地球と似ていても、日本とは似ていない
「そうねぇ、『ビジュー』は…」
ビジューの話をまとめると、
・『ビジュー』と『地球』は動植物相が似ている。 でも、『ビジュー』には魔物と呼ばれる生物が生息している。
・科学の代わりに魔法が発達した、剣と魔法の世界。
・人種は、私と同じ姿の人族だけではなく、獣人族やエルフ族など多種族がいる。
・貨幣が流通していて一応の秩序もあるが、治安はあまり良くない。
・魔物や盗賊が跋扈している分、全体の寿命は日本より短い。例えるなら中世ヨーロッパのような世界。
「昔、流威と一緒に見た、ファンタジー映画の世界みたい」
「ファンタジー映画でイメージができるなら、十分よ。
愛凜澄の前にこちらに来てくれた人たちの人生は、みんなそれぞれね」
それぞれ…。
「ええ、村人として生涯を畑で生きた人もいたし、商人として世界を回った人もいた。魔物を倒して生計を立てる冒険者として生きた人もいれば、奴隷になってしまった人もいる。伴侶を得た人もいれば、独りで生きた人もいる」
本当にそれぞれだ。 え、奴隷がいる世界なの?
「ただ、全体の約8割がこちらに来て1年以内に死亡しているわね」
最後にとんでもない情報がさらっと出たっ!
「1年以内に亡くなってるって、なんで? どういうこと?」
約8割って、死亡率高すぎでしょ!?
「魔物が身近にいる世界だから、『地球』で生きていた人からすると少し危険なのかしら。 あと『地球』に比べると医療の発達が遅いのと、盗賊も少なくはないかも?」
魔物って、隔離区域じゃなくて人の生活地域に現れるの? そんなに簡単に人を襲うの!?
医療の発達が遅いって、病院とか薬とかはあるの?
それに盗賊って、何? 泥棒や強盗じゃなくて盗賊なの!?
「魔物は普通に生息していて、村や街を襲うこともあるわね。
教会で回復魔法で治療をしているけど、薬師の作るポーションや薬での治療が一般的よ。
あと、盗賊は、行商人を襲ったり村を襲ったり…」
聞けば聞くほど危険な世界だとわかる……。 ファンタジーじゃなくて、ダークファンタジーだよ。
「私、そんな世界で生きていける自信がないよ…」
1年以内に死亡した8割の仲間入りの未来しか見えない。
「ごめん。ビジューの期待には応えられない。 地球の流威のところへ帰して?」
ビジューをがっかりさせてしまうのは心苦しいけど、私には無理だ。
地球に帰して欲しいとお願いをしたら、ビジューの表情が曇ってしまった。
「それはできないの……」
「え?」
「愛凜澄の魂は、一度次元を超えてこちらに来てる。 向こうに戻るためには、もう一度次元を超えなくてはならないのだけど、愛凜澄の魂はその負荷にはもう耐えられないの。消滅してしまうわ」
「じゃあ、『ビジュー』に行って、そこで死んだらどうなるの?」
地球に戻れることを期待して聞いてみたけど、それはビジューの麗しい美貌をさらに曇らせるだけだった。
「『ビジュー』で死亡したら、魂は『ビジュー』の輪廻を巡ることになるわ」
そんな……。 私はこれからずっと、生まれ変わってからもずっと、そんな危険な世界で生きていかなくてはいけないの?
私は意識を取り戻してから、初めて絶望を感じた。
私を勝手にこの世界に送った地球の神に、私をこんな世界に呼んだビジューに腹が立った。
「ごめんなさい」
こんな理不尽を私に押し付けようとする、地球の神とビジューが、……憎い。
でも、
「ごめんなさい、愛凜澄」
すでに、ビジューに情が移ってしまっているようだ。
「愛凜澄、本当にごめんなさい」
哀しそうに瞳を揺らすビジューを見ていると、慰めたい衝動に駆られてしまう。
『美人は得』って言うのは本当のことだ。
天上の美を体現しているビジューは、私の美しいもの好きの琴線をガンガン揺さぶってくる。
「もう、いいや」
「愛凜澄?」
「もう、いいよ。ビジュー」
仕方がない。
理不尽だと思っていても、ビジューの悲しい顔を見ているのが嫌なのだ。
「『ビジュー』に行ってもいいよ」
甘いなぁ…。 平和ボケした日本人らしく、後から落とし穴に気が付くことになるんだと思う。
「ビジューの代わりに、『ビジュー』を見に行ってあげるよ」
「愛凜澄、本当に?」
でも、嬉しそうに唇をほころばせて、瞳をきらきらと輝かせるビジューを見ると、
(仕方がないな~)
と思ってしまうんだから、本当に仕方がない。
「でも、長い時間は期待しないでね?」
「愛凜澄?」
「そんなに怖い世界で、長生きできる自信ないもん」
どう頑張っても、どんなに頑張っても、長生きできるイメージが沸かない。
「1年以内に死んじゃう可能性が高いと思うけど、それで良いなら精一杯に現地の人と交流したり、綺麗なモノを見たり、美味しい物を食べたりして、楽しい世界をビジューに見せてあげるよ」
こんな短時間で絆されちゃうなんて、私もチョロいな~。 これが世界を創造・管理する女神の徳ってやつかな。
「死なせないわ」
うん。 頑張って、できるだけ長生きするよ。
「愛凜澄を1年以内になんて、死なせない」
太く短い来世を覚悟していると、ビジューの決意に満ちた声が聞こえた。
「愛凜澄には、わたくしの加護を授けるわ!」
「加護って、守りの力のことだよね? 今までの人達にはあげなかったの?」
「いいえ、皆にも授けてきたけど…」
「それでも、1年以内の死亡が8割…」
とんでもなく、厳しい世界らしい…。 不安に思っているとビジューが叫ぶように宣言した。
「愛凜澄にはめいいっぱいの、わたくしの全力の加護を授けましょう!」
「……今までの人達には全力じゃなかったの?」
「愛凜澄以外の人達は、わたくしのお願いを聞くと喜んですぐに同意してくれていたの。だから彼らの望む能力を3つほど授けてから転移してもらっていたわ」
……地球での生活がとんでもなく辛かったか、ビジューの美貌に舞い上がってしまったに違いない。気持ちはわかるけどね。
「愛凜澄、今からわたくしと一緒に、楽しく長生きする為に必要な能力を考えましょう!」
「…いいの? 『安定した世界へは不干渉』じゃないの?」
「大丈夫! 加護を与えるのは神の仕事の一環よ。 地上に降りてからは何もできないけど、ここでのことはわたくしの領分だわ♪」
そう言って微笑むビジューはどこまでも麗しく、頼もしかった。
ありがとうございました!