お引越し準備。の準備 8
隣室から上がった驚きの声に、急いで部屋へ戻ってみると、
「……ライム、どうして?」
総支配人さん夫妻の視線の先に、プルプルと揺れる乳白色のスライムがいた。
❝普通のスライム❞の擬態を解いたライムの本来の姿だ。人族にとって有益すぎる能力を持つ希少種の<リッチスライム>であることがバレるとライムの身に危険が及ぶから、今までずっと本来の姿を隠していたのに。
❝どうして?❞と問いかけた私に、
(だって、アリスはウソをつきたくないでしょ? それに、そーしはいにんにぼくのつくるひりょうをあげたいとおもってる)
ライムは無邪気に笑って答え、ハクはその隣で……、なんだろう? 仕方がない?って表情を浮かべて私を見ていた。
商業ギルドの職員さんを部屋から追い出したのはハクなので、当然無関係ってことはない。なにを考えているのかと視線で問うと、
(アリスは総支配人を気に入っているから、力になってあげたいと思っているにゃ? だけど、ライムの肥料は継続して使い続けないといけないから、断るしかないと悩んでた。それに、どうやって断るかも悩んでいたのにゃ。
どこか遠くで採って来たって嘘を言ったら、カッサンドラはその嘘の場所まで取りに行きそうだからにゃ~。
そんなことで悩むアリスを見たくなかったのにゃ)
遠回しに、❝本当のことを言っても良い❞と言ってくれる。その為に、ライムは擬態を解いたのだと。
この仔たちはいつでもそうだ。ただ無邪気に遊んでいると思っていたら、しっかりと私を観察し、私の気持ちを推し量り、最善は何かを考えてくれる。それが時に❝独断での暴走❞に繋がるんだけど、根底にあるのが私への気遣いなのだから怒れないし、しかれない………。
それに、
「この姿は……、幻の<リッチスライム>では!?」
「そうだね。以前に一度だけ見たことのある、❝か弱すぎる人族の友❞と同じ色だよ。ああ、だから狙われないように普段は擬態をしていたのか……」
「擬態!? リッチスライムに擬態能力があるなんて聞いたこともありませんわよ?」
「私も聞いたことがないが、それよりも、私たちの目の前で擬態を解いてくれたことの意味を考えないといけないね。私たちはこの信頼を裏切るわけにはいかないよ」
「……アリスさまのお持ちの肥料は、ライムちゃんのスキルによるものですのね? でしたら❝どこで採ってきたのか❞と言うわたくしの質問には答えられない……。
でも、わたくしたちの前で擬態を解いてくれたということは……、わたくし達に肥料を譲ってくれる為? その為に危険を承知で擬態を解いてくれたの!?
アリスさま! ライムちゃん! わたくしは決して! 決して口外致しませんわ!!」
「わたくしもです、アリスさま。あなた方主従からの信頼をわたくしは失いたくありません。決して口外しないことをお誓します。もちろん、肥料を譲っていただけなかったとしても、です」
と言ってくれる2人を、私も信用してるんだよね。
だから私はライムの独断の行動を怒れない。
怒る代わりに、久しぶりに見る優しいミルク色のライムを抱き上げ、
(ありがとうね! 絶対にライムのことは私が)
(僕もいるのにゃ!)
(うん! ライムのことは私たちが守るからね!)
感謝を伝え、改めて誓いを立てるだけ。そして、
「お察しの通り、私が扱う肥料はライムから譲ってもらったものです。
この肥料は、一度きりの使用で永久の品質を約束するものではありません。定期的に追加で補充をしないと同じ高品質の作物はできない、ということです。補充が必要になる期間は私も知りません」
ライムの作り出す肥料のことをしっかりと説明するだけだ。と言っても、私にもわからないことばかりだけど。でも、ライム自身もこれ以上のことはわからないようなので仕方がない。
その上で、
「ですが、出来上がる作物の品質の高さはお2人もご存じの通りなので、❝期間限定❞などの工夫をすれば、宿の宣伝に役立つこともあるでしょう」
売り込みをかけて、❝お断りする側❞から❝お断りされる側❞にシフトチェンジを図る。2人がこの件で心にしこりを残さないようにして、ライムの秘密を守る為の楔を打つためだ。
あとは、2人が諦めてくれるのを待つだけ。
と思っていたら!
「そうですね……。では、予定通りにミネルヴァ家の土地家屋を1億メレで購入させていただきます。それから、アリスさまのお手元にある肥料を3千万メレ分買い取らせてください。
追加の肥料については……、アリスさまがいらっしゃる所まで我が商会の者が買い付けに参ります。どんなに遠方でも構いません。ですので、アリスさまの居場所を商業ギルド経由でわかるようにだけしていただけますか?
あ、もちろん! 肥料はアリスさまが旅の途中で手に入れたもの、もしくは、アリスさまが独自の配合で作り出した物として扱わせていただきますので、ご安心くださいまし。決して、ライムちゃんのことは口外致しませんわ!」
何故だか普通に商談が始まってしまっていた。それも、どう考えても私たちに有利な条件で!
カッサンドラさんは総支配人さんの宿の為に、自分の商会を潰すつもりなのかな!?
ありがとうございました!




