お見送り
「いってらっしゃい!」
にっこり笑って手を振る私たちに向かって、
「ええーっ!? どうして!? どうしてアリスちゃんはバシャに乗っていないの!?」
「アリスちゃん! アリスちゃんもいっしょにいくのーっ!!」
「ハク! ライム! 早く乗らないとおいてっちゃうんだから!」
「お~い、そんなに端に寄ったら落ちちまうぞ?」
「アリスは用事があるから後から来るの。先に村に行って待ってましょ!」
年少の子供たちが馬車の幌を捲って大声で抗議するのを、護衛組が子供たちが落ちないように支えながら宥めてくれる。
中には泣き出す子もいて、他所の孤児院から来た子供たちがびっくりしていた。
小さい子たちには、私は同行しないって言っていなかったからね。私自身も最初は一緒に行くつもりだったし。
でも、護衛組の意見を聞いて考えを変えたんだ。
今回の旅は観光じゃなくて❝お引越し❞。それもラリマーよりも鄙びたネフ村への移動の旅だ。大変な思いをして辿り着いたネフ村が歓迎してくれるのと、それなりに快適に移動した先でネフ村を見るのとでは、心証が随分と変わってくる。子供たちにネフ村永住に対して前向きな覚悟を持たせたいなら、アリスは一緒に来ない方がいい。ってアルバロたちに説明されたんだ。
もちろん、私が移動中に便利さや快適さを求めなければいいだけなんだけど。……自信がなかった。
お風呂はもちろん諦めるよ? でも、せっかく時間停止のインベントリがあるんだもん。暖かくて出来立て(状態)のおいしいごはんを食べたいし、【クリーン】魔法だって朝晩の1日2回は最低でも使いたい。それ以外だって必要に応じて魔法とインベントリを駆使して、移動生活を快適なものにする努力を惜しまない気がする。可愛い従魔たちにはおいしい物を食べさせてあげたいしね。
だからミネルヴァさんに相談してみたら、私とハク達、護衛組が快適に旅を楽しむのは良いと思う。でもそれを見た子供たち(特に年少さん)が自分たちにも同じことを、と甘えてきたら、そういったお願いは容赦なく跳ねのけて欲しいと言われ……。同行することを諦めた。
一緒に旅をするのに子供たちには我慢をさせて自分たちだけ快適に過ごすなんて、そんなのハードルが高すぎる。
残念だけど同行しないことを伝えると、ミネルヴァさんと年長さんたちは一緒に行けないことを残念がりながらもあっさりと納得してくれた。この旅で自分たちに必要なのは、❝安全❞と❝不便❞だと言い切った年長さんたちの逞しさには脱帽するしかない。
という訳で今日の私はお見送り担当。ネフ村には子供たちが落ち着いた頃に行こうと思っている。
ミネルヴァ家の年少さん達を宥めるのはミネルヴァさんと護衛組に丸投げし、私は騎馬で寄って来たイザック&ルシアンさんと最後の打ち合わせ。
イザックにはモレーノお父さまとジャスパーの商業ギルドマスター(サンダリオ)さん宛の手紙と革袋に入れたお金を渡す。
モレーノお父さまには私が元気でいることと、今回みんなと一緒にはジャスパーへ行かないことの報告。お父さまとは王都で会う約束をしているので、その時を楽しみにしている、と。
サンダリオさんには子供たちの組んだ❝組紐❞の買い取り依頼と、その代金を使った組紐用の糸の購入依頼。チョイスはサンダリオさんにお任せ♪
他にもイザックとミネルヴァさんが必要だと判断したものを、ギルドの私の口座のお金を使って購入するのでその為の手配のお願いを認めておいた。
お金は道中で不足したものを補充するのに使ってもらうため。もちろん、立ち寄り先でおいしそうなおやつがあれば、それを買うのに使ってもOKだ。
ルシアンさんにはマルゴさん宛の手紙とお金を渡す。手紙の内容は、子供たちを受け入れてくれることへのお礼と、子供たち(特に年長組)の育成のお願い。
ミネルヴァ家の年長組はクリスピーノ君やベニアミーナちゃんはもちろん、他にも地頭の良い子が多いので、出来たら将来は外部との折衝&交渉役や、職人頭、農夫頭として育成して欲しいとお願いしておく。もちろん、最終的な判断はマルゴさんに任せるとも。村にだって優秀な人材はいるだろうからね。
お金はイザックに渡した金額よりも高額になっている。この旅の間に必要になる諸経費と、移住組が村に着いた後の当面の生活費だ。これはミネルヴァさんに渡そうと思っていたんだけど、遠慮して受け取ってもらえない予感がしたから、ルシアンさんにお願いすることにした。
……ルシアンさんがお金の受け取りを拒んだことは、想定外だったんだけどね。そんなものは村で面倒を見るのが当然だというルシアンさんを何とか言い包め…、説得に成功。
これで旅&村での当面の生活は大丈夫だろう。
親方さんの下で勉強を続けたいから、とこの街に残るヴァレンテ君と一緒にみんなを送り出す。
……ずっと一緒に暮して来た家族と離れ離れになるんだから、寂しい、なんて当然の感情だよね? なのに泣くのを我慢して一所懸命に笑顔を浮かべているヴァレンテ君の背中を抱きながら、私たちは馬車が見えなくなるまで手を振り続けた。
ありがとうございました!




