お引越し準備。の準備 7 (人に歴史あり 2)
元々利口な子供だったカッサンドラさんが、年上の❝紳士な上にデキる男❞若かりし頃の総支配人さんを口説くために自分を磨きまくった結果、そこいらの貴族家の女性たちには負けない気品と、商業ギルド員にも一目置かれるほどの商売の腕を身に付けた。
海千山千の商会主と渡り合い、癖が強くプライドの塊のような貴族たちの無理難題もさらりとこなす美貌の凄腕商人。のはずなんだけど……、
「貴族としても優秀で家庭教師としても凄腕だった旦那さまは、畑違いの商いの道でもメキメキと腕を上げられて、あっという間に我が家の商会でも頭角を現しましたの。その為に、商会の跡取りであるわたくしの夫という立場ではなく、わたくしの夫として将来は商会主になるべきだと考える派閥ができるほどに有能だったのですわ。わたくしはそれでも良いと思ったのですが、旦那さまはそれは良くないとすぐさま商会から身を引いて……。
それでもわたくしの一助になれば、と始めてくださったのがこの宿ですの。
アリスさまもご存じの通り、旦那さまはとっても優しくて魅力的な男性なので、わたくしと結婚してからも数多の女性からのアプローチが絶えませんでした。でも旦那さまはわたくしを裏切るような行為はなさらず、誠実にわたくしだけを愛してくださいますの。
こんなに素晴らしい男性がわたくしの夫でいてくださるのですもの。何かお礼を、と思うのは女として当然の事でしょう? だから私は旦那さまの宿を、この国で1番の宿にするお手伝いをしたいのです。これがわたくしの、愛の示し方なのですわっ!」
嬉しそうにひたすら惚気てくれる姿にはその片鱗すら見当たらず、ただただ自分の旦那さまに一筋に思いを寄せる、可愛らしい女性でしかなかった。……愛情の示し方が少し豪快な気もするけどね。
「カッサンドラ、もう、その辺で止めておくれ。私はそんなに褒めてもらえるような男ではないよ。お客さまであるアリスさまに助けていただいてばかりの、ただの無能なじじぃだよ」
総支配人さんが困ったように彼女を止めるけど、
「まあ! わたくしの愛する旦那さまを無能呼ばわりするのはおやめくださいまし!
わたくしは、わたくしに何かがあっても旦那さまに商会をお任せできから、と安心しておりますのよ? それに旦那さまはいつだって若々しくておいでですわ!」
彼女は惚気(?)を止めるつもりはないようだ。
(なんとかは盲目ってやつかにゃ?)
呆れているようなハクの呟きに、内心で苦笑を返していると、
「それに昨夜あなたが言ったのですわよ? アリスさまに小細工は不要。誠意をもって接したら誠意を返してくださる方だからって! ……とても優しい目をしていらしたから、少しだけ妬けてしまいましたわ」
ほんの少しだけ拗ねたような声音で本音を漏らした。
……なるほど? 話の内容が❝凄腕商会主❞のイメージとかけ離れていると思っていたら、彼女は商人ではなく❝妻❞の立場で私を牽制していたらしいね。
ちょっとだけ、呆れを含んだ視線をカッサンドラさんに向けると彼女は少しだけバツの悪そうな表情を浮かべたけど、すぐに気を取り直した様子で、
「愚かな女だとお笑いになってどうかお許しくださいませ、アリスさま。
……肥料の件、ご検討いただけませんか?」
やっと話を戻してくれた。……これが私の平常心を奪う為の話法だったなら、ちょっと感心しちゃうね。
彼女の思いの深さに絆されて、「いいよ、肥料をどこで手に入れたのか教えてあげる」って言えたら簡単なんだけど、そうもいかないし……。
どうしたものかと迷っていると、
(アリス! 商業ギルドの職員をしばらく部屋から出すのにゃ!)
ハクが❝やれやれ❞とでも言いたげな表情で職員を顎で示す。
何をいきなり?と疑問に思う暇もなく、ハクがちっちゃなおでこで職員さんの足元をぐいぐいと押し始めたので、仕方なく疑問を後回しにして、職員さんにしばらくの間の退室……、コネクティングルームへの移動をお願いした。
何もないコネクティングルームにテーブルセットを取り出し、コーヒーの入ったポットとローストボアのサンドイッチを置いて職員さんにごめんなさいを言うと、
「やあやあ、何とも美味しそうなサンドイッチと香りの良いコーヒーだ! ありがたく頂戴いたしましょう!
……私は決まった話を契約として書面にするのが仕事なのでその間に行われる内緒話に興味を持つことはありません。どうぞ、ごゆっくり」
穏やかな微笑みを浮かべて椅子に深く座ってくれた。
親切な職員さんの時間を無駄にするのは申し訳ないので、早くハクに事情を聞かないと!と振り返った瞬間、
「おや……?」
「ええっ!?」
総支配人さん夫妻の驚きの声が聞こえてきた。
何!? ハクったら、何したの!?
ありがとうございました!




