ラリマー出発の朝 1
ありがとうございました!
「アリス。アリス! 起きるのにゃ!」
「アリス、おきて? おやさいのしゅうかくをしよう!」
ぽむぽむと頬を叩く柔らかい何かと、てちてちと額を叩く滑らかな弾力を持つ何かを見る為に、まだ閉じていたい瞼をイヤイヤ持ち上げる。
「……おはよ」
頬を押さえたままのハクの白いもふもふなお手手を握り、額を押さえたままのライムの触手に手を添えながら❝おはよう❞の挨拶を言うと、
「おはようにゃ♪」
「おはよー!」
元気いっぱいの挨拶と共に、頬と額に優しい感触が落ちてきた。
思わず緩む頬を隠すことなく身を起こし、今日も可愛いハクとライムにおはようのキスを返す。
最初は照れくさかった❝おはよう❞と❝おやすみ❞の挨拶だけど、最近はこれがないとなんだか落ち着かなくなっている。2匹と一緒に過ごして来た時間の長さ(実はまだそんなに長くはないけど……)を感じ、今朝も幸せな始まりとなった。
(これおいしそう!)
(これも食べごろにゃ!)
(主! これもなにやら良い香りがいたしますぞ)
(主さま! これも欲しゅうございますわ!)
次々と収穫されていく、旧ミネルヴァ邸の畑の作物たち。現所有者である総支配人さんの好意(あみだくじの景品を考えたライムへのお礼)に甘え、食べごろの作物を片っ端から収穫していく。
そこには遠慮の欠片も存在しないが、代わりにライムの肥料をこっそりと追加して行くつもりだから大目に見て欲しい。これからの旅先で、こんなに品質の良い野菜を手に入れるのは簡単ではないだろうからね。
収穫した作物を【複製】しやすいように種類ごとに分けて籠に入れながら、昇ってくる朝日の柔らかな光を浴びてご機嫌にはしゃぐ可愛いハクたちの様子を堪能した。
家屋の隅々まで【クリーン】を掛けて、家中が綺麗になったことを確認してから外に出る。
「でていくのにクリーンをかけるのはどうして?」
とライムに聞かれ、
「ん~、なんとなく? ご厚意で貸してもらったお家だから綺麗にして返したいなって思ったの」
なんとなく……としか返せない自分を反省する。
だって、それが常識だと思っていたんだもん。
宿代としてお金を払うんだから、とか、家賃代わりにお仕事をするんだから、なんて理由で、汚しっぱなしで返すのは嫌だ。
でも、この考え方はこの世界(この国、かな?)では、一般的ではないようだ。そういう意味では、大らかな人が多いようなので、他人に何かを貸す時には注意しようと思う。
「ニール、スレイ。本当に大丈夫? 痛くない?」
(主よ、心配は要りませぬ)
(主さま、どうか安心してくださいませ。これくらいの荷を牽くくらい、何ともありませんわ)
ニールとスレイの希望で、今日は2頭に馬車をつないでいる。
全てをインベントリに入れて私たちだけが背中に乗せてもらった方が、2頭にとっては断然楽だと思うんだけどね? ❝昨夜、今日の移動はゆっくりと馬車の中で休みながらと約束した❞と言って2頭は譲らなかった。
私の体調なら大丈夫なのにな~? ニールとスレイがしんどくない方がいいんだけどな~? と思った内心を見透かすように、
(2頭とも、最近はお留守番が多かったから、いっぱい頑張ってアリスに褒められたいのにゃ!)
と先輩従魔からの心話が届いたので、諦めてインベントリから馬車を取り出したんだ。
幸い特注品のハーネスのお陰で2頭に大きな負担は掛かっていないらしく、ご機嫌に寄り添っている2頭を眺めていると、
「おはようございます」
「おはよーっ!」
程なく依頼人夫妻からの声がかかる。
「おはよう! 昨夜は良く眠れた?」
なんだか2人が疲れているように見えたので、一応聞いてみると案の定、
「家族や友人たちが壮行会を開いてくれまして……」
依頼人夫妻の方も、遅くまで親しい人たちと過ごしていて寝不足のようだ。
旅立ちの当日に依頼人と護衛が揃って寝不足なのはどうかと思うけど、2人は期限付きとはいて家族とお別れするのだから、仕方がないよね? 寝不足くらい、楽しい時間を過ごした対価だと思うとお釣りがでる。
と強気でいられるのは、優秀な私の従魔たちのお陰だ。
4匹に感謝をしながら、ゆっくりと門に向かって移動を開始した。




