お届け物に来ただけなんですが…… 1
昨日ミネルヴァ家で収穫されたおいしい野菜。せっかくだから畑作りを手伝ってくれた衛兵さんたちに❝お礼❞として食べてもらおう。
そう思って早朝、まだ空が明るくなりかけた時間にお邪魔した詰め所の調理場では、
「キャベツ……、洗ってちぎるだけで良いよな!? ちょっと苦いけど」
「ああ。芋も茹でるだけでいいよな? 皮ごと茹でたら楽だし」
「いい、いい。ボアも塩を振って焼くだけでいいよな? 硬いけど干し肉よりは柔らかいし」
「いいぞ~。スープも面倒だから水、いや、湯で良いよな?」
「「「いや、それはダメだろ!」」」
衛兵さんたちが朝ごはんの支度(?)の真っ最中だった。
(これは、料理なのにゃ……?)
(ぼく、ありすのじゅうまでほんとうによかった……)
……ハクやライムの感想について、何のフォローも浮かばないほどに手を抜いているようだけど、一応は料理の最中だ。出来るだけ邪魔をしないように、そっと近くにいた人に声を掛けると、
「おっ? おお! どうしたんだ、何かあったのか!? 応接室でゆっくりと、詳しく、丁寧に話を聞くから、一緒に向こうの部屋に」
「おい、まて! お嬢さんのお話は、俺が誠心誠意、」
「それは1年先輩になる俺の仕事だ! おまえたちは飯の支度を」
「だったらそれはおまえよりも1年先輩の俺の仕事だよな! さあ、お嬢さん。応接へ案内します」
……料理から逃げたがっていた衛兵さんたちがこぞって調理場から飛び出して来た。
私はお礼の野菜を持って来ただけだから、調理場で話を聞いてくれた方がありがたいんだけどな。
簡単に用件を伝えてみても、
「わざわざお礼を言いに来てくれたお嬢さんを、こんな所で立ちっぱなしになんてさせられない! さあ、一緒に応接へ」
持ち場を離れる口実を易々と逃がす気はないようだ。でもその目論見は、
「そうだな。せっかく詰め所までお礼を言いに来てくれたお嬢さんだ。お前たちがお相手するよりも、俺がお相手する方がいいだろう?」
眠そうな目を擦りながら現れた隊長さんの登場で簡単に潰された。
「おはようございます。隊長さん! 朝早くに押しかけてしまってごめんなさい」
「詰め所は24時間営業だから構わないよ。ああ、そうだ。この間は美味い握り飯をありがとう! 本当に美味かった」
にこやかにお礼を言ってくれる隊長さんは、今朝も食べ物を求めて調理場に来たようだ。迷いなく調理場の隅に置いてある籠の蓋を開けると、中からパンを取り出してぱくりと噛り付く。
……嬉しそうでも美味しそうでもない顔を見ていると、本当に❝お仕事❞として食物を摂取しているのがわかる。なんだか気の毒になって、ついついインベントリを開いておむすびを取り出して隊長さんに差し出してしまった。
昨日の残りらしい硬いパンをそのまま食べるよりも、炊き立てご飯で握った具入りのおむすびの方がおいしいと思うから。
びっくり顔で私とおむすびの乗ったお皿を見ている隊長さんだったけど、ハクとライムが楽しそうに隊長さんの肩に飛び乗り私に向かって手招きをすると、相好を崩しておむすびに手を伸ばしてくれた。
……両手に持ったおむすびをハクとライムに食べさせようとしてくれる隊長さんに好感度は上がる一方だけどね? まずは自分が食べようよ!
嬉しそうにおむすび1つ食べ終わったハクとライムが、今度は隊長さんの番だよ!と言うようにもう一度私を手招きしたので、ついついお皿からおむすびを1つ取って、隊長さんの口元に運んでしまった。
びっくりしたように目を丸くした隊長さんだったけど、ハクとライムが可愛い鳴き声を上げながら隊長さんの口元をちょいちょいと触ると、面映ゆそうな顔でおむすびに齧りついた。一口だけだけどね? おむすびを受け取って一口食べるたびに嬉しそうに顔をほころばせてくれるので、ハクとライムはとっても満足げだ。もちろん、私もね♪
「隊長! そのお嬢さんが噂の握り飯のお嬢さんですか!?」
「食べたヤツらが自慢しまくっていた握り飯のお嬢さんなんですね?」
「隊長! お親しいのですか? お親しいのですね!? 是非、お嬢さんに俺たちの朝ごはんを!!」
口を開けて様子を見ていた衛兵さんたちがハッと何かに気がついたように一斉に隊長さんに詰め寄ると、朝ごはんの調理を私に頼んで欲しいと懇願し始めた。
話を聞くと、今日はいつもごはんを作りに来てくれるご近所の奥さまたちが、腹痛(どうやら奥さまたちが❝女子会❞で食べていたお菓子が傷んでいたらしい)の為に休みを取ってしまったので、今日は衛兵さんたちの中でも若手、その中でくじで負けた人たちがごはんを作ることになったらしい。
気の毒だとは思うんだけどね? 私はお野菜を届けに来ただけなんだよ? そんな縋るように見つめられても、私にも予定というものが………。
さっさと野菜を渡して撤退しようと思ったんだけどね。……あまりにも悲愴な表情を浮かべた衛兵さんたちが廊下の向こうからこちらを窺っているのが見えたので、諦めた。
こちらの詰め所に皆さんには、いつもミネルヴァ家がお世話になっているようだしね。ミネルヴァ家の雇用主としてのご挨拶がてら、朝ごはんだけ、お作りしましょう!
ありがとうございました!




