お引越し準備。の準備 3
ベンチの前にテーブルを置き、キャベツたっぷりのオークカツサンドと焼き芋を取り出すと、
「アリスの料理は何を食っても最高だな!」
「ぷきゃ~♪(おいもだいすき~♪)」
イザックとライムが争うように手を伸ばしてくれた。
でも、なぜかハクは手を付けない。どうしたのかと聞くと、
(僕は卵のサンドイッチが食べたいのにゃ! 焼いた玉子にケチャップがた~っぷりのやつ!)
別のものをリクエストされる。
お肉大好き♪のハクがオークカツより卵を選ぶのを珍しく思ったけど、<ケチャップ>と聞いて納得した。
森での野営……、いや、あれは❝キャンプ❞だったね。キャンプ中に作ったケチャップは、ハクの最近のお気に入りの調味料なんだ。だから、サンドイッチの卵もゆで卵を潰してマヨネーズと塩コショウで和えたものではなく、ふんわりと焼いた厚焼き玉子。
3枚にカットした丸パンで、厚焼き玉子にケチャップをたっぷりと塗ったものと、少量の千切りキャベツにマヨネーズを掛けたものをそれぞれ挟んだものがハクのお気に入りだ。ケチャップとマヨネーズを混ぜた日本版オーロラソースではなく、それぞれを別々に!というのがこだわりポイントらしい。
ちっちゃなハクのちっちゃなお口で、パン3枚バージョンの分厚いサンドイッチをぺろりと平らげる姿はもう、イリュージョンにしか見えない。
キャベツと一緒に生ハムを挟もうかと提案したことがあったんだけど、「ケチャップの邪魔になるからいらないのにゃ! 生ハムは生ハムたっぷりと少しだけの玉ねぎのサンドイッチにして欲しいのにゃ♪」とのことだった。
うちの従魔もイザックも、みんなそれぞれに好みがはっきりしていて料理を出す側としては楽ちんだったりする。……このメニューが❝おやつ❞ということに少しの疑問はあるけどね~。
おやつを食べ終えた私たちは精力的に買い物に回った。ここで活躍したのはイザックだ。
さすがBランク冒険者のイザックは旅にも慣れていて、○○は絶対に人数分いるが△△は4~5人で回せばいい。□□は無くても困りはしないが持っておくとちょっとしたことに便利だ。といった風に随時アドバイスをくれるし、商人たちとの掛け合いの中❝値切り交渉❞や❝おまけ❞のおねだりをするのもお手の物だった。
値切り&おまけ交渉に参戦していたハクとライムは、イザックに「おまえらのおかげで予定よりも安くなったぞ! さすがだな」と褒められて鼻高々だけど、(予定よりも余ったお金であの店の肉串を買うのにゃ♪)なんて言って買い食いをする分、高くついているってわかっているのかな~?
……みんなが(イザック含む)ご機嫌で頬張る姿が可愛い(一部面白い)からいいんだけどね!
お買い物を済ませて宿に戻るとフロントスタッフさんから、
「お客さまがお待ちでございます」
と告げられる。
アポイントメントはなかったはずなので首を傾げると、
「商業ギルドの不動産部門の方です」
とのこと。
売りに出しているミネルヴァ邸の事かと思い会ってみると、思ったとおり、購入希望者との商談の場を整えたいとの申し出だった。
特に急ぎの予定はなかったのでいつでも良いと伝えると、
「では本日。アリスさまのお疲れが取れたらすぐにでも。アリスさまのご準備が整いましたら10分ほどでお邪魔させていただきます」
にこやかに、速やかなアポ取りが行われた。
10分で来るということは、相手方はすでに宿で待機中なのかもしれない。だったら待たせるのも悪いかと、すぐ来てもらって構わないと告げると、
「購入希望者さまはアリスさまのお疲れが取れるまでいつまででも待つとおっしゃっていますので、お気遣いなく。もしや、本日はもうお休みの予定でございましたか? では、明日でも結構でございますよ?」
反対に気を使わせてしまった。
だったらお言葉に甘えて、お茶を1杯飲み、簡単な身支度を整える為の時間を貰うことにする。準備が整ったら受付に伝言を残すことにして部屋に戻ると、
「ふっふっふ。高~く、高~く売るのにゃ~♪ でも、悪いヤツなら蹴り出すのにゃ!」
「ミネルヴァたちのたいせつなおうちだもんね! いいひとにかわれたいね~。ぼくもがんばる!」
私の可愛い従魔たちが、とってもヤル気になっていた。……人柄重視で購入目的が公序良俗に反するものでなければ、代金の方は27,000,000メレより1メレでも高ければそれでいいんだよ? もともと儲けを出すつもりで買った家じゃあないからね? なんて言っても聞いては貰えなさそうだった。
沸かしたお湯を茶葉に注いで立ち上る香りを楽しみ、ゆっくりと紅茶を1杯、ついでにトッローネで疲れを癒してから、さすがにお風呂には入れないので【クリーン】で気持ち分さっぱりしてから、受付までハクにお使いに行ってもらう。
部屋の扉がノックされたのは、ハクが戻って来てから10分後のことだった。
扉を開けて最初に入って来たのは商業ギルドの不動産担当職員さん。そして次に入ってきたのは、見事な赤い髪を黒いリボンで美しく結い上げ、光沢のあるグレーのドレスを上品に着こなしたちょっと年齢不詳な美しいご婦人と、その婦人の腰に手を添わせ、穏やかな笑みを浮かべながら優しくエスコートする……総支配人さん!?だった。
ありがとうございました!




