別れは寂しいけれど……
重たい扉を開くと同時に襲ってくるような喧騒は、冒険者ギルド特有のものだ。
これを少し懐かしく感じる私は、冒険者としてはちょっと不真面目な部類に入るんだろう。最近は薬師や商人活動に比重を置いていたし……。
なんて埒もないことを考えながら受付カウンターへ近づくと、奥のデスクに座っていたシルヴァーノさんが気付いて出て来てくれた。
ディアーナは他の担当冒険者たちの相手で離席中とのこと。良かったら自分が話を聞くと言われたので、顔を見に来ただけだと伝えると、
「ああ、それはディアーナが喜びますね。最近会えていないと寂しがっていましたので」
なんだか甘い微笑みが返ってきた。
……これは、アレかな? 自分の婚約者が喜ぶ姿を想像するだけで自分も幸せになれるという、なんとも幸せいっぱいの例のアレ?
もう、2人の関係は周知のことだから、隠す必要のない幸せオーラが駄々洩れになってるってヤツ?
シルヴァーノさんのこの表情を見るだけで、ディアーナがどれほど大切に思われているかが顕著にわかる気がしてとっても微笑ましい。
微笑ましいんだけど……。
私の背後から聞こえる、呪詛もどきの低い声はなんとかならないものか……。
男性たちのシルヴァーノさんを呪うような姿は、ディアーナがすっごくモテモテだった……、いや、今でもモテモテなのがよくわかってとても楽しいんだけど、うちの仔たちの教育に悪そうだから止めて欲しいな。
シルヴァーノさんのご厚意で、ディアーナの手が空くまで応接室で待たせてもらうことになった。
その間の暇つぶしは、食材の下拵え。
移動中の食事は基本、インベントリの中にストックしているごはんを食べる予定だけど、何か作りたい料理を思いついた時には速やかに短時間で手早く作れるように、出来るだけの準備をしておこうと思うんだ。
その為に野菜を色々な形で切ったり皮を剥いたりしているとあっという間に時間が流れて、ディアーナが来てくれた時には「あれ? もうそんなに時間が経った?」と驚いたほどだ。
そんな私を見てディアーナは、
「アリスったら本当にお料理が好きね! 今度私も一緒にお料理したいわ!」
はにかみながら、でも幸せそうな笑顔で私におねだりしてくれたんだけど……。
「明日か明後日にはこの街を出る予定だから、それまでの間で良ければね?」
「え………? みんなと一緒にネフ村へ出発しなかったから、アリスはこの街でゆっくり過ごすつもりだと思ってたんだけど……。本当に街を出て行ってしまうの?」
返事は別れを告げる言葉になってしまった。
驚き、寂しそうな表情で確認するディアーナに頷き、王都へ寄ってからネフ村へ行こうと思っていると伝えると、彼女は一瞬だけキュッと唇を引き結び、次いで「仕方がないわね」と呟きながら笑顔を浮かべてくれる。釣られるように私たちも笑顔になって、これまでいろいろとお世話になったことのお礼や、これからのディアーナとシルヴァーノさんの幸せを祈っていると伝えると、
「だったら私たちの為に、護衛依頼を引き受けて欲しいわ!」
❝良い事を思いついた❞とばかりに唇を綻ばせたディアーナに、仕事をお勧めされてしまった。
私がこのまま王都に向かったら、ディアーナたちは私の道中の無事を祈りながらヤキモキすることになってしまうけど、もしも私が依頼を受けてから王都に向かったなら、王都で完了した依頼の報告が受注したこのギルドにも入るらしく、私が無事に王都に着いたことがわかる寸法らしい。
「もちろん、依頼を受けてくれることで、アリスの担当職員の私たちにお小遣いが入ることになるわね! どうかしら?」
なんていたずらっぽく笑うディアーナに、❝否❞は言えなかった。❝心配だから、せめて生存確認をさせて欲しい❞って、その瞳が言っていたから。
護衛依頼を受けるのは初めてだし、護衛が私1人で大丈夫なのかと一瞬だけ不安に思ったけど、ハクやライム、スレイ、ニールの助けを借りれば何とかなるだろうと思い直す。
何より、私の優秀な担当職員さんがお勧めしてくれるんだから、何とかなる依頼があるに違いない。
さあて、どんな依頼があるのかな?
ありがとうございました!




