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治療の対価 この辺で勘弁してください

「それで、俺次第って言うのはどういうことだ?」


 ルシィさんの入れてくれたお茶を飲んで気を取り直したルシアンさんが静かに聞いたので、私も情報を整理しながら推測を話すことにした。


「ルシアンさんは足を切り落とす時に、一緒に狩りに行った仲間たちを、仲間たち達に対する怒りと憎しみを捨てたんだと思います。

 仲間を庇って怪我をしたルシアンさんから治療の機会を奪い、怪我の痛みと発熱に苦しむルシアンさんを見捨てた人たちです。恨んで当たり前、憎んで当たり前。 その方がずっとず~っと楽なのに、ルシアンさんはとても強い意志で、その心を捨てた。 腐ってしまった足と一緒に仲間の存在を“切り捨てた”時に、意識の底で、()()()()()()()()()()()()()()()()()んだと思います。()()()()()()()……」


 そこまで言うと、ルシアンさんの顔が泣きそうに歪んだ。


「それが間違っていたのか? 俺はやつらを憎み続ければ良かったのか…?」


「間違ってなんかいません! 

だからこそ、ルシアンさんは恨みに飲み込まれることなく、自分を見失わなかった。 鍛錬を怠らず、自分に出来ることで生計を立てて、普段は家の外には出たくなくても村が大変なときには力添えを惜しまない。 そんなルシアンさんでいられたんだと思います」


 私の言葉に、ルベンさん、ルシィさん、マルゴさんが頷いている。 うん、ルシアンさんは間違ってなんかいない!


「だったら、俺はどうすればいいんだ……?」


「足を捨てなかったことにしましょう!」


「………やつらを許せということか!?」


 それまで静かに話を聞いていたルシアンさんの眉間に、苦しげなしわが寄った。


「いいえ。 ルシアンさんが『許したい』と思ったとき以外、許す必要なんてないと思いますよ。 

 そんな人たち、関わらなくても生きていけるものなら、一生関わらない方向で行きましょう!」


 ルベンさんやマルゴさんの反応を思い出しても、きっとろくでもないやつらに違いない。


 小さい村だから、関わらないことは難しいだろうけど、許す必要なんてどこにもないよね。


「……だったら、どういうことなんだ?」


 ルシアンさん以外のみんなも、訳がわからないといった顔で私を見ている。


「イメージ、してください。 

 ルシアンさんの足が大地を踏みしめて立つ姿を。

 大地を蹴って駆け回る姿を。

 膝を曲げて深くかがみ、そのまま高く飛び上がる姿を。

 想像してください。

 両足があって出来る全ての事を。

 これから手に入れる理想の未来を。

 今のままのルシアンさんも十分に素敵ですが、もっともっと、輝ける未来を想像してください。

 その想像の全てに、『当たり前に在って、自由に動く両足』をイメージしてください」


「そんなこと、足を失ってから考えなかった日の方が少ないぞ」


 ルシアンさんは不思議そうに言うが、


「『足があれば』ですか? それとも『足を失わなければ』?」


「一緒だろう?」


「違いますよ! 前提は『在るのが当たり前』です」


 もっと上手に説明ができない自分がもどかしい。 でも、どうか伝わって……!


「【リカバー】を使うときにイメージが必要なんて話、初めて聞くぞ?」


「普通に足を失っただけなら、必要のない手順ですからね」


 不思議そうにルシアンさんが聞くが、ハクに“魔法とスキルはイメージが大事”と聞いて実践していなかったら、私も疑っていたと思う。


「……それができたら、俺の足は治るのか?」


「足を切り落とされた激痛の中でも、きっちりとイメージが固まっていたら、治ります」


 推測であることを飲み込み、さも、自信があるかのように微笑んでみせた。

 

