誤算……というより、思ってもみなかった
「あ、レベルアップしてる!」
疲れていた私たちは早々に部屋に戻り、寝る前の習慣になっている【複製】を行うことにした。
今夜のメインは<アラクネーの糸>! あまり遭遇したくない形の魔物なので、高級素材であるアラクネーの糸は複製に頼ることにしたのだ。
スレイとニールに任せれば簡単に狩ってくれることはわかっていても、あの姿を目に入れることが苦痛なので、今後は遭遇しないように避けて通るつもりだしね。
今までは1日に15回だった複製の上限が1日に20回になったので、そろそろ回数分使い切るのも大変になってきたんだけど、残すのももったいないので毎日使い切るようにしている。 使わなかった回数を貯めておけたら良かったんだけど、さすがにそこまで便利なものではないようだ。
【複製】スキルのお陰で大食いの従魔たちの胃袋を満足させられるのだから、ビジューには大感謝! これからも複製のメインは食材になるだろう。 早く色々な食材を手に入れたいな!
今日は森からの移動中ずっと眠っていたのに、まだまだ体は睡眠を欲しているようだ。 ベッドに入るとすぐに眠りに就くことができた。
……夢の中で両手でも抱えられないほど大きな魚を釣っていたのは、ハクが夢に割り込んできたからに違いない。 私が食いしん坊な訳ではないハズだ! ……そうだよね?
お腹を空かせたハクがザラザラの舌で私をナメナメして起こすのは、決して珍しくないことだ。 いつものことだと言ってもいいくらいには。
そのまま従魔たちとおはようのキスを交わし、クリーンを掛けた後に朝食にするのもいつものこと。 いつもの穏やかな朝の時間だ。
でも、今朝は部屋のドアを開けた途端に❝穏やかないつもの朝❞がどこかへ消えてしまった。
「おはよう、アリス! 私はパーティー○○の○○よ! うちは女ばかりのとっても安全なパーティーだから、是非加入してみない!?」
「Cランクになったんだってな? おめでとう! 俺は□□のリーダで、□□だ。 パーティーに興味があったら俺の所へ来ないか?」
「俺はBランクの△△だ。 アリスとならパーティーを組むのも悪くないと思って挨拶に来た。 パーティーに興味が沸いたら俺を思い出してくれなっ!」
「あたしのパーティーの方が!」
「いいや、俺のパーティーに!」
なぜか私の部屋の前に大勢の男女が屯していて、私を見るなりパーティーへの勧誘が始まったからだ……。
相手が1人、一組だけなら私も真面目に聞いてお断りの言葉を口にしただろうけど、パーティー全員で来ている所もあり大人数な上に、
「うるせぇんだよ! こっちはさっき寝たとこなんだ。少し静かにしてくれ!!」
お隣さんから苦情が来るほどの喧騒に立ち向かう気力はなかった。
自分の周りにファイアーボールをいくつか浮かべ(危険なことはわかってる。でも、それ以上に自分の身の危険を感じたんだよ!)、一定以上私に近寄らないように牽制しながら移動するのが精いっぱいだった。
……ファイアーボールに触れないように距離を置きながらも、パーティーへの勧誘を諦めない彼らの声を聞き流しながら1階に移動する。 昨日提出したスフェーンの森の素材の分け前をもらうためだ。 それと、この騒ぎの説明をしてもらうために。
……残念なことにディアーナは他の冒険者の応対をしていて、今すぐ私の相手をすることは無理のようだ。でも、
「おはようございます、アリスさん。昨夜はよく眠れましたか? ……朝からお疲れのようですね」
私に気が付いたシルヴァーノさんがカウンターから出て来てくれた。 それと同時に「ちぇっ、また後でな!」「考えておいてね!」「俺の顔を覚えていてくれよ!」と、それまでうるさかった冒険者たちが一斉に離れてくれたので、心からの感謝の視線を送ると、
「大変でしたね…。 ディアーナの手が空くまでは私が側にいるのでゆっくりできますよ」
苦笑をしながら今朝の騒動についての説明をしてくれる。
私たちが森へ行っている間に冒険者たちの間で私の治癒魔法とアイテムボックス(本当はインベントリ)の優秀さが評判となっていたことに加え、先に森から戻ったイルマやメラーニアから私の魔物狩りの腕が確かだと聞いた冒険者たちがパーティーのメンバーとして興味を持ってしまった。
そこ上、昨夜Cランクにランクアップしたことが広まり、私の価値が上昇に上昇を重ねて❝今のうちに手に入れないとライバルが増える!❞と焦りを抱いた冒険者たちが私のいない所で争奪戦を始め、すでに諍いが起きてしまっていたらしい。
そこでサブマスが❝アリス勧誘のルール❞を作り、❝勧誘は<冒険者ギルド>内のみ❞で❝職員と話をしていない時だけ❞。それを破ったら❝アリス勧誘の権利の失効とギルドからの制裁がある❞と周知させてくれたので、部屋の前で寝起き待ちをされる羽目になり、職員のシルヴァーノさんが側にいる今は静かになっている。ということらしい。
「ランクアップ、しなければ良かった……」
思わず昨日の自分を殴りたい衝動に駆られたけど、
(こんなことになるとは思わなかったのにゃ~。ごめんにゃ~……)
(ありす、ごめんね? ぼくたちがらんくあっぷしてっていったから…)
私の呟きを聞いた従魔たちがとても落ち込んだ様子でしょげた声を出すものだから、これ以上は何も言えなくなってしまった。
あまりにも悲しそうな様子に、
(ハクとライムは何も悪くないんだよ~? この騒ぎはギルド内にいる間だけの事みたいだし、仕事にも影響なさそうだからね。
私には従魔たちがいるからパーティーメンバーは不要だってわかれば、静かになるよ)
と言ったことで、
(僕たちがアリスを守る!)
(ぼくたちがありすをまもる)
2匹の❝ヤル気❞に火を点けてしまったことは誤算だったけど……。
ねえ、2匹とも! 私の頭の上で臨戦態勢をとるのはやめてくれないかな~っ!?
あ、危ないっ! 落ちちゃうよ!? 少しだけ落ち着こうね! 本当に落ちちゃうってば!
ありがとうございました!




