自分で判断できないことは、相談しよう
「皆さんに相談があるんです。少し時間をもらえますか?」
テーブルの上から料理が無くなったので、ルベンさん親子が帰り支度を始める前に引き止めた。
「食べながらでは出来なかった話なんだね?」
やっぱり鋭いな…。 私がゆっくりと頷くのをみて、マルゴさんは「温かいお茶でも淹れよう」と言って席を立った。
気を利かせてくれたマルゴさんのおかげで、ハクとの約束もちゃんと果たせそうで、ありがたい。
「長くなるようだったら、先にルシアンに食事を届けて来るわ」
ルシィさんも腰を据えて話を聞こうとしてくれる。 でも、ルシィさんには家にいてもらった方が良いかもしれない。
「ルシアンさんは食事を持って帰ったら、すぐに食べ始めますか?」
「ええ。暖かい方が美味しいもの」
「じゃあ、食べ終わるまで一緒にいてもらっていいですか? お話はルベンさんとさせてもらいますので、食事が終わったら迎えに来て欲しいんです」
「……ルシアンに関係する話なの?」
「はい」
私が頷くと、ルシィさんは少しだけ考えて、
「今日は借りていくお皿も多いから、ルシアンが食べ終わったら返しに来るわ。少し遅くなっても良いかしら?」
自然にここへ戻ってくる方法も提案してくれた。
「大丈夫です。持てるようなら、明日の朝ごはんも一緒にどうですか?」
「フライパン?」
「フライパンです♪」
「嬉しい! 貰っていくわ♪ もちろん、一緒に返しに来るわね!」
「待ってます」
色々と気になるだろうに、ルシィさんはそれ以上のことは聞かずに家に帰って行った。
インベントリから今日貰ったばかりのはちみつと木製のスプーンを出して、クリーンを掛けてからマルゴさんを待つ。
ルベンさんも話の内容が気になるだろうに、何も言わずに静かにマルゴさんを待っていた。
「待たせたね」
言いながら紅茶の入ったカップをテーブルに置いてくれるので、上から蜂蜜を入れていく。
「お2人も甘いものは大丈夫ですよね?」
「ああ」
「嬉しいねぇ」
2人の分にもたっぷり入れて、私のスプーンを添えて渡した。 スプーンの大きさがカップと合っていないけど、見ない振りをする。
(アリス、僕とライムの分はもっといっぱいにゃ!)
(適量ってのがあるんだよ。飲んでおいしくなかったら、はちみつを足そうね)
皆の分を入れ終わったので、テーブルの真ん中に蜂蜜のビンを置いて、自分のカップを手にする。
「ああ、美味しいねぇ」
「贅沢だな…」
「おいしいです」
(ライムもおいしいって言ってるにゃ!)
(ハクは?)
(おいしいにゃ~♪)
従魔たちが満足したことに安心して、しばらく静かに紅茶を堪能した。
「アリスさん、俺の息子がどうかしたか?」
私のカップが空になるのを待って、ルベンさんもカップを中身を飲み干した。
「…今日、私の回復スキルのレベルが上がって、【リカバー】を使える様になりました」
「リカバーを!?」
「本当かい!? 正規の治癒士でも、使える人間は少ないスキルだよ?」
「本当です」
私が【リカバー】を使える。 そう言うだけで、二人には“ピン”と来たらしい。
「……ルシアンの治療をやり直してくれるつもりか?」
「……迷っています。 正規の治癒士でも治せなかったものが、私に治せるのか。
ルシアンさんに期待だけさせて、余計に傷つける結果にならないか」
「それでも、ルシアンを治療してみようと思った根拠はなんだい?」
根拠は、私の【診断】スキル。 もしかしたら、治せなかった原因が分かるかもしれないから。 でも、診断スキルの事を軽々しく話すことは躊躇われる。
迷っている間も2人は急かせることなく、私の返事を静かに待ってくれていた。
(診断スキルの事、話してもいい?)
(アリスの好きにするにゃ。ついでに魔力量が多いことも言っておくといいにゃ)
(魔力量のことも?)
(同じ魔法でも、経験と魔力量で効き目が違うにゃ)
(経験不足は魔力でごり押しできる?)
(もう、ごり押ししてたにゃ! ヒールの重ね掛けをあれだけできるのは、アリスの強みにゃ!)
