極桃オークの試食会 1
今夜のごはんの支度に区切りがついてコネクティングルームを出て行くと、タイミングよくドアがノックされた。
続いて「お客さまがお揃いになりましたので、こちらにご案内してもよろしいでしょうか?」と聞こえるので、急いで部屋のセッティングを確認してみると、
「悪くない、にゃ♪」
「うん、いいかんじ~!」
私が希望した以上に整えられたお部屋になっていて、ちょっとびっくりした。 もちろんとても嬉しい驚きだ。
元々部屋にあった家具はほとんどが取り払われていて、部屋の中央には綺麗なクロスが掛けられた長テーブルと7脚の椅子。
お誕生日席と対面になる位置に座面がほぼテーブルと同じ高さの2脚の椅子が用意されているので、この2脚がハクとライムに用意された席だとわかるり、私が何も言わなくても、ハクとライムの為の椅子を用意してくれたことに心から感心する。さすがは一流の宿の従業員たちの仕事だ。
それから、私の❝食事中は履物を脱いで寛いでもらいたい❞という希望には、部屋の中央のテーブルと椅子の下に敷かれた毛足の長い絨毯で応えられている。 踏み心地の良さそうな絨毯で、これならゆっくりとくつろいでもらえるだろう。
テーブルの上にはそれぞれのカトラリーがセッティングされていて、少し離れた壁際には数種類のお皿のワゴンとグラスが何種類も乗ったワゴンが置かれている。どれも私が持っている物よりも格段に美しい物で、盛り付ける料理を十分以上に引き立ててくれそうだ。
テーブルの上には食器以外の物、花や蝋燭などを置かない代わりに、天井から吊られているシャンデリアには臭いの出ない魔道具のライトを使って十分な明るさを、部屋の壁を香りの少ない花や美しい布で飾って華やかな空間を作ってくれている。
「うん、とっても素敵♪ 支配人さんにお任せしてよかったね!」
短い時間でよくここまで。という仕上がりになっていて、この空間でみんなと食事をするのがとても楽しみだ。
でも、このままみんなを招き入れてしまうとスレイとニールの食事を持って行くタイミングがなくなりそうなので、先に2頭の食事を持って行こうと提案すると、
「スレイもニールもきちんと待っていられるにゃ。だから後から持って行ってあげるのにゃ!」
「すれいとにーるはいいこたちだから、あとでもっていってあげて」
ハクとらいむにきっぱりとした態度で止められた。
「でも、遅くなってお腹が空いたら可哀そうだし……」
「しつけのできた従魔は主人より先に食事をしたりしないのにゃ!」
「え、でも、ハクとライムは」
「味見と食事は別なのにゃ!」
……どうやら従魔には従魔のルールがあるらしく、にわか主人の私としては、自信満々で胸を張るハクの助言を聞いておいたほうがよさそうだ。
「アリスさま?」
「あ、はい! みなさんをお通ししてください」
再度の問いかけに慌てて返事を返して、自分たちと絨毯にクリーンを掛ける。 ついでだから食器にもかけておこうかな。 とりあえず飲み物……、は希望を聞いてからで良いか。ハクとライムにリボンを結んで、それから……、あみだくじ?
準備ができているのは料理だけということに気が付いた私が慌てていると、ノックの音とともに「給仕のお手伝いは必要でしょうか?」と問いかける声が響く。
「是非!」
「では、失礼いたします」
❝助かった!❞と声を弾ませる私を見て、ハクとライムが笑っているけど気にしない。
入室して来た2人の女性と挨拶を交わし、希望するお手伝いの打ち合わせを簡単に終えたタイミングでノックの音とともに「お客さまをご案内いたしました」の声が響いた。 ……なんとか間に合った!
満面の笑みでドアを開き、今日のゲストのディアーナ、シルヴァーノさん、ライモンドさん、支配人さんを招き入れる。
「ようこそ! 本日はお越しいただきありがとう!」
「んにゃん!」
「ぷきゃ~!」
さあ、楽しい❝極桃オーク試食会❞の始まりだ♪
「ディアーナはライムのそばの席に。 食べきれないと思ったら迷わずライムにお任せしてね!
