専属担当の恩恵
冒険者ギルド内は依頼を終えて戻って来た冒険者たちでごった返していたが、少し待つだけですぐにディアーナが受付けカウンターから声を掛けてくれた。専属手数料がかかるとはいえ、この混雑を待たずに済むのは本当にありがたい。
待ち時間にギルド内を観察してみると、受付にビーチェの姿がなかった。 そのせいもあって混雑に拍車がかかっているようだ。
なんとなく依頼ボードを眺めていると、報告の終わったパーティーが順番に勧誘をかけてくる。 それもまあ、ディアーナに声を掛けられるとすぐに解放してもらえたので問題はないけどね。
ディアーナから、ギルドに預けていた素材や費用などの見積もり書を渡され、不服がなければ今この場で精算を、不服があるなら担当と交渉をしてくれると説明されたが、まずは宿をキャンセルしないと!!
ギルドの宿を引き払うことを伝えるととても残念そうな顔になったディアーナだったけど、
「「「「えーっ?! どうして!? 接点が減ってしまう!」」」」
ギャラリーたちが大声を出すのを聞いて、諦め顔で精算をしてくれた。 先ほど貰った見積書をささっと訂正して1度の精算ですむように気を遣ってくれるのもありがたいね。
幸い今夜の分の宿泊料は必要なかったので、安心してハクにも見積書を見せることができる。
(うわぁ。森のオークが結構な高値だよ! あとはまあ…、多分こんなものかな? 私はこれでいいと思うんだけど、ハクとライムははどうかな?)
(費用も聞いていた通りの金額で問題はなさそうにゃ。 アリスが手伝った解体料もきちんと付いてるし、専属手数料の計算も合ってるにゃ!)
(ちゃんとはいきぶいもひきとりになってるから、ひりょうをいっぱいふやしてあげるね!)
従魔たちに不服はなさそうだし、見積書は事前にディアーナがきちんと精査してくれているので、私たちの不利益にはなっていないと信頼してOKを出す。
ディアーナとしては、森で狩ったオークはギルドが買い取りを希望したものなのでもう少し高値での買い取りを希望していたそうなんだけね。普通のオークの3倍の値が付いているのだから、私としては満足だ。
にっこりと笑って頷くと、すぐさまお金と引き換え札を渡される。 さすがにこの混雑ではディアーナにずっと付き添ってもらう訳にもいかないようだ。
引き換え札を持って納品カウンターへ行くと、そこでもそれほど待たされることなく(何人かの順番を抜かしたようだ)名前を呼ばれ、解体をお願いしていた森の中心部で狩ったオークの返却、買い取りで預けていた森のオークの廃棄部位を返却してもらう。
その際に「最高級のオーク肉、少しだけ売ってもらえない?」とこっそり個人取引を申し込まれたのには苦笑しか返せなかった。 まだ味見もしていない内にそんなことを言われてもね……。もちろん、
((ぜったいだめっ)にゃ!)
可愛い従魔たちが本気で嫌がるからきちんとお断りをして、彼女には(【複製】できるようになったら売ってあげるから待っててね!)と心の中でだけ約束しておく。
そう。他所で狩ったオークや森で狩った普通のオークは複製できるのに、森の中心部で狩ったオークだけはなぜか複製できなかったんだ……。
❝とってもおいしい❞と聞いていたハクとライムがすっごく残念そうだったから、森の中心部で狩ったオークの肉は、しばらくは私たちだけで食べる予定だ。
………シルヴァーノさん! そんなに悲しい顔で私を見なくても大丈夫だよ? ディアーナとシルヴァーノさんはちゃんと❝私たちだけ❞に入ってるからね!
今は他の人の耳があるから内緒だけど、夕食に招待するつもりだから安心して欲しい。 ……って言えないから、残念そうな顔を隠そうと頑張っているシルヴァーノさんをスルーして、解体部に足を向けた。
解体部で❝兄弟子❞ライモンドさんを呼び出すと、なんとも言えない困り顔で奥から出て来てくれた。
「どうし」
「すまん!」
事情を聞く前にいきなり頭を下げられても、ね。困るよ?
改めて事情を聞いてみると、ライモンドさんは嫌々なのが丸わかりな態度でスライスした肉が乗っているお皿を運んでくる。
………うん。その表情の理由がわかったよ。
お皿に乗っているボアのスライス肉は、残念なことに厚みがバラバラだった。見本に渡していたマルゴさんのスライスしたお肉と比べると全体的に分厚くて、途中で千切れてしまっている物も多くある。
マルゴさんは<お肉屋さん>でライモンドさんは<解体屋さん>なんだから、仕方がないことだよね。
それでも、後から切ったオークは比較的上手にスライスできているんだから、そんなに落ち込まなくてもいいと思う。 っていうか、無茶ぶりした私を責めても良いと思うんだけどな。
オーク肉は比較的上手に切れていると伝えても残念そうな顔は変わらないので、
「もう少し練習してみる?」
ボアとオークの塊肉とお皿を出して聞いてみた。
「っ! いいのかっ!? 俺は肉をダメにしちまったのに……、まだ任せてくれるのか?」
練習用に出したお肉なんだから最初から上手に切れるとは思っていなかったし、塊肉を見たライモンドさんが目を輝かせたのでなんだか微笑ましい気分になった。
「肉もダメになったわけじゃないから大丈夫だよ」
スライス肉として使えないものは挽肉にしてもいいし、使いようはどうとでもあることを説明すると、途端に破顔するライモンドさんが可愛らしかったので、この人も夕食に招くことに決定だ。
宿泊している宿の部屋に招待すると驚いた顔をして遠慮していたが、ディアーナやシルヴァーノさんも誘うことを伝えると、嬉しそうに応じてくれる。
今預けたお肉をスライスして持って来てくれるらしいので多少遅くなっても大丈夫なことを伝え、ディアーナとシルヴァーノさんを誘って満面の笑みでのOKを貰い、ついでにセラフィーノを誘いに馬房に移動する。
大人しく待ってくれていたスレイとニールにご褒美のりんごをあげながらセラフィーノを誘ってみたけど、セラフィーノは、
「今夜は彼女とデートなんだ……」
とても残念そうに辞退した。
あまりにも残念そうなので、また改めて誘うことを約束して、スレイとニールの面倒を見てくれていたことに改めてお礼を言ってから、ギルドを後にする。
スレイとニールとの別れがかなり切ないらしく、今にも泣き出しそうな顔をされたのには困ったけどね。 たまにはスレイ達も連れてくることを約束したら、なんとか気を取り直してくれた。
せっかくの彼女とのデート、楽しい気分で行ってらっしゃい!
スレイとニールが今日はどんな風に過ごしていたかを聞きながらゆっくりと宿に向かい、スレイ達を馬房の管理人に預けてから、玄関に向かう。
ドアパーソンに微笑んで玄関のドアを開けてもらうと、
「あの部屋はいや!」
「とおっしゃられましても、わたくし共といたしましても……」
子供の泣き声と、それをなだめる女性の声が聞こえてきた。
突然のトラブルの気配に少しだけ❝回れ右❞したくなってしまった私は、平和主義者です……。
ありがとうございました!




