間に、私たちが2人で、暗くて臭いだろう洞窟から盗賊たちの死骸を回収してきます! どうでしょう? 2.3割で!」
アルフォンソさんまで話に加わった。
一旦は諦めた盗賊たちの装備品。待っている間に2人が剥ぎ取ってくれるのなら私は嬉しい。この条件なら4割あげても良いんじゃないかとハクに心話を送ってみると、
(!? ……3割にゃ! 2人の商魂を褒めてやるのに、3割を取り分にしてやるのにゃ!)
ハクはちょっとだけ考えて、2人の希望よりも高い❝3割❞で手を打つと言ってくれた。珍しい。
ハクの気が変わらない内に、と、2人にハクの意思を通訳してあげると、
「ありがとうございます!」
「ありがとう!」
2人は手をつないで、駆け足で洞窟の中に入って行った。
本当に、とっても逞しい依頼人夫妻で……、勉強になります。
ありがとうございました!




