治療の対価 すでに貰っています
ルベンさんが娘のルシィさんを連れて戻って来たのは、肉の切り取りが終わる前だった。
「何かお手伝いできることがあれば、と思って来ちゃいました♪」
そう言って笑うルシィさんは、とても柔らかい雰囲気の女性だった。癒し系?
ただ、頭に包帯を巻いているのが痛々しい。
「頭、どうされたんですか?」
今日会った治療希望者の中にはいなかったけど…。
「これは、ハウンドドッグ退治の時にちょっと……」
「今日、お会いしていませんよね?」
どうして患者として会わなかったのかを聞こうとすると、ルベンさんが少しだけ表情を硬くした。
「かすり傷だ」
「ちょうど前髪で隠れる場所なの。治癒師様に診てもらうほどでも…」
「ルシィ、治癒師様じゃない。アリスさんだ」
「あ、すみません…」
いえいえ。 ルベンさん、訂正ありがとう!
「ルベンさんは、ご自分の娘だから遠慮していたんですね? 【ヒール・ダブル】」
1回でも治るけど、傷跡なんて少しも残らないように、念のためにダブルでヒールを掛けておく。
「え? ええっ!?」
傷はおでこ。目の上にいきなり光が飛び込んで来たら、驚くのも無理はない。
「ただのヒールです」
言い終わる前に、ルベンさんは包帯を毟り取っていた。 娘さんに対してそんな乱暴な……。
「綺麗に治っている…。 痕もない…」
可愛い女性の顔に傷跡なんか残さないよ~。 っていうか、痕に残るかもって思ってたなら、遠慮してないでもっと早く言って!
「対価に何を払えばいいんだ? 今から家に見に来るか?」
ルベンさんの言葉にルシィさんも慌て出した。
「家にお金になるようなものあるかなぁ? どうしよう!?」
勝手に治療をしたのに対価を払おうするなんて、2人とも律儀だなぁ……。
金物屋さんとの違いに嬉しくなって、ルシィさんに笑いかけた。
「治療費は、ルベンさんからいただいているので大丈夫です」
「何も払っていないぞ?」
ルベンさんは首を横に振るが、こういう実直な所が村でも信用を集めているんだろう。
「治療の際の案内と付き添いのお礼です。とても心強いので」
説明をすると、ルシィさんが泣き出した。
「治癒師さ」
「アリスです」
「アリスさん、ありがとうございます! ありがとうございます!!」
「お礼はお父さまに。対価を支払ってくれたのはお父さまですから」
「ありがとう! お父さん!」
ルシィさんはルベンさんに抱きついて大泣きだ。 気にしていないようなことを言っていたけど、やっぱり気になってたんだね。 女性だもん、当然だよ。
きれいに治って、本当によかった^^
「ついでだから、1頭全部、解体しちまったよ」
ルシィさんが泣き止むのとほぼ同時にマルゴさんの声がした。
いつの間に着替えたのか、血痕ひとつ付いていない。
「お疲れさまです。 ……いいタイミングで戻りましたね?」
どうしてもっと早く戻らなかったのかと視線で問いかけると、マルゴさんは小さな声で呟くように言った。
「……苦手なんだよ」
ルシィさんが泣いているところには戻って来たくなかった、と? 気持ちはわかる。 どうしていいか分からないよね。
「これがバラ、あとは、ロース、肩ロース、ヒレ、モモ、ウデ、ついでにボアトロ。脂身はどうする? いらなきゃライムちゃんに頼んでおくれ。 あとは毛皮に牙。それと、魔石」
初魔石GET!
「ありがとうございます! 脂身も要ります、大事です!
解体が終わるの、随分と早かったですけど、こんなに早く解体できるものなんですか?」
驚きをそのまま言葉にすると、マルゴさんは笑いながら胸を張った。
「ははっ! プロだからねぇ」
「お肉屋さんって凄いんですね! 明日は解体のご指導、よろしくお願いしますね?」
プロに直接教われるなんて、得したな♪
「マルゴおばさんは、冒険者ギルドの部門トップだった人よ? 直接解体を教わるなんて、街で自慢できるわね!」
泣き止んだルシィさんが言ったことが一瞬わからなかったが、ハクが詳しく教えてくれた。
(マルゴは<冒険者ギルド>で解体をしていたらしいにゃー。部門のトップなら腕は一流にゃ♪ きっちりと解体を教わって、肉・素材が1メレでも高く売れるように頑張るにゃ~!!)
元・魔物解体部門のトップで、現・肉屋なんて、プロ中のプロだ!
「マルゴさん! 解体の他に、魔物素材や売れる部位なんかも教えていただけますか!?」
「構わんよ。アリスさんがここにいる間に、教えられることは全部教えてやろう」
「うわぁ! ありがとうございます! この村に立ち寄って良かったです♪」
「これが詫びと礼になるなら安いもんさ」
マルゴさんが少しだけ困ったように笑った。
「マルゴさんがそこまで気になさらなくても…」
ヤラカシてくれたのは狸であって、マルゴさんじゃない。
不思議に思っていると、不本意そうにマルゴさんは言った。
「言いたかないが、あのボケは、アタシの弟なんだよ…」
! まさかの血縁関係!?
