私が理不尽に殺された理由
「わたくしのお話を聞いてもらえる?」
そう言いながら、ビジューは小さなベルを一度振った。
そのベルは『ちりりりりん』と澄んだ音を小さく鳴らし、牡丹色の光を淡くこぼす。
光は薄くベールを落とし、気がつくと目の前に猫足の白いテーブルセットがあった。テーブルの上には天使の羽をモチーフにしたティーセットが乗っている。
「紅茶でいいかしら?」
突然のティータイムに、戸惑いながらもうなずくと、
「ケーキは生クリームたっぷりの、シフォンケーキね?」
シフォンケーキが出現した。 生クリームがたっぷりと乗っていて、とてもおいしそうだ。
何でもありだな~、と感心していると、
「わたくし、これでも神ですもの♪」
とウインク付きのいたずらで麗しい笑顔が……。
ああ、やっぱり綺麗だなぁ……、思わず見惚れていると、
「っ!」
またデコピンされかけたので、慌てておでこをガードした。
話が進みませんね。 ごめんなさい。
「地球の神から愛凜澄の嗜好は聞いていたけど、わたくしの容姿はそんなにあなたの琴線に触れた?」
ビジューには苦笑されたが、私はとにかく綺麗なモノが大好きだ。
光に輝く水面、時間で色を変える空、四季で移り変わる山、角度によって色を変える宝石も好きだし、万華鏡を覗き込むとうっかり時間を忘れることもある。
そんな私にとって目の前の女神の姿は、いつまで見ていても見飽きることのない芸術品だ。
『絵にも描けない美しさ』とはこのことだ! と、心の底から納得している。
「じゃあ、わたくしの顔を見たままでいいから聞いていてね? お茶も冷めないうちにどうぞ」
ビジューの許可も下りたので、美しいビジューを眺めたまま、説明を聞くことにした。
・ビジューは『ビジュー』という世界を創った女神。『ビジュー』は『地球』の環境と似ている。
・ビジューは他にもいくつか世界を創ったけれど、一番初めに創った世界には自分の名を付けるほどの愛着を持った。
他の世界には眷属神を複数置いているけど、『ビジュー』の神は『創造神ビジュー』の一柱だけ。 他の神の影響を受けるのが許せないほど思い入れが深いらしい。
・ビジューの管理する世界が増えるとともに、比較的安定している『ビジュー』に割ける時間が減ってしまったが、どうしても気になるので、定期的に自分と魔力の相性の良い人間を送り、その人間の目を通して『ビジュー』を見ることにしている。
・『ビジュー』に送る人間は『地球』から。という謎ルールがあり、今回はたまたま私が適合した。
ということらしい。
「たまたま、ねぇ……。 私が死んだのって、地球の神が何かしたの?」
だとしたら、全身全霊で呪ってやるけど!
「呪わないで! 地球の神は愛凜澄の死には関与していないから。
わたくし達は、安定している世界への直接の手出しはしないことにしているの。 するのはせいぜい、『お取り寄せ』くらいのものよ」
『お取り寄せ』。 この紅茶やケーキのことだろう。
「じゃあ、どうして私たちは死んだの? どうして殺されたの?」
「愛凜澄達が殺されたのは、あなたの母親の巻き添えよ」
お母さんの…?
「ええ、愛凜澄のお母さんがお付き合いをしている男性は、専属についていた女性シンガーのマネージャーだったわね?
彼は、その女性シンガーとお付き合いをしていたの」
お母さんは浮気相手ってこと?
「愛凜澄のお母さんはそのことを知らなくて、高齢の女性シンガーを息子のように親身に世話する、有能なマネージャーだと思っていたそうよ。
でも、シンガーからすれば、大切な男性を誑かした憎い女。自分付きのヘアスタイリストとして可愛がっていた分、憎さは100倍増しだったようね」
修羅場だ……。
「愛凜澄のお母さんが若くなかったことも気に入らなかったみたい。若い女性が相手だったら、ちょっとした浮気として目をつぶったんだろうけど」
見た目は若かったけど、もう、50歳が目の前だったな~。 その男と「結婚したい」みたいなことも言ってたっけ。
「どうしても許せなかったシンガーは、若い頃から後押ししてくれていた暴力団の幹部に“憎い女を殺して欲しい”って泣きついたらしいわ」
暴力団との付き合いがあったのか。そんなふうに見えなかったのに……。でも、
「どうして流威と私まで殺されたの!? 私たちを殺す必要はないじゃない!」
「ただの巻き添えよ。 あなたの母親だけを殺したら、女性シンガーが疑われるかもしれないから。 あなた達の側にいた人も、流れ弾で被害にあっているわ」
流威、せっかく上場企業に入社が決まって、これから楽しいことがいっぱいあっただろうに…。
助かって欲しかったな……。
「流威くんは愛凜澄を庇おうとしたけど、心臓に被弾して……。 苦しむ前に亡くなったわ」
そっか…。 私を庇おうとしてくれたんだね。 優しかった流威……。
「ご両親は」
「あ、いい。聞かなくても大丈夫」
「いいの?」
「うん、興味ない」
ビジューは何か思っているようだけど、私は流威のことだけわかればそれで良い。 流威が安らかに眠っているとわかったら、それで十分だ。
「それで、私に何をさせたいの?」
「愛凜澄には、『ビジュー』で新たな人生を送って貰いたいの」
新たな人生?
「何か使命みたいなのがあったりするの?」
「何も。ただ、わたくしの世界を楽しんでくれれば、それで十分よ」
? なんの為に?
「愛凜澄の魂と魔力はわたくしとの相性が良いことは説明したわね? 相性が良いと、下界に下りてもわたくしとリンクすることができるの。
愛凜澄を通して、わたくしも『ビジュー』を見ることができる」
忙しいから全体を見ることは諦めて、ピンポイントで世界を見たいってこと?
「わたくしが管理者として『ビジュー』を見ると、全体の雰囲気しか見られない上に、情報量が多すぎて時間がかかるのよ。
でも愛凜澄の目を通してなら、人々と同じ視線で世界を見ることができるし、愛凜澄が教会に来て祈りを捧げてくれたら、お話することもできるの」
女神として上から見るのと、人々と同じ目線で見るのとでは、見え方が変わるのは当たり前だ。 ビジューには新鮮に感じるのかもしれない。
死んでしまったけど、もう一度人生を楽しめるって考えたら、お得な話なのかも?
「だから、愛凜澄には『ビジュー』で楽しんで生きて欲しい。そして、愛凜澄が見たことや感じたことを、わたくしにも見せて欲しい。
それがわたくしのお願いなの。どうかしら?」
どうだろう? 安請け合いして、後で『こんなはずじゃあ…』なんてことになったらイヤだし、もう少し色々と確認してみた方がいいかな。
「『ビジュー』と『地球』は似ているって言うけど、そっくりなの? 違う所ってある? 私の前に『ビジュー』に行った人たちはどんな人生を送ったの?」
気になることは先に聞いておこう!
ありがとうございました!