お仕事 4
食堂に入ると子供たちが興味津々の目で円盤を見ていた。
「こらっ、これはここに置いてあるだけで私たちの物ではないの! 勝手に触っちゃだめよ!!」
子供たちが円盤を見ているだけで済んでいるのは、年長の少女のお陰のようだ。
確か❝べニアミーナちゃん❞だったかな? 彼女はGランクの冒険者として家を留守にしがちだけれど、子供たちからはちゃんと信頼をされているようだ。彼女に叱られて、円盤に手を伸ばしていた男の子が慌てて手を引っ込める。
「アリスちゃん! これなあに?」
「これはみんなが使うお仕事の道具だよ。でも、準備ができているかがわからないからまだ触らないでね?」
私たちが部屋に入ったことに気がついた幼い子が好奇心いっぱいの顔で円盤を指差して質問をするけど、作業をしていたヴァレンテ君がこの場にいないので手に取らせるわけにはいかない。 もしも棘なんかが刺さって痛い思いをしたら可哀そうだからね。でも、
「もう、全部磨き終わってるよ」
ディアーナが買って来てくれた服に着替えたヴァレンテ君が嬉しそうに駈け込んで来た。服を摘んで、
「へへっ。アリスさん、みんなに服を買ってくれてありがとうなっ!! 見てくれるか?」
お礼を言いながら円盤を1つ私に渡してくれる。 ……うん、どこにもささくれはないし、角もキッチリと取れている。これなら小さい子が触っても安全だ。
彼に仕事に満足して、約束の5,000メレを手渡すと、
「毎度ありっ! 元々が綺麗な断面だったから簡単な仕事だったぞ」
自慢気に笑いながら、お金をそのままべニアミーナちゃんに手渡した。
お金を直接ミネルヴァさんに渡さないんだ?
なんとなく様子を見ていると、お金を受け取ったべニアミーナちゃんは食堂の隅に置いてあった紙(家計簿のようだ)に今日の日付とヴァレンテ君の名前・金額を記してから、そのお金をミネルヴァさんに手渡した。
この家では子供たち稼ぎの明細をオープンにしているようで、小さい子たちが、
「兄ちゃん、すげーっ!」
「1日で5,000メレも! すご~い!」
その明細を見てヴァレンテ君に憧れの目を向ける。 誇らしそうに笑うヴァレンテ君は、
「おまえたちも大きくなれば稼げるようになるからな! その為にも勉強を頑張るんだぞっ!」
幼い弟妹を励ますように肩を叩いた。
このための明細の公開なのかな? 幼い弟妹に憧れの目で見てもらう為に、お兄ちゃん&お姉ちゃんはより一層頑張るんだね!
変わったシステムだけど、この家では良いように機能しているようなので私は何も言わない。他人の私が口出しすることじゃないからね。 あの家計簿にみんながたくさんの収入を書き込めるように、精いっぱいのサポートをするだけだ。
「ありがとう、ヴァレンテ」
ミネルヴァさんに感謝の言葉を貰い、ピカピカの笑顔で笑うヴァレンテ君はとても嬉しそうだ。
でも、
「アリスさん、こんな仕事なら俺、いくらでも受けてやるからな! いつでも言ってくれよっ」
胸を張って言ったこの一言が、
「ヴァレンテ? さっきから気になっていたんだけど……。あんた工房の親方さんにもそんな口を利いているの?」
「え……?」
べニアミーナちゃんの何かに引っかかったようだ。よく見れば、ミネルヴァさんも何かを言いたげな顔でヴァレンテ君を見ている。
「アリスさん、すみませんが少しだけ時間をください。 お母さん、今回は私が……」
これからするお仕事の話は大切な話だけど、別段急いでしなくてはいけないことではないので多少遅くなっても構わない。べニアミーナちゃんに了承の頷きを返すと彼女は私に丁寧に一礼してから、さっきまでの誇らしそうな表情を一転させて、今にも逃げだしそうな情けない表情をしているヴァレンテ君の耳たぶを引っ張って食堂を出て行った。
(……面白そうにゃ♪ ちょっと様子を見てくるのにゃ!)
ハクが楽しそうに彼女たちの後を追って食堂を出て行ったけど、私は戸惑いを隠せない。
何があったのかと考えても答えの出ない私に、
「私の躾が行き届かずにお恥ずかしい事です」
ミネルヴァさんが頭を下げてくれる。
………なにが起こっているのかわからない私を置いてディアーナとマッシモ、ライムが頷いているのを見て、私はますます困惑を強くしてしまった。
ありがとうございました!




