断罪のはじまり
「――――――――――――――――という訳で、逃げ遅れたフランカはゴブリンに……。すぐに助けに戻ったけど、フランカが自分は致命傷を負っていてもうダメだから、せめて俺たちだけでも逃げてくれって……」
「あたし達だってフランカを助けたかった! でも、群れたゴブリンの前ではあたし達にできる事なんて……。逃げることが精いっぱいだったんです!」
「ちくしょう!! 俺たちにもっと力があれば!」
「あたしたちがもっと強ければ、フランカを死なせないですんだのに……!」
そう言って泣き崩れる一組の男女。フランカの元・パーティーメンバーの生き残りだ。
彼らの話を聞いていると、どんどん私の心が冷えていき、彼らが流す涙を見ていると、こんこんと私の心に憎しみが湧いてくる。
もう、こんな醜い声を聞いていたくない! そんな感情に突き動かされるように前に出ようとした私の肩が、強い力で引き戻された。
「まだだ。あんたの出番までもう少しだけ待ってくれ」
肩にかかる手を振り払おうとした私を彼は抱き込むように拘束しながら、耳元で小さく呟くように「もうしばらくだけ耐えてくれ」と言うと、今度はハクとライムに向かって「俺はお前たちのご主人さまに危害を加えないとビジュー神に誓うから、お前たちも少しだけ我慢しておとなしくしていてくれな?」と言って従魔たちの攻撃を未然に防いだ。
私を拘束している彼は宿までギルマスの伝言を持って来てくれた冒険者で、フランカの元・パーティーメンバーを見張ってくれていた人たちの中で、私が特定できなかった最後の1人だった。彼はギルマス(くま)から詳しい話を聞いているらしく、私が感情に流されてこの断罪のシナリオを崩さないように見張りの役も担っているらしい。
奴らが好きなように話を捏造しているのを聞いてぐらぐらに煮えていた私の頭は、彼が私と同じくらいに悔しそうな顔をしていることに気が付いて、少しだけ冷えた。
自身を落ち着かせる為にゆっくりと息を吐き出して顔をあげてみると、ギャラリーの中にも私たちと同じように憤りをあらわにしている人たちがいるのが見えた。森まで同行していたAランク冒険者のメラーニアだ。
彼女がフランカの元・パーティーメンバーを射殺すようなキツイ視線で見ているのを見て、私は落ち着きを取り戻し、あの男女から気を反らす為に少し周りを観察することにした。
宿まで伝言を持って来てくれた彼・トリスターノによって案内されたここは、冒険者ギルドの訓練場。このギルドで一番広い空間だ。
訓練器具を片付けて広々とした訓練場の中には、たくさんの冒険者やギルド職員が集まっていた。その中央で椅子に座っているギルマスとサブマス。その後ろには議事録を取っているらしいギルド職員のイルマ。その前に立っているのがフランカの元・パーティーメンバーである一組の男女。……名前は知らない。知りたくもないから聞いても忘れる。
そして、その5人を取り囲むようにして座っているたくさんの冒険者たちの一番後ろ、ギルマス達の顔は見えるけど、ヤツらの目には入らない位置にトリスターノは私を案内した。私が冒険者たちの後ろに隠れるように立つとトリスターノがサブマスに向かって軽く手を振り、それを皮切りにヤツらの説明が始まったのだ。
大勢のギャラリーの前で静かに質問を投げかけるサブマスと、じっと黙ったまま話を聞いているギルマス。その前で大仰な身振りで演技を始める役者はこの舞台を一体どう思っているんだろう?
ただの状況説明だけに、これほどの人数が詰めかけるものなのかな?
まるで人に酔っているかのように大仰に悔しがり、涙をこぼし、ギャラリーの同情を集めるのが当然のような口ぶりだけど……。
ギャラリーの中の何人かの視線は冷え切っていることに気が付かないのか、ヤツらはどんどん感情を高ぶらせて、
「俺たちがもっと強ければ……! そうすれば俺たちだけが生き残るなんてことにはならなかったかもしれないのに! フランカ! チーロ! デチモ……!」
ゴブリンの襲撃で死んでしまった他のメンバーの名を口にした男の肩に女が顔を埋めて大声で泣き出し、男は女の肩を強く抱きながら天を仰ぐように涙を流した。
広い訓練場にヤツらの泣き声だけがしばらく続き、何も知らないギャラリーから同情の声やすすり泣きが聞こえ始めた頃、それまで黙っていたギルマスがやっと声を出す。
「そうか。お前たちの話は分かった。
……チーロとデチモの遺体は回収したが、フランカの遺体だけは見つかっていなかったな。遺品だけだが、ギルドに届けてくれた冒険者がいる。見るか?」
「もちろんです!」
「フランカの大事な遺品ですから!」
ギルマスの問いに食いつくように答えたヤツらだけど、……フランカの遺品と聞いて、ほんの少しだけど、嬉しそうな顔を隠せなかったことにヤツらは気が付いているのかな?
「……そうか。……アリス、居るな? 遺品を見せてくれ」
ヤツらの様子をじっと見ていたギルマスがやっと私の名前を呼んでくれて、私を拘束していたトリスターノの腕から力が抜ける。
私に気が付いて道を開けてくれるギャラリーに感謝の言葉を伝えながら、中央に歩み出て……。
まだだ。まだ、怒りを顔に出してはいけない。もう少しだけ耐えろ!
……自分に強く言い聞かせながら、静かにヤツらと向き合った。
ありがとうございます!
 




