トラブル? いいえ、ただの・・・・・・でした。
顔に微笑みを貼り付けたベルパーソンが私をソファに案内してくれる。 今はフロントがふさがっているから、すぐには鍵がもらえないとの判断かな?
案内されるままにソファに座り、ハクとライムを膝に抱えながら声の主の様子をうかがってみると、まだ12~13歳ほどの少女とお供らしき大人の男性が、宿泊している部屋を代えるようにフロントで要求していた。
部屋の窓を開けていたら、窓を飾る花に誘われた蜂が部屋の中に侵入してしまったらしい。
部屋に蜂が入って来たなら怖くて慌てる気持ちはわかる。 わかるけど……。
それってわざわざ部屋を代えるようなことなのかな? 蜂を部屋から追い出してもらって、窓を閉めたらすむ話じゃないの? そもそもこの宿はほとんどの部屋の窓を花で飾っているのだから、部屋を代わってもあまり意味がないよね?
フロントクラークも同じように考えたらしく、蜂はすぐに駆除することと他の部屋の窓も花で飾っていることを丁寧に説明した上で、少女の宿泊している部屋と同等以上の部屋は全て塞がっているので部屋替えはできないと伝えていたが、少女はそれを聞いても納得しなかった。
部屋を代えるか、それができないのなら他の宿を紹介するようにと駄々をこねている。
困り果てたフロントクラークが、
「他の宿をご紹介することはできませんのでお客さまにご自身で次の宿を探していただくことになりますが……、ご精算いたしましょうか? これからすぐに部屋を引き払われるのでしたら、本日分の宿泊料はいただきませんので」
遠回しな❝ここが嫌なら出て行ってくれ❞を伝えた時だった。
「私の可愛い花は何をしているんだい? 早く自分の部屋にお戻り」
「! お兄さまっ! お風呂に入られたばかりだったのでは…!?」
わたしと同じ年くらいの少年が、濡れた髪のまま急ぎ足で少女を連れ戻しに来た。 少女のお供はバツの悪そうな顔で少年に向かって頭を下げている。 でも、少女は騒いでいたことを悪びれることもなく、
「わたしのお部屋に蜂が入ってきたのでお部屋を代えて欲しいとお願いしたのに断られたのです。 仕方がないから宿を移しましょう? きっとお父さまもお叱りになりませんわ!」
少年に向かって微笑みかける。少女の中では宿替えが決定しているようだ。 眉を寄せる少年に気が付く様子もなく、
「街に着いた時に馬車から見えた、あの宿がよろしいわ! マスケラータなどの催しがあってとても評判だと聞きましたの!」
はしゃいだ声をあげている。
妹に対して甘そうなので(自分の妹を❝お花❞扱いする人初めて見たよ!)、このまま宿を引き払うのかな? だったら早く手続きをして欲しいと思いながらぼんやり眺めていると、
「蜂が寄ってくるほど私の可愛い花が魅力的だということだよ、今回は大目に見ておやり。身の程知らずな蜂は、お兄さまが追い払ってあげるから」
少年は笑顔で妹の願いを却下した。 同時に私のそばで立っていたベルパーソンがフロントに向かって歩き出す。
一件落着、って所らしい。 喉が渇いたから、部屋に入ったらとりあえずお茶にしよう。 その後はお風呂だ♪
どんなお風呂が付いているのかと楽しみにしながらベルパーソンを待っている私の耳に、「向こうの方が楽しそう」とか「話題に取り残される」と懸命のプレゼンをしている少女の声が聞こえていたけど気にしない。お兄さんは却下しているし、なにより私には関係のないことだしね。
……関係のない話だったんだ。 少女が私の部屋の鍵を目にするまでは。
「そのカギは私のお部屋と同じランクのお部屋の鍵でしょ? 同じ色の石が付いているもの。 ……あのお供も連れていない人が1人で使うの!? だったらわたしのお部屋と交換してちょうだい!」
少年に何を言っても相手にされなかった少女は、せめてもの我がままとばかりに私の部屋に目を付けた。 こちらに向かおうとしていたベルパーソンを捕まえて、私への交渉を要求している。
ベルパーソンとフロントがそれはできないと断っても納得せずに、とうとう泣き始める始末だ。 自分の要求がことごとく通らないことが気に入らないらしい。
これには少年も手を焼いて、お供に命じて力づくで少女を部屋に連れ戻そうとしたので、
「部屋を譲ってもいいわよ? でも、その子が使っていたお部屋に入るのは気分が良くないから、スタンダードに空きがあれば、の話だけど」
とりあえず、ベルパーソンに向かって声を掛けた。
せっかく支配人さんが手配してくれたお部屋だけど、スーペリアルームをスタンダード料金で私が使うより、スーペリアルームをスーペリア料金で彼女が使う方がお得なことは子供でも分かる話だ。
夕食に招いた3人と私たちが座るスペースさえ確保できて、後はベッドとお風呂が付いている部屋なら私はそれで十分だ。
ビックリ顔の少年と目があったけどそれはスルーして、とりあえずはスタンダードルームの広さを確認するために腰を上げる。
……足もとで体当たりを続ける2匹のことも、とりあえずはスルーしておこうかな。
いつも思うんだけど、結構痛いんだよね、コレ……。
文句は心話で言ってくれないかなぁ。 そうしたらいくらでも謝るし、説明するからさ………。
ありがとうございました!