ハクのお陰で、リカバー成功の可能性が1つ増えた。
「根拠は2つ。
1つは、正規の治癒士もあまり持っていないだろうスキルを、私が持っていること。
もう1つは、私の魔力量です」
「アリスさんの魔力量は確かに多いねぇ。クリーン1つを取っても効果が違う。
治癒士も持っていないスキルとはどんなものだい?」
なんて言っていいのか…。
「【鑑定】スキルなんですが、“治す”ことを意識して鑑定すると、その人の症状がわかります」
「雑貨屋が血を吐くってわかったアレのことかい?」
「アレは【鑑定】スキルだったのか」
「はい。もしかしたら、治療法がわかるかもしれません」
わかるかも。本職ができなかったことを私にできる保証はどこにもない。
ルベンさんは感情を押さえ込むようにこぶしを握り締めて言った。
「それでも、治せないと思うのはなぜだ?」
「“経験”です。 私には治癒の経験がほとんどありませんし、リカバーも覚えたばかりで1度も使ったことがないんです」
簡単に「治せる」なんて言えない。片足が動かせなくても日々をきちんと生きている人に、これ以上辛い思いをさせたくない。
でも、希望がないわけでもなくて……。 私には判断ができない。
二人は口を噤んだ私を見て、これ以上私から話せることはないとわかったらしい。二人で話し始めた。
「ルシアンは今、どんな状態なんだい?」
「落ち着いている。 思うように動けない苛立ちを抑えて、穏やかに生活している」
「でも、ここに食事に来ることはない」
「ああ。奴らの顔を見たくないんだろう」
「そりゃあ、仕方がないよ。アタシだって、同じ気持ちさ」
「……治してやりたい」
「ああ、治してやりたいねぇ。 でも、もし、治せなかったら、ルシアンはどうなるんだ…」
「……俺がいる。 ルシィだっている。
もしあいつが荒れても、落ち着くまで、どんなに長い時間だって付き合うさ」
「そうかい…。 だったらその時は、アタシたち家族も力になるよ」
「頼りにするぞ?」
「ああ。しておくれ。きっちり付き合ってやる」
……方向は、決まったらしい。
「どんな対価だって払わせてもらう。 治らなくても、恨んだりしないことを誓う。
だから、ルシアンを治療してやってくれ!」
「時間さえもらえるなら、白金貨だって積んでみせる。ルシアンを治してやっておくれ!」
うん。 この2人ならどんな対価を言ったって、笑って払ってくれるだろう。
(ぼったくるにゃ?)
(どうする? マルゴさんはお金持ちだよ?)
(……マルゴはいいヤツにゃ)
(うん。いい人だね)
(ルベンもルシィもいいヤツにゃ)
(うん。いい人達だね)
(……アリスの思う対価でいいにゃ。僕もライムも文句は言わないにゃ)
(うん!)
2匹も、とってもいい仔たちだ!
「わかりました。全力で頑張ります。 対価は…、
何かお勧めはありますか?」
「俺にはアリスさんの基準がわからん。命以外、好きなものを好きなだけ持って行ってくれ」
「わかりました。お家と畑を見てから決めます」
私が“畑”と言うと、ルベンさんが困ったような顔をする。
「……野菜じゃなくて良い。時間をくれたらどんな大金だって揃えてみせる」
「野菜はだめですか?」
「……俺たち平民は野菜を食うが、王侯貴族は基本が肉食だと聞いている。肉と魚は食うが、野菜は動物の餌だと思っていると」
「……私は平民ですよ?」
「ああ、そうだったねぇ。 アリスさんは普通に野菜を食べていたが、本来貴族は食べないと聞いてるよ」
「そうなんですか? それは不健康ですね」
「不健康…? 肉を食べるのにかい?」
「ええ。ついでなんで、お話しておきましょうか。
ルシィさんも一緒にどうぞ?」
声を掛けたら、“ゴンッ”という硬い音がした後に、ルシィさんが入ってきた。
「戻ってたのか?」
「うん、なんだか声を掛けづらくて…」
(アリスも気付いていたのにゃ?)
(うん、【マップ】と【魔力感知】でね)
(えらいにゃ!)
ふふっ♪ 保護者に褒められた^^
「まあ、そうだろうねぇ。 茶を入れるかい?」
「ううん。話の続きが聞きたい」
ルシィさんは椅子に座って私を見た。 せめてりんご水でも出しておこう。
「野菜の話でしたね。
野菜は体調を整えるのに、必要な栄養がいっぱい入っているんです。 極端な言い方をすると、『肉と魚で体を作り、野菜で体を整える』感じですね。野菜に含まれる栄養が足りないと病気になりやすくなります。 あと、マルゴさんとルシィさんは良く覚えておいてください。
『野菜と果物を食べないと、美しい肌が保てません』!」
「「!!」」
力強く言うと、二人は“カッ”っと目を見開き、食い入るように私を見つめた。
「信じるかどうかはお二人の自由です」
そう伝えると、二人はゆっくりと頷く。
「信じるさ。アリスさんの言うことだ。何よりあんたが言うと、説得力がある」
「私も信じるわ。今飲んでるりんご水だって、果物から出来てるんだもんね。アリスさんの肌はこうやって作っていたのね!」
女性陣の盛り上がりについて来れないルベンさんと従魔2匹は、テーブルの隅でひと塊になっていた。
私の肌はビジューが作ったけど、これからは野菜と果物のビタミンパワーで維持するから、嘘は吐いていない!
ありがとうございました!




