食欲は伝染する
テーブルの上に大皿いっぱいのおむすびと切った山盛りのりんご、コップに注いだ浄化水を置くと、
「アタシ達はさっき朝ごはんを食べたばかりだよ…?」
「俺たちも家で食ってきたぞ」
お腹を押さえながら、呆れたように言われてしまった。
「私たちはりんごでお付き合いを。おむすびを食べるのはルシアンさんだけ…、ではなく、ルシアンさんとウチの従魔たちですよ」
「んにゃ~♪」
「ぷきゃ~♪」
「いや、俺も朝飯は食ってるし、ここでもさっき木苺を食ったぞ?」
「でも、お腹空いているでしょ?」
ルシアンさんは不思議そうにしているが、私の【診断】スキルは嘘を吐かない!
確認の診断をした時に、状態が『貧血』と『空腹』だったのだ。 今は興奮していてそれも分からないようだけど…。
「いや、俺はそこまで大食らいじゃあ、ない…」
否定している最中に「ぐぅぅぅぅ」とお腹が鳴って、ルシアンさんはびっくりした顔になる。
「お腹、空いてるでしょ?」
にっこりと笑って言うと、恥ずかしそうに頭を掻きながら頷いた。
「足を1本生やしたんだから当たり前ですよ~。 いっぱい食べて血肉を作ってくださいね!」
笑いながら言うと、みんなが不思議そうな顔をした。 …ん?
「前にリカバーをかけたときも、お腹が空きませんでしたか?」
「リカバーに失敗したショックで食欲なんかなかったよ」
リカバーを失敗した上にごはんをまともに食べなかったんじゃあ、余計に辛かっただろう。
「じゃあ、説明しますね。 リカバーで生やした足は、ルシアンさん自身の血肉と魔力を使っての再生になったようです。
なので、失った血肉と魔力を補うためにどんどん食べてよく眠ってください。しばらくは体が重だるく感じるでしょうが、血肉と魔力が補充できたら、だるさもなくなりますよ」
説明をしている間もルシアンさんのお腹はぐ~ぐ~鳴りっぱなしで、マルゴさん、ルベンさん、ルシィさんはそれぞれに笑いを堪えていた。
「新鮮味のない具材ですが、よければどうぞ?」
「…女神とアリスさんに感謝を」
再度勧めると、ルシアンさんは祈りの言葉に私の名前を追加してから嬉しそうに食べ始めた。
いや、私の名前は要らないから……。
「美味いなっ! なんだ、この水! 握り飯も美味い!」
一度食べ始めると、ルシアンさんはなかなかの食欲を見せた。
それに釣られて、
「ぷっきゅっ♪」
「焼き魚が入ってるわ!」
「煮ボア、やっぱり美味いな」
「んにゃ~♪」
「オークカツだよ。やめられないね!」
みんなも食べ始めて、あっと言う間にお皿は空になる。
りんごを食べ終わってもまだ食べ足りなさそうなルシアンさんに、炒飯の残りをフライパンごと出してスプーンを添えると、嬉しそうに完食した。
リカバーはかなりの体力を使うようだ。覚えておこう。
「「「「ごちそうさまでした!」」」」
「んにゃん!(ごちそうさまにゃ!)」
「ぷきゅう!」
「……『ごちそうさまでした』? 家でも朝飯の後に言ってたな?」
『ごちそうさま』に興味を覚えたルシアンさんに、ルシィさんが『いただきます』と一緒に説明をすると、
「そうか…。 そういった考え方があるのか。 俺のように狩りをするヤツは覚えておくべき言葉だな。
『いただきます』と『ごちそうさま』。 女神だけでなく、全てに感謝する心か…」
ルシアンさんはしばらく考え込んでいたが笑顔を浮かべ、改めて「ごちそうさまでした」と言った。
そんなルシアンさんを優しい瞳で見守っていたルベンさんが、
「おお、忘れるところだった!」
そう言って立ち上がり、玄関先から野菜の入った籠を持ち込んでは次々とテーブルに置き始める。
「随分と大量だね? 白菜、レタス、生姜…。 えらく元気だけど、まさか……」
「朝世話しに行ったら、俺の畑が生き生きとしていたんだ! アリスさんしかいないだろう?」
「ああ。アリスさんしかいないねぇ。 それにしても、たったの一晩でこれだけの効果かい。とんでもないねぇ……」
どうやらライムの“栄養”が一晩で畑の作物に行き渡ったらしい。白菜もレタスも葉の1枚1枚に張りがある。
「どれも、凄く美味しそうですね! でも、今夜の晩ごはんには多すぎませんか?」
「晩飯にはまた別に持ってくる。これはアリスさんに貰って欲しいんだ」
「こんなにたくさん!? 貰う理由がないですよ」
ちょっとした“手土産”には多すぎる。
「理由ならいっぱいあるだろう? 作物を生き返らせてくれた礼とか」
「昨夜、マルゴさんの畑から貰いました」
「…確かに収穫の後があったな。 じゃあ、ルシアンの治療の礼とか」
「それも受け取り済みです。とっても素敵な敷物になってました♪」
「…晩飯の礼とか」
「食材とか、持ち寄りでみんなで作ってますよね? それなら私もお礼をするべきかと?」
「…今のおむすびの礼だ! 美味かった!!」
「……貰いすぎだと思うけど、遠慮なくいただきます♪ 白菜にレタスに生姜! 嬉しい!! 今夜は鍋にしましょう♪」
「あ、ああ…。 そうか、よかったよ! 晩にはまた持ってくるから、それはアリスさんが持っていてくれ」
ルベンさんは嬉しそうに笑ってマルゴさんと頷きあっている。 …なんだろう? 鍋料理が好物だったのかな?
(アリス、その葉っぱを“つまみ食い”させてくれるなら、“もっと栄養をあげても良いよ”ってライムが言ってるにゃ~)
(そうなの? “つまみ食い”はダメだけど“味見”ならいいよ。ハクも一緒に食べる?)
(僕は料理をしたものがいいにゃ。ライムに伝えるにゃ~)
「…アリスさんは何を始めたんだい?」
白菜とレタスを洗うために大鍋に水を出し、クリーンを掛けている私にマルゴさんが不思議そうに聞いてきた。
「ライムが野菜の“味見”をしたがっているので、ちょっと洗ってやろうかと思いまして…」
「野菜を洗うのに、【クリーン】を使うのかい?」
「生のままで食べるので、水もおいしい方がいいでしょう?」
「…まあ、そうだねぇ」
洗い終わった白菜とレタスを別の鍋に入れてライムを呼ぶといそいそと近寄ってきて、鍋に覆いかぶさるようにして吸収し始めた。
「おいしい?」
「ぷっきゅう♪」
ライムが食べている横でルシィさんとルシアンさんがボソボソと小声で話をしていたが、
「あの美味い水で野菜を洗ってたのか!?」
いきなりルシアンさんが大声を出した。
「贅沢でしょう? ライムちゃんも喜んでるわね♪」
どうやら【浄化水】を使って野菜を洗っていたことに驚いているようだ。
……不自由なく使えるMP量に感謝しよう!
内心でビジューへの感謝を捧げていると、
(ビジュー様もびっくりの魔力の使い方にゃ!)
ハクに言われて私もびっくりした。 心の声が漏れてた?
(ライムは野菜を気に入った感じ?)
(“甘くておいしい”らしいにゃ!)
そうか。 ライムが満足してるなら、ルベンさんに伝えてあげよう!
ありがとうございました!




