治癒士ギルド 静かな戦い 3
2度寝するには微妙な時間だったので、宿に販売する分のお水を補充しておこうと思ってキッチンに移動すると、
「おまえの所にも来たのか……」
「はい。アリスさまを裏庭に連れ出すだけで50万メレ貰えるそうです。ただし断るなら、今後俺たち家族の治療は受け付けないと」
「……俺にその話をするってことは、その話は」
「とっくに断わりましたよ」
「いいのか? 確かおまえの子供は治癒士でないと…、っ!? アリスさま!!」
「!?」
……料理長たちの会話が聞こえてしまった。まだ早い時間なので自分たち以外は来ないと油断していたらしい。
(何か困ったことが起きているようなのにゃ)
(アリスのなまえがでてたね~)
あまり詳しくは聞けなかったが、ハクやライムが心配しているとおり何か困ったことになっているらしい……。私のせいで。
続きを話してくれることを待ってみたのだけど、彼らはすぐに笑顔を取り繕うと私がこんな時間に調理場間に足を運んだ理由を察して水瓶置き場に移動しようとする。
私に心配を掛けないようにとの気遣いだとわかるけど、ダメだ。このままうやむやにしていい話じゃない。
「お客さまにお聞かせするような話ではない」と拒む二人を無理やり椅子に座らせ「話してくれないならお水の販売を終了する」と脅…、説得して、
・料理人さんの幼い息子さんが病気であること。
・息子さんの病気は薬で治せるものなのだけど、薬が苦すぎるせいで幼い息子さんが飲み込めずに吐き出してしまうこと。
・薬が飲めないとどんどん衰弱してしまうので、定期的に治癒士の治療を受けていること。
を聞き出した。
そんな状況で治癒士ギルドに治療を断られたら息子さんの命に関わるのに、料理人さんはすでに治癒士ギルドに断りを入れてしまったと言う……。いや、まだ間に合うはずだ!
「だったら今からギルドに連絡を取って、私を裏庭に連れ出すと言」
「ダメです! それはできません!!」
治癒士ギルドの言う通りに私を裏庭に連れ出せばいいと言おうとすると、料理人さんは迷いもなくきっぱりと断った。
「妻とも何度も話し合って決めたことです。どうかもうお気になさらず」と言われても、大切な息子さんの命に関わることだ。「はい、そうですか」と引くことなどできるはずもなく、なんとか説得しようとすると、
「今、治癒士どもの言いなりになったとしても結末は同じです。ただ、私たちの後悔が深くなるだけ。これで良いのです」
とすでに諦めきったような表情で説明してくれる。
今、治癒士ギルドの言う通りに私を誘拐する手引きをしたとしても、得るのは50万メレとしばらくは治療を拒まないという口約束だけ。代わりに失う物は、今まで培ってきた信用と良心と職場。あまりにも代償が大きすぎる、と。
「俺……、私がアリスさまの誘拐の手引きをしたとして……。バレるとまず私が捕まりますよね? 運よく捕まらなかったとしても、この宿からは当然解雇されます。お客さまの誘拐に関わっていた料理人なんて、その後の働き口に困ることは目に見えていますし、どちらにしても我が家の収入は厳しくなる。
……金のない人間を、あのギルドが相手にすると思いますか?」
私も垣間見た、噂通りの治癒士ギルドならきっと治療代を払えない人の治療はしないと思う。自分たちで追い詰めた人の家族が後日どんな目に遭おうと、我関せずの態度を貫きそうだ。
それがわかっているからこそ、料理人さんは愛しい我が子の治療を諦めるしかなかったのだろう……。
うん、そういう事情なら料理人さんの決断は仕方がないことだ。理に適っている。
でもね?
私が原因で私の身の回りの人たちがそんな理不尽な目に遭うのは、許せることじゃあ、ないんだよ?
可愛いハクとライムが私と目が合うと頷きを返してくれるので、安心して料理人さんにお願いをする。
「私を息子さんに合わせて
」
私に【治癒スキル】があるとわかっているのに、「こんなことがあったから、俺の息子を代わりに治療しろ」とは言わなかった料理人さんは、私の事情に巻き込まれての決断だったのに私に責任を取らせようとはしなかったし、私のせいで理不尽な目に遭っているのに、私を気遣って真相を話そうとしなかった。
でも、事情を知ってしまったからには遠慮はいらないよね?
私が責任を取らせてもらおうと思いすぐにでも息子さんに会わせて欲しいと伝えると、料理人さんが返事をするよりも早く、料理長さんが料理人さんをキッチンから追い出した。
「アリスさま、どうぞよろしくお願いいたします」
彼の上司として深く頭を下げる料理長に、
「任せて!」
ウインクをしながら告げてキッチンを出たんだけど、
「私が急に職場放棄をしたら、スタッフとお客さまの両方にご迷惑が掛かります。せめて朝食の支度が済んでから」
ドアの向こうにいた料理人さんに言われてすぐさまキッチンに戻ることになる。
締まらないなぁ……。
ありがとうございました!




