❝弟子❞と❝生徒❞は別物です
解体で取れる<ヴェル>の素材はお腹の中の綿のようなものと魔石、表皮の3つ。
❝兄弟子❞ライモンドさんの解体講座はとても丁寧でわかりやすく、私はすぐにコツをつかむことができた。
(王都のギルドの部門責任者って結構なエリートだよね? マルゴさんってば、ネフ村の為にその地位を捨てたんだねぇ……)
(村長が頼りないせいにゃ~)
(オスカーさんは、マルゴさんについて行く為に王都のギルドマスターの地位を捨てちゃったんだ……)
(全部村長が悪いのにゃ!)
(いいな~~!)
(んにゃ?)
(ありす?)
正直なところあまりピンとは来ていないんだけど、<王都ギルドのマスター>と言う立場はかなりの尊敬と信頼を集めているようだ。 少なくても、一介の新人冒険者を無条件でCランクまで引き上げられるくらいには。
それを❝奥さんが田舎に引っ込むからついて行く❞と、あっさり辞めてしまったオスカーさんは、どれだけマルゴさんのことを愛しているのか。 「マルゴに捨てられる・マルゴに叱られる・マルゴに追い出される(のは嫌だ!)」などの言動から大体の想像は付いていたつもりだったけど、想像以上の愛妻家ぶりだった。
(素敵な夫婦だな~。憧れる……!)
(ああ、そういう事にゃ……。 (いっぱい稼ぐのを止めるのかと思ったにゃ…))
(オスカーさんみたいな素敵な人と恋愛したいな~♪)
(じゃあ、マルゴに負けないくらいイイ女になるにゃ!)
(うん、頑張る!!)
解体をしながらマルゴさん夫婦のことで頭をいっぱいにしていた私は、
「マルゴ姐さんの仕込みだけあってなかなかの手際だな。次はハウンドドッグもやってみろ」
私の手元のヴェルが、いつの間にかホーンラビットに代わっていたことに気が付かなかった。
「……あれ?」
(やっぱりきがついてなかったんだ~)
気が付いていたらしいライムに笑われながら、ライモンドさんに疑問の視線を投げると、
「あ? ああ、ちゃんと解体手数料は支払ってやるぞ? 可愛い妹弟子にタダ働きなんかさせるもんか!」
ちょっとズレた返事が返って来た。 いや、そうじゃなくて……。
(ライモンドは妹弟子の腕を確認するって言っていたのにゃ。 返事もしないで解体を続けるからおかしいと思ったのにゃ!)
私の考えていることが分かったのか、ハクが説明をしてくれたけど……。そんなことを聞いた記憶は欠片もない。
それでも目の前にある解体済みのホーンラビットを見ると、私の手はきちんと❝獲物が変わった❞と判断して動いていたようだけど。
言われるままにハウンドドッグの解体を進めていると、
「マルゴ姐さんとはどこで知り合ったんだ? お元気だったか?」
「アリスさんはゴブリンを全てギルドに持ちこんだらしいな? あれの解体は簡単だから今覚えるか?」
「マルゴ姐さんは、俺のことを何か言っていなかったか?」
「廃棄部分を処理してくれるなんて優秀なスライムだな~! うちでバイトしないか?」
「なあ、❝アリス❞って呼んでもいいだろう?」
堰を切ったように、ライモンドさんの怒涛の質問が始まった。
「たまたま立ち寄った村に、マルゴさんがいたの。 元気だったよ」
「ゴブリンはギルドに頼んだら良いってマルゴさんが教えてくれたの。だからこれからもギルドに頼むから大丈夫」
「マルゴさんとは短い時間しか一緒にいなかったから、ライモンドさんの話は出なかったよ。 私はマルゴさんが王都ギルドにいたってことも知らなかったくらいだし」
「うちのライムは優秀な上にとっても可愛いの♪ でも、貸し出しは不可!」
「マルゴさんは❝アリスさん❞って呼んでくれてたけど……。ライモンドさんは呼び捨てにしたいの?」
ハウンドドッグの解体はもう慣れたものなので、一つ一つに答えながらでも手元は狂わない。話しながらもじっと私の手元を見ていたライモンドさんからも「悪くない」の合格点を貰えたので、今度は私からの質問をぶつけてみる。
