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お引越し準備。の準備 9

 脳内でカッサンドラさん=有能な経営者説を否定しかけた時、


「カッサンドラ。君は本当に、この条件で商会に負担がかからないと思っているのかい?」


 総支配人さんがカッサンドラさんに向き合った。


 うん。これだけの投資をすれば、宿(キャロ・ディ・ルーナ)の利益になることは間違いない。品質の上がった食材を使って料理長さんが腕を揮えば、その味が評判にならないわけがないからね。


 でも、それだけの出費をする商会の資金繰りは? それだけの出費を取り返す程の利益が出るのはいつになるのかな?


 総支配人さんと私の疑問の視線を受け止めたカッサンドラさんは、


「正直にお話しましょう。 ……金銭での利益が出るまではしばらく時間がかかります。経費がかさみますので、あの土地で収穫できる野菜の代金だけで今回の出費分を取り返すことは私の代では難しいかもしれません。ですが、今回の投資で我が商会は、貴族社会に大きなパイプを作ることができるでしょう!

 ロランドが貴族籍を捨ててわたくしの夫となってくれたことを❝愚かな選択だ❞と嘲笑い後ろ指を指した貴族たちが、こぞって我が商会が扱う野菜を求めるようになるのですわ!」


 と胸を張る。


 ……うん。貴族社会に大きなパイプってのは、建前だよね? 本音は自分の愛する夫を見下してくれた貴族たちを見返してやりたいってこと。


 貴族たちが❝平民の食べる物❞だと蔑んでいる野菜を使って、どうやって見返すのかが疑問だけどね?

 その疑問は総支配人さんも感じたようで、


「アリスさまのレシピのお陰でこの宿のお客さま方は野菜を召し上がるようになられたが、本来貴族たちは野菜を好まない。❝貴族たちが野菜を求めるようになる❞という目算は、アリスさまのレシピが爆発的に広がることを見越してのことかい?」


 穏やかな口調だけど、❝彼女が自分の為に暴走をするのならとめなくては!❞という意思が感じられる声音で問うた。


 彼女もそれを感じたのだろう。ゆっくりと一度頷いたあと、


「この国の王侯貴族、特に令夫人たちの間で野菜の価値が見直されているという情報を得ておりますの。<野菜>を食べることが、白くきめ細やかな美しい肌を保つのにとても有効だという話ですわ」


 揺るぎない自信を見せながら、説明を始めた。


 カッサンドラさんの商会のターゲットは平民から貴族まで。手広く色々な物を扱っているのだが、最近貴族家から❝らしくない❞商品についての問い合わせが入り始めたとのこと。その❝らしくない❞商品こそが<野菜>だったのだ。


 ❝肉と魚、木に生る果物❞だけが貴族の食事。


 でも、家を維持する為に雇っている使用人たちはそうではない。使用人たちの食事用に元々野菜の納品はしていたのだけど、ここ最近になって、「自分たちが見たことのないような珍しい野菜や、自分たちが食べたことのないような美味しい野菜はないだろうか」という相談が舞い込んできた。


 不思議に思った納品担当が「どうしてそんなものが必要なのか?」と聞いても理由を話さなかったので、初めは「そんなものは知らない」で済ませていたが、何軒かの貴族家で同じことを聞かれるに至り「誰が必要なんだ? 誰が食べるんだ?」と聞いて回ってみたところ、やっと「奥さまが召し上がるんだ。だから平民の俺たちが食べたことのないような、貴族の奥さまにふさわしいものを用意しろと言われて困っている」という話が聞けた。


 その報告を聞いたカッサンドラさんの行動は早く、懇意にしていた貴族家に手土産片手に乗り込んで、詳しい事情を聞くことに成功。


 聞けばほんの数週間前、王家主催のパーティーで野菜を使った料理が供されたとのこと。


 ❝自分たちが踏みつける地面で育つ野菜❞は身分の低いものが食べる物。と認識されている中、王家のパーティーで野菜が多く使われることは過去になかった。いったい何が起こっているのか?と場がざわつき、❝我々にはこの程度のもてなしで十分だということか!? 王家は貴族家を粗雑に扱うつもりか!?❞と憤る高位貴族も出てくる中、❝雑音などはお構いなし❞の姿勢で野菜料理に手を付ける女性がいた。


 パーティーの主催者である、王妃陛下が楽しそうに野菜料理に手を伸ばしていたのだ。


 その隣では、妻の行いを窘めるでもなく嬉しそうに微笑みながら、


「そなたは貪欲よな。元々美しかった肌がますます艶やかで張りを増した。いったいどこまで美しくなれば気がすむのだ?」


 妻の頬に手を伸ばし、うっとりと指を滑らす国王陛下の姿があったそうだ。


 今までとは違う食事といつもに増して仲睦まじい様子の国王夫妻。これで何も感じないようでは貴族なんてやっていられない。


 特に反応が早かったのが、高位貴族の夫人たちだ。


 王妃陛下に倣うように野菜料理に手を伸ばしてその意外なおいしさに目を瞠り、話しかけるきっかけを手に入れるや王妃陛下を取り囲み、美しさの秘訣を教えて欲しいと懇願した。


 近くで見ると、国王陛下の惚気の通りに王妃陛下の肌がいつもよりも美しいことに気が付いたからだ。


 ❝美貌❞を武器に社交界を戦い泳ぐ貴族女性たちは、美に対して貪欲だ。


 国王夫妻を見てなんとなく気が付いた❝野菜を摂取=お肌が美しくなる❞の法則が王妃陛下の口から確実な情報として語られるや、パーティー会場内では小口で優雅に、しかし物凄いスピードで野菜料理を制覇する令夫人&令嬢の姿が見られたらしい。


「わたくしも自分で試してみたのですが……、いかがですか? 旦那さま?」


 話し終えたカッサンドラさんが、総支配人さんに頬を向ける。


「……すべすべだね。気持ちが良くて、手を離すのが惜しいな」


 愛する旦那さまから褒められてとても嬉しそうに頬を緩めたカッサンドラさんは、


「現在お付き合いをいただいている貴族家や、今後懇意にしたいと考えている貴族家に対する折々のご挨拶や付け届けの費用を考えると、今回の費用はきっちりと利益が上がる分とってもお得なのよ? 長い目で見れば、宿で使わない分の野菜の販売額だけでもしっかりと元が取れる計算なんだもの」


 自分の頬を優しく撫でる総支配人さんの手を自分の手で包みながら、甘えるように、でも、自信を覗かせながら告げる。でも、


「今回の初期投資金だけでなく、野菜泥棒から畑を守る為に警備を雇う必要があるから、本当に時間がかかると思うんだけど……」


 小声で追加の見通しを告げることも忘れていない。


「旦那さまに教えていただいた、アリスさまの畑で採れる収穫物が本当にお話の通りの品質だったなら、平民たちとの差別化を図りたがる貴族家がこぞって高値を付けてくれるはず」


 と聞かされて、今後ネフ村でできる作物が❝王家御用達❞になる未来が目に浮かんだ。


 可愛い弟の治める領地で採れる高品質の野菜を、あの王さまが見逃すはずがないもんね? ネフ村の発展は案外すぐの話かもしれないな。


 でも! 私だってルベンさん達の作るおいしい野菜を手に入れたい! 


 どうやって王さまと戦うか。これが今後の課題かな?



ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] >どうやって王さまと戦うか。これが今後の課題かな?  出し渋れば渋るほど、多分税として税金じゃなくて特産品で物納せよって王命になる率が上がるだけっぽいですねー。  まあやったらやったで、手…
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