お仕事 5
問題となっていたのはヴァレンテ君の❝言葉遣い❞だった。
男の子としてごく普通の話し方だと思うんだけどね? 何がいけなかったのかと考えていると、
「Dランク以下の冒険者が依頼人にあのような話し方をしていたら、その依頼人は次からその冒険者を雇わないわね」
ディアーナが苦笑を交えながら教えてくれる。マッシモも深く頷いているから、冒険者としての常識なのかもしれない。
仕事を依頼する側と依頼を受ける側。基本は対等な関係なのだけど、依頼をする側(お金を払う側)が選択の権利を持つケースの方が多い。
つまり、依頼人に対して偉そうに物を言う、横柄に振舞う冒険者に仕事を依頼したがる人はそう多くない。実力が同じなら当然、礼儀正しい方を選ぶのが人情だ。
「依頼人に向かって仕事を❝受けてやる❞なんて言って世間に許されるのは、Sランクの冒険者だけよ。 後はまあ、冒険者がランクに合わない安い仕事を引き受ける時くらいね」
ディアーナの説明に続いてミネルヴァさんも、
「この家の子供たちにとって世間は優しいものではありません。 だから❝処世❞の術の1つとして❝丁寧な❞話し方を教えているのですが……」
孤児院の子供たちの実情を教えてくれる。決して卑屈になる必要はないけれど、相手を不愉快にさせない為の礼儀正しさは武器の1つになるから、と。
(ヴァレンテの兄弟子たちはアリスを見て、すぐさま丁寧な口調に切り替えていたのにゃ)
いつの間にか戻って来ていたハクに言われて思い出して見れば、ヴァレンテ君は兄弟子たちに対しても今の話し方のままだった。兄弟子に対するというより、対等な相手に対してのもの。
その時は、ヴァレンテ君が彼らに対して自分の権利を主張する為に当然のものだと思っていたけど‥‥‥。
もしもあれが普段からのものだったのなら?
兄弟子としては面白くないだろう。方法としては良くないが、立場を判らせる為にと意地悪な行動をとってしまったのかもしれない。もちろん、弟弟子の作品を盗んで自分たちのお小遣いにすることは許してはいけないんだけど!
視点がほんの少し変わるだけで、物事の捉え方が変わって来る。
親方さんが兄弟子たちを❝集中して教育❞する為にヴァレンテ君に休暇を出した意味すらも、見方を変えれば、腕のいい弟弟子に見下されないように兄弟子たちのスキルアップを図り、弟子たちの関係を改善させるためのもの。休暇=不和の火種を作ったヴァレンテ君への罰の一種だと捉えることができてしまう。
『仕事を受けてやる』。ヴァレンテ君がそう言った時は何も感じなかったけど、文字にして見てみれば、随分と偉そうな言い方だ。
あれを当然の物として、幼い弟妹たちが真似をしてしまったら‥‥‥?
自分たちがお風呂に行っていた短時間の間に5,000メレを稼いだと知った時の子供たちの憧れの眼差しを思い出すと、彼らがヴァレンテ君の真似をしたがる姿は容易に想像できる。
ミネルヴァさんやべニアミーナちゃんの表情が曇った理由がわかり、「私は気にしていないから」なんて軽々しく言えなくなった。
この世界は子供にとっても厳しい世界だ‥‥‥。
❝この世界は子供にとっても厳しい❞と思っていた私だけど、自分の育った世界だって同じだと思い至った。
日本で生きていた時に、道に迷っていた7~8歳くらいの子が「○○にはどう行けばいいですか?」と聞いてきたことがある。こんなに幼いのに一人で迷子なの? 親御さんはどこ!?と思ったのと同時に「最近の子はしっかりしてるなぁ」と感心したものだ。
どうしてヴァレンテ君が別室に連れていかれたのかが理解できた頃、食堂のドアが開き、べニアミーナちゃんとヴァレンテ君が戻って来た。どこかバツの悪そうな表情のヴァレンテ君だけど、決して卑屈な表情ではないので安心して、
「おかえり。【クリーン】」
お風呂に行かせずお仕事を頑張ってもらったヴァレンテ君に【クリーン】を掛ける。少しはさっぱりしたかな?
「クリーン魔法、すげぇ‥‥‥」
ポツリとこぼれた呟きで、彼が【クリーン】を気に入ったことがわかり安心する。
仕事の説明が済んだら、ゆっくりとお風呂に行ってもらっていいからね?
ヴァレンテ君が早くお風呂に行けるように! さっさと仕事の説明を始めることにする。
<組紐>の組み方は言葉にするよりも一緒に実践する方がわかりやすい。
1人1人に円盤と刺繍糸(もちろん、お手頃価格の方)を渡して、まずは円盤に糸を掛ける所から。糸を掛ける場所だけ指定するけど、掛ける糸の組み合わせは子供たちに任せた。
もちろん子供たちだけでなくミネルヴァさんにも覚えてもらう。ディアーナやルシアンさん、マッシモには子供たちがふざけて怪我などをしないように見守ってもらう係をお願いする。
注意点は二つだけ。
糸を掛ける場所と順番を守ることと、飽きてしまっても雑に作業を行わないこと。力の掛け方を均等にしてくれないと綺麗な模様にならないからね。
見守り隊の3人にハクとライムと私を加えて、子供たちの様子をゆっくりと観察する。
この作業が得意な子はもちろん、どうしたってこの作業に向かない子もきっといる。
この作業に向かない子、好きになれそうにない子には他の仕事を考えているからね。まずは1本組み上げてからだけど!
ありがとうございました!