今夜は席次を決めていないの。 だから、3人でこのくじを引いてくれる?」
入室してすぐに靴を脱ぐことを勧められたみんなは初めは戸惑っていたけど、足元をころころ転がるハクとライムを見て、納得顔になる。
ただ、❝人前で靴を脱ぐ❞ことに抵抗を感じているようなので、抵抗の原因の一つを無くすために【クリーン】の重ね掛けが必要だったけど^^
今夜のホステスを務める私はお誕生日席に、おもてなしのお手伝いをしてくれる従魔たちは少し離れた対面の席。食の細いディアーナをライムの斜向かいの席に案内したら、<あみだくじ>に戸惑っている男性陣に説明を。
といっても、好きなように横棒を加えて、好きな縦棒を選ぶだけなんだけどね。
後はくじを辿って当たった色と同じ色の宝石を置いた椅子が今夜の席になります♪ もちろん宝石は回収します。ハクが怒るから!
こんな適当な席次決めは初めてらしく、戸惑いながらも楽しそうな支配人さんと、部屋のセッティングから想像したような堅苦しい食事会ではないことに安堵の色を浮かべるシルヴァーノさんとライモンドさんが席に着いたのを確認してから、
「とりあえずワインでいいかな? お水や紅茶や果実水もあるから、アルコールがダメなら遠慮なく教えてね!」
ワインボトルを片手に聞いてみる。私が給仕することに驚きを隠さないみんなに「今夜はこういうスタイルなの」
と微笑みかけると、一気に場が和んだ。
入室するなり靴を脱がされ席次はあみだくじ、ホステスが給仕を務める食事会だもん。気を張る必要はないよ~。
でも、
「みんな、今日はお洒落さんだね? すごく素敵だけど、どうしたの?」
ギルド組の服装が今まで見てきたものとは違って、なんだか余所行き仕様なことが気になる。この後何か予定でもあるのかな?と思って聞いてみると、大きな、とっても大きなため息を吐かれてしまった。
「そりゃあ、なあ。 街で一番の高級宿に招かれて、普段の仕事着って訳にもなぁ……」
「帰りがけに渡された地図と宿の名前を見て、驚きましたよ……」
「❝今夜の宿❞がこの『キャロ・ディ・ルーナ』だと初めから知っていたら、招待を受けなかったかもな……」
とのことらしい。
そこまで気が回らなかったことを少しだけ反省しながら、
「とても似合ってるよ♪ ディアーナはいつも綺麗だけど、今夜はいつも以上にとびきりの美人さんだし、2人もいつもより何倍も紳士に見える!」
今夜の装いを褒め称える。 本当の事だからするするっと口から出た言葉だったんだけど、
「あら…っ! うふふ……」
嬉しそうに笑ってくれたのはディアーナだけで、男性陣は、
「私はいつでも紳士です……」
「普段の俺はなんなんだ……」
ちょっとだけ拗ねてしまい、
「たかが宿に敬意を払ってくださる皆さまは、そのままで紳士・淑女でいらっしゃいますよ」
と微笑む支配人さんに笑顔で泣きつく。
「聞いてくださいよ、総支配人。アリスさんは普段は品よく微笑んでいる素敵な女性なのですが、たまに……」
「そうそう。こんなに綺麗な顔で、やることなすこと規格外でね。こんなことが……」
と、私のこの街での恥ずかしい系エピソードを語り出す。
「な、ちょっと! 何を言い出すの!? ディアーナも笑っていないで止めてよ~~!」
支配人さんが楽しそうに聞いているものだから、2人の口は止まらないし、どうしたものか……。
ん? 総支配人? 支配人さんは総支配人だったの!?
あれぇ? そこで笑ってるハクとライム! あなた達は知っていたのかな?
ありがとうございました!




