ハウンドドッグの襲撃
「……っ!?」
「起きるにゃっ!!」
頬に痛みを感じて目を覚ますと、ハクが真剣な顔で私を見ていた。
「どうしたのっ!?」
ハクが夜中に私を起こすなんて初めてのことだ。
「【魔力感知】と【マップ】を使うのにゃ!」
何かが起こっているらしい。 急ぎ【魔力感知】と【マップ】を起動する。
「! ハウンドドッグが村に接近してる!?」
「そうにゃ! どうするにゃ!?」
ハウンドドッグが5頭、村に近づいて来ている。 3頭のハウンドドッグにダメージを受けたこの村では迎撃は無理だ!
「ライム、ハウス! ハク、行くよっ!!」
ハクを連れて玄関に走ると、
「どうしたんだいっ!?」
まだ起きていたマルゴさんに事情を聞かれた。
「ハウンドドッグが村に接近しています!」
そう言った瞬間に、
「アオーッッ!!」
「ガルルルルルルッッ!」
「ガウッ、バウッッ!」
ハウンドドッグの吠える声が響いた。
「狩って来ます!」
村に被害が出ないうちに、急いで玄関を飛び出した。
玄関を飛び出し、村の入り口に向かって走っていると、剣や農具を持った人の姿がちらほらと見えた。
遠吠えを聞いて、出て来たようだ。
ハウンドドッグは村の奥まで入っては来ずに、入り口付近でこちらを窺っている。
「肉の貯蔵庫は村の奥だったよね? どうして動かないの…?」
人が集まれば自分たちが不利になるのに?
(集まるのを待っているのにゃ。こいつらにとって、この村の人間は餌にゃ)
(もしかして、逃げた1頭が仲間を連れて戻って来たとか…?)
(その可能性はあるにゃ。真ん中の個体から、憎々しげな気を感じるにゃ)
(うん、そんな感じだね…)
<鴉>を構えたままハクと話をしていると、農具を構えた人たちが私のそばに集まり始めた。
(え…? 邪魔、かも…。 どうしよう……)
1箇所に集まっていると恰好の的になるし、このまま<鴉>を振るうと村の人たちを巻き添えにしそうで怖い。
少しずつ離れようとしてみても、なぜだか私にくっ付いて来る。
「かたまっていると、的になります! 散らばってっ!!」
そう叫んでも、ざわつくだけで動く様子がない。 ハウンドドッグのリーダー格が嗤っている気がする……。
どうしようかと困惑していると、
「あんた達は家に入りなっ! 怪我をするだけだっ!」
マルゴさんが駆けつけて指示を出してくれた。
「戦える人間の邪魔になる! 死にたくなければ、散れ! 家に戻れ!」
ルベンさんも剣を持って、来てくれた。 ハウンドドッグに対峙しながら、
「そこにいられると、邪魔なんだ! 家に戻れ!」
周りを説得してくれている。
(ハク、【ウインドカッター】の魔法って、どうやって使うの!? 杖とか持ってないと、ダメ!?)
剣が使えなくても魔法が使えたなら、先制攻撃をすることができる。
(杖はいらないにゃ! 自分の体から魔力を打ち出すように、使いたい魔法を、使った魔法の威力を、魔法が敵に中った時のダメージをイメージするにゃ!)
ハクの、簡単・魔法講座を受けている間に、農具や剣を持った村の人たちはほとんどが後ろに下がってくれた。 でも、まだ動かない人たちもいる。
「そんなにそばにいられると、戦うのに邪魔です! 怪我をしても、治療しませんよっ!!」
そう、叫んだ瞬間だった。
「ギャウッ!!」
リーダー格の吠え声と共にウインドカッターが飛んできて、それを合図にしたように、5頭が一斉に飛び掛ってきた。
村民に動きを塞がれる形だったので、前に出て身を屈めることでウインドカッターは避けたが、ハウンドドッグの目の前に突っ込む形になってしまう。
「ぎゃあっ!」
「ひぃぃ!!」
最後まで私のそばから動かなかった人たちの悲鳴が聞こえたけど、構っている余裕はない。
体勢の整わない状態で突っ込んだので、初撃をはずして、ハウンドドッグの爪の攻撃を頬に受けてしまったのだ。
痛みを無理やり無視してハウンドドッグの腹を蹴り飛ばし、次に飛び掛ってきた個体に<鴉>を袈裟切りに振り下ろした。
<鴉>はほとんど抵抗を感じさせずにハウンドドッグの胴体を斜めに切り落としたが、安心する間もなく次の個体に飛び掛られたので、柄で脳天を殴りつけて方向を変えた隙に首を叩き落とした。あと、3頭!
