名声アップも楽じゃない 1
「あいにくと本日のお席はご予約で塞がっておりまして……」
「そこを何とか! ご主人さまが大切なお客さまをお連れしたいと仰せなのです!」
「申し訳ございませんが、10日先までご予約で埋まっております」
「10日先まで!? 昨夜は常に空いている席があったと聞いていますが?」
「はい。ご宿泊のお客さまの為のお席を確保しておりますので」
「………では、宿泊予約をお願いします」
「……ご宿泊のご予約は、ひと月からしか承れませんがよろしいでしょうか?」
「ひ、ひと月先!? そんな……」
宿に戻ると、フロントで嘆いている男性が目に入った。主の代わりに予約を取りに来たのに、予約がとれなかったらしい。……電話がないってこんなときに不便だよね。
私の時はあっさりと部屋を確保できたけど、今は予約でいっぱいのようだ。繁忙期なのかな?
気の毒だな、と思いながら部屋の鍵を貰いにフロントスタッフさんに声を掛けると、
「お、お嬢さん! その部屋を一晩私の主に譲ってもらえませんか!? もちろん、代わりの宿はこちらでご用意しますので!」
フロントスタッフさんが部屋の鍵を取り出す前に男性がすごい勢いで私に近づいてきて、肩を掴まんばかりの距離で❝部屋を譲れ❞と口にする。
ここで❝部屋を譲れ❞と言われるのはこれで2度目だ。一度目は❝部屋を交換❞だったけど、今度は❝宿を代われ❞か……。代わるつもりはないんだけどね?
……さっきまでは申し訳なさそうな表情をしていたフロントスタッフさんのこめかみに、一瞬だけど怒りマークが浮かび、
「当方のお客さまにご迷惑をおかけするのはお控えください!」
ベルパーソンさんがすごい勢いの早歩きで近づいて来て、男性から私を庇うように間に入ってくれる。
気の毒だとは思うんだけど、私もこの宿を出て行ったら街の外での野営コースが待っているので譲れない。お風呂のある宿で、ハクとライム、私が泊まっても良いと思ったのはこの宿だけだからね。
すかさず鍵を渡してくれたフロントスタッフさんに微笑みを返して、さっさと自分の部屋に避難した。
ゆっくりとお風呂を楽しみ、今夜のごはんは何が良いかと相談していると、総支配人さんが料理長さんを連れてやって来た。
私がフロントでお客さんに絡まれたことを謝ってくれながら、果物が入ったバスケットをお詫びだと言って差し出してくれるのでハクとライムは大喜びだ。別に宿側の責任ではないので謝罪もお詫びの品も不要なんだけど……。喜ぶ2匹を前に「いらない」とは言い辛いな……。
2匹には視線を向けずに、やんわりと宿の責任ではないと伝えても2人とも下げた頭を上げてくれない。仕方がないので、
「おいしそうな果物! いただいて良いの?」
と弾んだ声を出すと、やっと2人が頭をあげてくれた。
謝ってもらうことはないし、果物のお礼にお茶を振舞うことにする。今日買ったばかりの茶葉を試してみたい気持ちもあったしね!
お茶を淹れながらインベントリリストからお菓子探す。 ごはん前だから軽い物でいいかな?と思ったんだけど、ハクのお腹が可愛い音を立てて食べ物を催促するので、ミルクプリンにしておいた。
私はストレートでハクとライムにはミルクと砂糖をたっぷり! 総支配人さんと料理長さんの前にはお砂糖とミルクを置いておく。各自の好みでご自由に!
……うん、やっぱりおいしい♪ お店で散々悩んだ甲斐があり、自分で淹れてもとってもおいしい茶葉に満足の吐息をついていると、
「アリスさまと皆さまのお力添えのお陰で、宿の名声が高まりました」
おいしそうに紅茶を飲み干した2人が深く頭を下げた。
私が卸しているお水は、それだけの為に宿に泊まる価値があると言われていて、ラファエルさんから受け取ったレシピ集を参考にした新メニューは、同業者が偵察に来るほどに評判だと言う。
そのため宿泊・レストラン共に予約がいっぱいになり、さっきフロントで会った男性のように、主人の指示で予約を取りにきた家人が予約を取れずに困った事態になっているそうだ。
本当にその料理が食べたいなら、1週間くらい待っても良いんじゃないかな?と思うんだけどね?
お金持ちさんたちは、人よりも早く❝話題の宿❞に泊まり❝話題の料理❞を食べることがステイタスだからと無理を言って来るらしい。
もちろん宿がそんな無理を聞くわけがないので、家人のターゲットが宿泊客である私に向いたのはまあ、仕方のないことだと思う。
だから、
「先ほどのお客さまの一族とその主筋のご一家は、出入り禁止といたしました」
と言われると、慌ててしまうんだよね。私には何の被害もなかったのだから許してあげたら?とは思うものの、「これも宿にお泊りくださっているお客さまをお守りする為」と言い切る総支配人さんには何も言えなくなってしまって……。
今までこの騒ぎに気がつかなかった自分に呆れながら、今後の対策などについて聞いてみることにした。
ありがとうございました!




