頼もしいご近所さん 2
職人見習いのヴァレンテくんがこんな時間に戻ってくるのは珍しいらしく、嬉しそうに名前を呼ぶ子供たちに笑顔で「ただいま」を言いながらヴァレンテくんも詰所の掃除に加わった。
せっせと働くヴァレンテくんに、
「今はまだ工房にいる時間だろう? 何かあったのか?」
「その表情なら心配はいらないか? でも、どうしてこんな時間に帰って来たんだ?」
衛兵さんたちが少し心配そうに聞いてくれて、彼らが子供たちの職場の事情まで気にかけてくれているのがわかり頼もしく思う。職場で理不尽な目に遭ったら相談に乗ってくれそうだ。
ヴァレンテくんも衛兵さんたちの気持ちをちゃんと理解していて、くすぐったそうな表情でトラブルではないから心配はいらないと説明している。
どうやらヴァレンテくんが練習を兼ねて作っていた女神像を取り上げて換金していた兄弟子たちの所業が、親方さんの耳に入ったらしい。
もちろん、反省した彼らが自分で告白した訳ではなく、工房に出入りの商人さんの、
「いや~、親方の所ではいいお弟子たちが育っておりますなぁ。彼らの作る女神像はなかなか好評ですよ」
という、ちょっとした世間話から発覚したようだ。
最近兄弟子たちが女神像を作っていることを知らなかった親方さんが(知っている訳がないよね。彼らが作った物じゃないんだから)❝見習い卒業試験❞として女神像を彫らせたところ、イマイチな出来に首をひねり、親方さんにコレのどこを評価したのかと聞かれた商人さんも首をひねったことから話の雲行きが怪しくなった。そしてヴァレンテくんが廃材で女神像を彫っていたことを知っていた親方さんが事の真相に思い当たり、鬼の形相の親方さんに問い詰められた兄弟子たちが、泣きながら白状した、と。それを聞いた親方さんは、
「見習いが練習作品を売って小遣いを稼ぐのは目を瞑る。俺たち職人のほとんどが通って来た道だからな。
だが、弟弟子の作品を奪って小遣い稼ぎをするとは何事か! お前たちに職人としてのプライドはないのか!? 自分で腕を腐らせるようなことをするんじゃない!!」
と烈火のごとく弟子たちを叱りつけ、兄弟子たちを❝集中して再教育❞する為に、ヴァレンテくんに休暇を与えたらしい。
職人さんたちには基本休暇がないと聞いていた私は「休みが貰えて良かったね!」と喜んだんだけど、ヴァレンテくんは浮かない顔になり、自分よりも小さい子たちを見つめながら「休みの間は稼ぎが一切なくなる。何とかしないと」と呟くように言った。
そうか。有給休暇も休業補償もない見習い職人さんは❝仕事を休む=収入がなくなる❞なんだ。
話を聞いていた衛兵さんたちも、「それは大変だよな。何か仕事を世話してやりたいが……」と悩まし気だったので、
「だったら、私の仕事を引き受けてみない?」
以前から欲しかったものを作ってもらうことにした。
<米>が有って<醤油>もあるんだから、当然あると思っていた<お箸>。でも、今まで見かけたことがないんだよね。自分で作ろうと頑張ってみてもなかなか上手くはいかなかったので、ちょうどいい機会だから発注することにした。でも、
「木の枝じゃダメなのか? 枝なら先も細くなってるし」
私から<お箸>の形状を聞いたヴァレンテくんは不思議そうに首を捻り、
「木を細く切るだけで金は取れんだろう……」
衛兵さんたちも困ったような顔で私を見ている。なので私は、
<お箸>は食物を挟んで口に運ぶものなので木材そのものの安全を考慮したいし、ただの細い棒が欲しいのではなく、私の手に馴染むような長さと太さのものが欲しいのだと力説した。当然ささくれなどがあっては指を怪我してしまうから表面は綺麗になめらかに削って欲しいし、直接手の当たらない所に可愛い彫り物などがあると嬉しいことなど細かい注文をする。
そして練習用の木材と本番用のトレント材を取り出し、お箸を上手に削れたら次は女神像を作って欲しいとお願いすると、
「お箸の次が女神像?って差が激しすぎるよ! それもトレント材で作れなんて、アリスさんは何を考えてるんだ?」
「いくら知り合いでも、見習い職人にトレント材なんて……。手が震えてまともに動かないんじゃないか?」
ヴァレンテくんの深~いため息と、衛兵さんの呆れたような視線が返ってきた。
確かに色々な所でトレント材の噂は聞いているし、❝見習い❞さんにいきなりの高級素材は厳しいものがあるのかもしれない。だったら、失敗しても大丈夫なように多めに渡しておいたらいいよね。幸いトレント材のストックはまだまだあるし。
インベントリから木材とトレント材を追加で取り出して、失敗しても大丈夫だとアピールすると、今度は手を動かしながらも話を聞いていた子供たちの中から、年長さんの少女が声を上げた。
「アリスおねえちゃん、そんな高いものを私たちの家に置いておくことに不安は感じないの? こっそりと売ってお金に換えることだってできるんだよ?」
首を横に大きく振りながら小さい子供に言い聞かせるように言われてしまったけど、私にもちゃんと言い分はある。
「この素材をそのまま売却するよりも、私の求めるものをきちんと作り上げたほうがお金になるよ? それに、それは悪い事だってわかっているんだよね? 悪い事だとわかっていて小さい子供がそんなことをしようとしたら、あなたは見逃すの?」
私だって、むやみやたらに人を信じる訳じゃない。 彼らの親であるミネルヴァさんや、お兄さんお姉さんの立場であるヴァレンテくんや年長の彼女たちを見て判断しただけだ。
私の意地の悪い質問に、彼女は真剣な顔で、
「そんなことはさせない! そんなことをする前に、みんなでもっともっといっぱい働く!」
❝悪い事で楽にお金を手に入れる❞ことよりも、しんどくてもまっとうに働いてお金を手に入れることを宣言してくれた。
もっともっと困窮したら、そんなことを言っていられなくなるかもしれないけど、今はまだ大丈夫だし、そんなに困窮した状況になるまで私も放っておく気もないしね。うん、だったら大丈夫!
にっこりと微笑みながら「だったら何の問題もないよね」と木材を追加で取り出すと、
「ありがとう、アリスさん! 俺、頑張るよ! みんな! 俺は親方から道具を借りてこなくてはいけないから、ここを離れてもいいか?」
ヴァレンテくんが嬉しそうにトレント材を抱えながら子供たちに声をかけ、
「もちろん!」
の返事を聞くと同時に、衛兵さんに謝りながら駆け出した。
そのトレント材は持って走るのには邪魔じゃないかな? 置いていけば私が孤児院まで運ぶよ。と声を掛けようと思ったけど、あっという間に離れて行く背中に声を掛けそびれてしまい、仕方がないから残っている木材をインベントリに放り込む。
嬉しそうに掃除を続ける子供たちと、それを楽しそうに見守る衛兵さんたちを眺めていると、どうやら隊長さんらしき人が詰め所から出て来て、
「話は聞いた。その非番の衛兵とやらに心当たりがあるので、わたしの方できっちりと教育しておく」
と、とてもいい笑顔で宣言してくれた。
私もとびきりの笑顔を浮かべて「よろしく」とお願いしたのは言うまでもないよね?
あの時の衛兵さん。人は良いんだから、あとは判断力などをきっちりと仕込んでもらって、立派な頼りになる衛兵さんになってくださいね!
ありがとうございました!




