女性の涙。武器にならないことも当然あるよ?
「アリス~! みてみて! アニーがいっぱいとれたよ~♪」
「うわぁ! 本当にいっぱいあるね! ありがとう、ライム!」
せっかく森まで来たのだから、とついつい狩りに精を出してしまうので、今日はのんびりと森の中をお散歩する1日にしてみた。
今日のお約束はひとつだけ。なるべくみんなの姿が見える所にいること。みんなから離れる場合はみんなの声が聞こえる距離以上は離れないこと。これだけ。
なので散歩の途中に薬草の群生地を見つけたライムと私はお花摘み(花は咲いていないけど気分はお花摘み^^)、スレイとニールは少し離れた大きな木の根元で私たちを見守りながらゆったりとおしゃべりを楽しみ、ハクは私の肩の上でこの辺りに近づく魔物を警戒&遊撃しながら、微睡みを楽しんで(寝ながら警戒できるなんて器用だよね!)いる。
ライムの活躍でいっぱいとれた薬草の名前は<アニー>。
一見したところ、ニンジンの葉っぱにしか見えない草なんだけどね。【製薬】することで<虫除け>を作ることができるんだ。 液体状の薬を肌に直接塗ると蚊やヒルなどを近づけないし、経口摂取することで、蚊などが媒介する病を治療することができる。
肌に塗っても嫌な臭いはしないし、飲んでも苦みの少ない優れものなんだけど、難点は少量の薬を作るのに大量のアニーが必要になること。
でも私には【複製】がある。【複製】を使って大量にストックを作ったので、私の商品リストに加える予定だ。
ふふっ、お散歩中でも商売のことを忘れないなんて、私も一人前の商人っぽくなったと思わない? と微睡みから覚めたハクにドヤ顔で自慢したら、……なんだか生暖かい視線が返ってきた。……まだまだ精進が足りないようです。
森でのんびり過ごした時間はハクにとっても充実した時間になったようで、寝起きに私の頬や手をサリサリするような行動はなくなった。
ライムやスレイ、ニールもそれぞれに満足してくれたようなので、自分たちへのお土産(狩った魔物や採った薬草など)を山ほどインベントリに詰め込んで久しぶりに街に戻ってみると、
「アリスさん! 黙って街を出て行ってしまったのかと思ったわ!」
宿の中庭でお兄ちゃんと寛いでいた伯爵令嬢に、力いっぱいに抱きつかれた。人前でそんな行動を取るとお兄ちゃんに叱られちゃうよ?と思ったんだけど、ジェレミア君もなんとなく安堵したような表情で私たちを見守っている。
どうしたのかと思ったら、明日、宿を出てお家に帰るらしい。最後にきちんとお礼が言いたかったのだと泣きそうな表情で言われて、嬉しくなった。
初対面のあの時は、こんな風に言葉を交わす関係になるとは思ってもみなかったな。こんな出会いがあるから旅は楽しい。ほんの少し、寂しい思いもあるけどね? それでも、生きていればどこかでまた会うこともあるだろうとロザリアちゃんに微笑みかけると、
「我が領地に立ち寄ることがあれば是非とも当家にお寄りください。私たち家族の可愛い花が枯れることなく可憐に咲き続けていられるのはアリスさんのお陰です。両親に紹介させていただきたい」
優しくロザリアちゃんの肩を抱いたジェレミア君が微笑みを返してくれた。
……なぜかジェレミア君が丁寧な口調になっていることに気が付いたけど、突っ込まない方がいいのかな? 貴族の若さまらしい振る舞いだったジェレミア君にどんな心境の変化があったのか気にはなるけどね。社交辞令を真に受けても仕方がないので、さらっとスルーしておこうと思っていると、
「どうかこれを」
ジェレミア君が腰に差していた優美な短剣を私に差し出した。
伯爵家の家紋入りの短剣は、伯爵家の使用人に見せたらすぐに当主に話が通るとのこと。つまり、ただの社交辞令ではないようで……。
領地を訪れるかもわからないのに、そんな大事なものを預かるわけにはいかないと固辞したのだけど、「もう、会ってくれないの……?」と涙を溢してしまったロザリアちゃんには勝てなくて……。
お家を訪ねるかはその時になってみないとわからない。多分行けないと思うと伝えた上で、短剣だけは受け取ることになった。
扱いに困ったらモレーノお父さまに相談しよう。きっと、どこにも角の立たない良い方法を考えてくれるはずだ。
ロザリアちゃんとジェレミア君に簡単な別れの挨拶をすませ、宿泊の手続きの為にロビーに向かうと、
「ご主人さま! この方です」
「おお。そうか、そうか。お前はこの方に世話になったのだな? だったら主の私からも礼を言わねばな!」
見知らぬ男女に前を塞がれる。
見知らぬ、と思ったのは私だけのようで、ハクが(ああ、あの時の女なのにゃ~)と、以前宿に戻る途中に声を掛けてきた女性だと教えてくれた。
……目的地が同じだったから一緒に戻って来ただけだしね? わざわざ雇い主からお礼を言われるほどのことではない。「お気遣いなく」と伝えてそのまま横を通りすぎようとすると、
「そう、おっしゃらずに! お礼にこの宿のレストランでお食事をしませんか? もちろん私がご馳走させていただきますよ!」
雇い主の男性が私の腕を掴もうとする。のを、
「お客さま。他のお客さまのご迷惑になる行動はお慎みくださいますよう……」
宿の人が止めてくれた。
男性は、
「こちらの方にうちの使用人が世話になったのだ! 主として礼をするのが当然だろう?」
と言ってるけど別に当然のことではないと思うし、本当にお礼がしたいのなら、さっさと❝ありがとう❞の一言を言えば良い。なんとなく胡散臭いのでスルーしようとしていると、
「どうかお礼をさせてください! 私の為にも……」
女性が目に涙を浮かべて縋るように私を見つめる。
……いや、確かに女性の涙は苦手だけどね? さっきは確かにロザリアちゃんの涙に負けちゃったけどね?
ほとんど関わりのない人の涙に、そこまで心を動かされたりしないよ?
もう一度、「お気遣いなく」とだけ返して、私は部屋の鍵を受け取った。その時に、
「あの方たちは、アリスさまはこの宿に戻られるのか、戻られるのならそれはいつなのかと毎日私どもにお尋ねでした。どうぞご注意を」
フロントスタッフさんからこっそりと告げられた内容に私はびっくりする。
ただ同じ宿に一緒に戻って来ただけで、そこまで気にされたら……。正直面倒くさいよね?
さっき、私に女性の涙への免疫を付けてくれたロザリアちゃんに心の中でお礼を言いながら、私は2人を全力でスルーすることにした。
なんか、追いかけて来たそうなそぶりがあったけど、きっと気のせいだよね?
……あの時の女性の行動が、新手のアポ取りの方法だったと知ったのは、その後すぐのことだった。
……商人さん? 押し売りはお断りですよ?
本日もお読みいただき、ありがとうございました!