「だったら、マルゴさんが村長をされた方が良かったんじゃないですか?」
(そうにゃ! ヤツよりマルゴの方が村長にふさわしいにゃ!!)
ハクと頷き合っていると、
「詳しい話は飯を食いながらにしたらどうだ?」
ルベンさんが軌道修正してくれた。
(そうにゃ! ルベンは良いをこと言ったにゃ! 早くごはんにするにゃ~♪)
「私はバラ肉とボアトロを焼こうと思いますが、皆さん他に食べたい部位はありますか?」
「他のお肉もいいの!? 家から野菜を持ってきたから、ウデと煮込んでいいかしら?」
「野菜を持ってきてくれたんですか!? うれしいです! どうぞ、好きなところを好きなだけ使ってください♪」
「アリスさん、本当に良いのかい? 遠慮しないよ?」
マルゴさんが少しだけ驚いたように聞くけど、気にしない♪
「どうぞどうぞ! いっぱい作って残ったら、明日の朝ごはんにしてもいいですね♪」
ハクとライムにおいしいものを食べさせてあげられるなら、今日は1頭全部使っても良いんだよ~^^
3人いれば、3種類作れてお得だね!
「じゃあ、アタシはロースと野菜を醤油炒めにしようかね」
「醤油炒め!?」
“醤油”と聞いた途端に大声を出した私に、マルゴさんは心配そうに聞いた。
「嫌いだったかい?」
違う、嫌いじゃない! そうじゃない!
「醤油、あるんですか……?」
「あるよ? どうした?」
醤油がある! 異世界なのに、醤油がある!
「欲しかったんです! もしかして、味噌もありますか?」
1件目の患者さんのお家にはなかったし、他の家を回ったときも気がつかなかった。 明日は治療費として醤油と味噌をもらおう♪
「醤油はあるけど、ミソはないよ。どんなものなんだい?」
「穀物を塩と麹で発酵させたものです。醤油があるなら味噌もあるかと思ったんですが…」
味噌はないのか……。 日本では、味噌の上澄みを掬って醤油としていたこともあるくらいだから、セットであると思ってた……。
「ああ、醤油もまだこの国じゃ珍しいからね。ミソも探せばあるんじゃないか?」
輸入物かな? 探してみよう!
「じゃあ、ここでは醤油は手に入り難いんですね? 使ってもいいんですか?」
「家にあるものは好きに使ったらいいさ」
「マルゴさん、太っ腹っ!」
「「「アリスさんもな」」ね…」
……私は肉しか提供できないよ?
必要な分以外はインベントリにしまって、早速調理を始める。
隅っこで寂しげにしていた従魔2匹は、ルベンさんが遊んでくれているから安心だ。
最初にライムを紹介した時はびっくりされたがすぐに慣れてくれて、藁を丸めたものを投げては『取って来い』をしている。ハクもライムも楽しそうだ。
ライムが藁を溶かさずに普通に運んでいることには、みんなも驚いていた。 うちのライムはやっぱり頭が良いらしく、私の頬は緩みっぱなしだ。
私が作るのは、焼肉もどき。 バラ肉とボアトロを焼肉用にカットして焼くだけの簡単おかずだ。
今回は酒(マルゴさん提供)に漬けておき、塩と胡椒(マルゴさん提供)で味をつけて焼くだけなんだけど、ボアに酒を揉み込んでいる私の手が“この肉は柔らかくておいしいぞ”と教えてくれる。 焼くのが楽しみだ♪
漬け込む時間が暇なので、明日の朝食用にしょうが焼きを作っておくことにした。
マルゴさんの作る“醤油焼き”とかぶってしまうが、食べるのは明日だし、まあ、いいだろう。
包丁もフライパンも、金物屋からの対価は初日から大活躍だ♪
ルベンさん提供の『生姜』はこの村では風邪の薬らしいが、持って来てくれた野菜かごに入っていたので遠慮なく使わせてもらう。
生姜焼きは弟の好物のひとつだったので、私の得意料理だ。多少足りないものがあっても、おいしくできるはず♪
出来上がったしょうが焼きをフライパンごとインベントリに入れて(視線を感じたのは気のせい?)、肉を焼き始めると、ハクとライムがルベンさんと一緒に戻ってきた。
マルゴさんの醤油焼きも出来上がり、ルシィさんの煮込みは食事の途中までゆっくりと煮込んでおくので、仕度は完了!
うっかりご飯を炊くのを忘れていたけど、もう、我慢できない!
「いただきましょう!」
声をかけると、マルゴさん、ルベンさん、ルシィさんが食前の祈りを始めたので、最後の小節を待って、
「いただきます♪」
私も手を合わせた。
「んにゃん♪」
「ぷっきゅ♪」
従魔たちがきちんと食前の挨拶をしている姿が可愛くて、もともと和やかだった雰囲気がますます和み、楽しい食事の時間になった。
マルゴさんの醤油焼きもルシィさんの煮込みもとても美味しくて、私のお手軽なフライパン焼肉もどきも楽しんでもらえたようだ。
「「おいしい!」わ!」
「「うまい!」ね!」
(おいしいにゃぁ♪)
(ぷきゃー♪)
ボア肉ばかりだったけど、マルゴさんの調味料とルベンさん親子の野菜のおかげで、飽きずにおいしい食事が楽しめた。
ありがとうございました!