マルゴさんの凄腕エピソードからマルゴさんとライモンドさんの師弟関係。マルゴさんの❝弟子❞はどれくらいいるのか。ライモンドさんは弟子の中でどのくらいの腕前なのか。
「あ、それはパス」
「できないのか? だったら教えてやるよ。これくらい捌けないとマルゴ姐さんの弟子として恥ずかしいからな!」
ハウンドドッグの解体が終わったテーブルに、ドンッと置かれたのは小柄なオーク。質問に答えてくれながらも、私の腕の見極めは続いていたようだ。
素直に「できない」と答えると嬉々として解体ナイフを握る❝兄弟子・ライモンド❞さんは、❝妹弟子❞を仕込みたくて仕方がないらしいけど、
「私は❝弟子❞じゃなくて❝生徒❞だよ。本業は<冒険者>と<商人>。 だからマルゴさんは『ゴブリンと人型タイプは本業に任せて、他のことで稼ぐと良い』って言ってくれたの」
マルゴさんの名前を借りて、丁重にお断りをしておく。 ……人型タイプを狩るのには慣れたけど、解体はやっぱりできそうにない。
とても残念そうな顔のライモンドさんは、ハクからは、
(妹弟子の前でカッコつけたかったのにゃ~。 良い所を見せておいて、アリスがマルゴに会った時に伝えて欲しかったのにゃ!)
と見えるらしい。 だったら……、
「ねぇ、ライモンドさん。ライモンドさんはオークの解体はできるの?」
「当然だろう?」
「スフェーンの森の中心部にいる、❝おいしい❞オークも解体できる?」
「味が違っても体のつくりは同じだからな。当然できるぞ」
「だったら、これをこんな風にしてくれる?」
私が満面の笑顔で取り出したのは、❝おいしい❞オークが1体と1枚のお皿。お皿の上にはマルゴさんに切ってもらったオーク肉のスライスが乗っている。
「な、なんだぁ!?」
「マルゴさんに切ってもらった❝普通❞のオーク肉と森の中心部で狩ってきた❝おいしい❞オーク。 マルゴさんのいっぱいいる弟子の中でも上から3番目くらいの腕前のライモンドさんなら、これくらいできるでしょ?
もちろんちゃんと別料金を支払うからね!」
ちょっとだけ、意地悪なのは承知でお願いしてみる。 普通にお肉を解体するのにスライスする必要はないものね? これは<お肉屋さん>の領分だ。
でも、私はスライスしたお肉が欲しいの。
「なんなんだよ、この肉の薄さはっ!? チクショウ! さすがはマルゴ姐さんだぜっ。
……だが、俺はこんな薄切りをしたことないぞ」
「だったら、ワイルドボアから練習してみる? その後にオーク、おいしいオークの順ならどうかな? ワイルドボアはまだ解体していない個体、オークは枝肉の状態でよかったら教材として提供するよ?」
インベントリを開いてワイルドボア1体と、解体済のオーク肉を取り出して見せる。
ライモンドさんはしばらくの間、スライスしたオーク肉とオークの枝肉を睨みつけるように交互に見ていたが、
「せっかくの機会だ、やってみるか……!」
ニヤリと笑うとワイルドボアの解体に着手した。
(アリス。なかなかのワルになったのにゃ♪)
(ありす、おりこう~!)
(あはは。気がついちゃった?)
私が支払いを約束したのは❝おいしい❞オーク肉の分だけ。 ワイルドボアと普通のオークはタダでスライスしてもらえるんだ。 もちろん、教材として出したんだから失敗されても文句は言わないよ。ぶつ切りのお肉だって使いようはいくらだってあるからね。
そうやって腕を上げてもらってから、おいしいオーク肉をスライスしてもらえるんだから、私にとっては得しかない話だ。
もちろん、お礼はちゃんと別にするつもり!
スライスしてもらったお肉を使って、マルゴさんも気に入ってくれた<生姜焼き>なんてどうかなぁ?
ありがとうございました!
気がついたらブックマークが2000人を超えていました。
大福にとっては快挙です。 ありがとうございます♪
今後もよろしくお願いします!