 一息吐いて周りを見てみると、皆の顔色が良くない。


 足を切り落とすと言ったり、激痛に耐えてイメージを持てと言ったり、私が言ったことはどう聞いてもまともじゃない。 顔色も悪くなるよね。


「今、治療を受けるかどうかを決める必要はありません。手順さえ踏めば、街の治癒士に任せてもいいと思います。

 私がいる間に治療を受けようと思ったら、イメージを固めてからお父さまかお姉さまに伝えてください。

 今日はここまでの話にしましょう」


「治療費を教えてくれ」


 落ち着いて考える時間が必要だと思い帰ろうとすると、ルシアンさんから対価を聞かれた。


「治療を受けると決めてからでもいいんじゃないですか? 結論を急がせるつもりは…」


「治療を受けるかどうかの判断の一助になるかもしれん」


「それもそうですね。 ……もう、お父さまとお姉さまにいただいているので、これ以上は必要ありません」


 マルゴさんの家では「対価を考える」と言ったけど、【リカバー】の検証を兼ねた推論だらけの治療に対価は貰えない。


「はぁ!? なんだよ、それ! 

 さっきの話を聞いていたか? 金貨がかかる治療なんだぞ!?」


「それは正規の治癒士の話でしょう? 私は治癒士じゃないですから。 さっき、マルゴさんからもいただきましたし…」


「アレは話が別だよ。 アリスさんの治療は他の治癒士には多分無理だ。 ルシアンを治してくれる気があるのなら、対価を決めておくれ」


「そうだ。ルシィの顔に傷が残らないように治してくれただけで十分だ! この上ルシアンまでただで治してもらうわけにはいかん。払わせてくれ!」


 無料で良いと言っても、マルゴさんとルベンさんは治療の対価を払いたがる。  


…どうして、そんなに払いたがるのかな?  “只より高い物はない”がこの世界の基準とか? でも、値切ってきた患者もいたし、ただ働きをさせようとした狸村長もいたような…?


 考えても結論はでないし、この場は払ってもらった方が良さそうな雰囲気なので対価を考えてみる。


「じゃあ……、ルシアンさんにお願いしている毛皮のなめし代金を無料(ただ)にしてください」


「分かった。それから?」


「え?」


「それから?」


 まだ、何か必要なの!?


「それから…、ボアは野外での敷物用に裏側の加工を、ラビットはつなぎ合わせて、上掛け兼室内用の敷物に加工できますか?」


「できる。それから?」


「え? それから…

 お玉とトングを1本ずつ欲しいかな」


「それから?」


「お茶碗かご飯用のお皿と汁椀かスープ皿とコップを3個ずつください! 以上!!!」


 もう、それから?は言わせない! 気迫を込めてじっと目を見据えると、


「あんた、金は嫌いか?」


「大好きです!」


 わかりきっていることを質問された。 何なんだ?


「即答かよ…。 俺の足は、金貨を積まないと治せないってことは言ったよな? どうして金貨か、それに見合うものを言わないんだ?」


 どこまでも大金を払いたがるルシアンさんが面倒になって、


「私は治癒士じゃないから、金貨を積むなら正規の治癒士に頼んで。  

 お金はこれから自分で稼ぐから、今は旅に役立つ物資を充実させる方が大事。 それに、明日も治療に回るから、ルシアンさんの治療で足りないもの全部が揃うと他の人の対価を考えるのが面倒になるから困る。 

 もうこの辺にしておいて」


 そう告げると、黙っていたルベンさん、ルシィさん、マルゴさんの3人が大笑いを始め、ルシアンさんは黙り込んだ。


「じゃあ、ルシアンの対価は以上でいいね。 ルベンはルシアンを納得させておいておくれ。 

 さあ、夜も遅い。アタシ達は帰ろうか」


 いきなり笑い出した3人にびっくりしている間にマルゴさんが話をまとめて、私を玄関へと(いざな)った。


「アリスさん、明日も午前中は解体をして、治療は午後からで良いんだろう?」


「はい」


「じゃあ、ルベン、ルシィ、昼頃に来ておくれ。 ルシアンはじっくりと考えな。 おやすみ」


「ああ、おやすみ」

「おやすみなさい」

「……おやすみ」

「おやすみなさい。お邪魔しました」


 ルベンさん親子の声をほとんど背中で聞きながら、なんとか挨拶だけはすませた。


ありがとうございました!

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