「ギャウッッ!」
「…チッッ!!」
ハウンドドッグの声が聞こえて振り返ると、ルベンさんが1頭を相手に戦っていた。足を少し引っ掛かれたようだ。
「大丈夫ですか!?」
「おうっ、こいつは任せろ!」
ルベンさんにヒールを飛ばして傷が光に包まれたのを見てから、自分の顔にもヒールを掛ける。絶対に傷が残らないように、ダブルで掛けた。
回復魔法を付けてくれたビジューに心から感謝しながら次の個体へ目を向けると、私が腹を蹴った個体が、最後まで私の側を離れなかった男に襲い掛かっている。
「ぎゃあーっっ!」
「犬っ! こっちよっ!」
男の腕に噛み付いている所を、首を落として倒した。絶命しても腕を噛んだままだけど、後は自分でなんとかしてもらおう。 あと2頭!
(マルゴッ!!)
次の敵を探していると、ハクの叫び声が頭に響いた。視線を追うと、村の人たちを家に誘導していたマルゴさんに襲いかかろうとしている個体がいる。 間に合わないっ!
「【ウインドカッターッッ】!」
私がウインドカッターを放つのとほぼ同時に“ヒュンッ”と風を切る音が聞こえ、
「ギャンッ……」
ハウンドドッグの断末魔の鳴き声が聞こえた。
(ハク、お手柄! よく、気が付いてくれたね!)
(任せるにゃ♪)
最後の1頭はルベンさんが倒してくれていたので、これで退治は終了だ。
「マルゴッ」
「マルゴさん!!」
急いでマルゴさんに駆け寄ると、
「大丈夫だ。怪我1つしていないよ! 心配を掛けちまったねぇ」
いつも通りのマルゴさんで、びっくりした。 やっぱり豪胆な人だな…。
ハウンドドッグの死体を見ると、私のウインドカッターが切り落とした頭のこめかみを、矢が貫いていた。
「この矢は?」
射手を探すと、200mほど離れた家の屋根の上で淡い金色の髪の人が弓の構えを解いていた。
「ルシアンだね?」
「ああ」
「彼がルシアンさんですか? ここまで200mは離れてますよ!? 凄い腕ですね!!」
「ああ、足を怪我するまでは、村でも腕利きの狩人だったんだ」
家から出たがらないって聞いていたのに、腕が落ちていないなんて凄い!
大きく手を振ってみると、ルシアンさんも大きく振り返してくれてから、ゆっくりと窓から部屋に入っていった。
「前回の襲撃でもルシアンさんが仕留めたんですか?」
きっと、そうに違いない! と思いながら聞いてみると、
「いいや。この間は村の連中がハウンドドッグの盾になっちまって、ルシアンは矢を射れなかったのさ」
「あぁ…。 納得です……」
今日みたいに周りをわちゃわちゃされていたら、とてもじゃないけど、怖くて射れないだろう。
「マルゴさん、私が仕留めた3頭は私のものってことで大丈夫ですか? それとも、この場の参加者全員のものだったりします?」
一応聞いてみる。 犬が欲しいわけじゃないけど、邪魔をしてくれた人たちの功績とか言われると、ちょっと思う所もあるし……。
「この場で邪魔をしていただけのヤツにそんな資格はないよ。 第一、アリスさんは客人だからね。アリスさんの獲物は村には関係ない。収めておくれ」
よかった! それを聞いて、ちょっとスッキリ。
「じゃあ、肉のみ、1頭500メレの1500メレでどうでしょう?」
「ありがたく買い取らせてもらうが、4頭で2000メレじゃないのかい?」
「1頭はルベンさん、もう1頭はルシアンさんで、合計5頭ですから」
(ルシアンは凄い腕にゃー!)
ハクもこう言っているから、間違っていない。
「ルシアンの分は、アリスさんと半分ずつだろう?」
そう言ってくれる、ルベンさんの気持ちはありがたいけど、
「あれはルシアンさんの獲物です。“ギャン”って断末魔が聞こえたでしょ? 私は首を落としましたからね。首を落とされた犬は鳴き声なんて出せませんよ~」
多分…。 きっと。 聞こえないと思うんだ。
「……そうか。わかった。もらっておく」
そう言ってうなずいたルベンさんに、
「あんたもアリスさんの扱いがわかって来たねぇ」
マルゴさんが肩を叩きながら言っているのが聞こえた。 どういう意味…?
ありがとうございました!




