不思議なドアパーソン
陽の光を浴びて輝くような白い壁、温かみのあるレンガ色の屋根に、建物を囲うように植わっている緑が鮮やかな木々。部屋の窓は色とりどりの花で美しく飾られていて、4階建ての横に長い宿泊施設。 フェンスで囲まれている庭にもあちこちに可愛い花が咲いていて、よく手入れされているのがわかる。
………この街で一番高級な宿だ。
私は街の人達に❝お風呂がなくてもごはんがおいしくて、掃除の行き届いている気持ちのいい宿❞を聞き込み、その中でも名前が多く挙がった3軒の宿を回ってみた。
でも、ハクの査定は思いのほか厳しくて、
「部屋が狭い。野宿の方がマシにゃ」
「馬小屋に泊まっている馬の性格が悪そうにゃ。スレイとニールの教育に悪いのにゃ」
「ここの料理の匂いより、アリスの作り置き料理の方がずうぅぅぅぅっとおいしい匂いにゃ!」
と全て却下されてしまったのだ。
狭いと言われた部屋はギルドの部屋より少し広かったんだけどね。「ギルドの宿は安かったから妥協できただけにゃ」と言われると納得するしかない。この街の宿のなかで1泊2千メレは確かに格安だった。
という訳でお手頃な3軒の宿は諦めて、私たちの最初の目標『お風呂の付いている宿(=とっても高級なお宿)』に来てみたんだけど、思い出されるのは、この街で2番目と3番目に高額な宿のドアパーソン。すっごく偉そうで感じが悪かったんだよね……。2番目と3番目がアレなんだから、1番目ともなるとどれほどのものか。
少し足が重くなった私だったけど、ハクの、
「次の宿がダメなら、もう野宿にゃ!」
の一言で腹が決まった。
行ってみてコスパに合わないと思ったら止めればいいだけの話。 その時は、お風呂付きの貸し物件がないか探してみるのもいいかもね!
フェンス越しに見えている庭は手入れが行き届いていてとても美しく、ハクも気に入ったようで、私の肩の上でごろごろとご機嫌に喉を鳴らしている。
(ライムと日向ぼっこをしたいのにゃ♪)
(うん、このお庭ならライムも気に入りそうだね!)
私たちが向かう先、門扉を守るように立っているドアパーソンは3人組で、2人は体格の良い若い男性。でも、もう1人は杖を突いた年配の男性だ。……杖を突いた足ではドアパーソンの職務は不都合だと思うんだけど、それでも姿勢よく立っている姿はさすが高級宿のドアパーソンだと納得させられるものがある。
なんとなく違和感を覚えながらも玄関に向かって歩いて行くと、3人のドアパーソンが私に気がついて視線がこちらを向いた。同時に、
「こんにちは! お美しいお嬢さま。 お供のね…、ト……? ……猫ちゃんでよろしいですか?」
年配のドアパーソンさんがにこやかに声を掛けてくれる。先の2軒とは違ってえらく好意的な態度だ。
「こんにちは! ええ、この仔は猫よ」
(僕は猫じゃないにゃーっっ!)
年配のドアパーソンさんはハクが❝虎❞だと気が付いたようだけど、せっかく❝猫❞って言ってくれているのだから❝猫❞で通すことにする。 ハクの抗議はスルーだ。
猫でも虎でも可愛いことに変わりはないんだから、別にいいよね?
「とても可愛らしいお供ですね。 本日はどういった御用でしょう?」
「私の従魔がこちらのお庭を気に入ったようなので、宿泊させていただこうかと。 お庭でこの仔たちを遊ばせることは可能かしら?」
ライムをハウスから出してやり、もう片方の肩に乗せながら聞いてみると、ドアパーソンさんは少しだけ目を瞠って2匹を見つめた後、にこやかに承諾してくれた。 ❝庭を荒らさなければ❞の条件付きだけどね。
身分証の提示を求められたので、どっちにしようかと迷いながら<冒険者ギルド>の登録プレートを取り出すと、
「冒険者のお客様でございましたか。 お嬢さまがもしもよろしければ、お時間のある時に冒険談などをお聞かせいただきたいものです」
ドアパーソンさんは目を輝かせながら私を見た。 たいして話せることはないんだけど、それでもかまわないなら。と了承すると、
「では、お嬢さまは今からわたくしのお客さまでございますね」
微笑みながら門を開けるように指示を出す。
私たちの話を聞いていた2人のドアパーソンが一瞬だけびっくりした顔で年配のドアパーソンさんを見ていたけど、何も言わずに門を開けてくれたので気にしない。
年配のドアパーソンさんがゆったりとした動作で玄関まで案内し、ドアを開けようとしてくれたので少しだけ待ってもらい、羽織っていたマントをインベントリに仕舞って自分たちに<クリーン>をかける。
なんとなく振り返った先にいる二人のドアパーソンが目を見開きながら私を見ていたが、それに気が付いた年配のドアパーソンさんが人差し指を横に振る動作をすると慌てたように表情を穏やかなものに変え、深く腰を折って私たちを見送る姿勢をとった。
それを見て満足そうに頷いたドアパーソンさんがゆったりと微笑みながらドアを開けてくれたので、私も微笑みを返しながら宿の中に入っていった。
中に入ると「再教育をいたしますのでご容赦を」とドアパーソンさんが謝ってくれたけど、私は何も不愉快な思いをしていないので「うちの仔たちの可愛らしさに見惚れたんでしょう? 多めに見てあげて」と軽く流しておいた。
その間にベルパーソンが案内の為に近づいて来たんだけど、年配のドアパーソンさんは視線1つでベルパーソンをその場に止め、自身で私をフロントまで案内してくれる。
不思議に思いながら後をついて行くと、ドアパーソンさんはフロントクラークに向かって、
「ご宿泊のお客さまです。空いている部屋の中で良い部屋にご案内しなさい。料金はスタンダードの料金をいただくように」
と指示を出した。
何がどうなってそんなことになっているのかと戸惑いを覚える私を置いて、女性のフロントクラークが、
「かしこまりました、支配人。スーペリアルームをご用意させていただきます。
お客様には身分証のご提示をお願いします」
何のためらいもなく承諾するので、びっくりしてしまう。
いや、それ以上にびっくりしたのは、
「おじいさん! あなた、ここの支配人だったの!?」
支配人と呼ばれる人が、ドアパーソンの制服を着て門の外に立っていたことだった。
何がなんだかわからない!!
ありがとうございました!




