馬具職人 1
「これを親父に渡してくれ」
この店の親方さんがすまなそうな顔をしながら渡してくれたのは❝紹介状❞。
若い職人さんが親方さんの拳骨の痛みに呻いている間に、私と親方さんはスレイとニールの馬具の相談をしていたんだけど……、話が決まる前に、若い職人さんが復活してしまったのだ。
ガバッと勢いよく立ち上がると同時に馬種の中で<スレイプニル>がいかに優れた種族なのかを熱弁し、2頭に相応しいのは美しい宝石を使った馬具だとデザインまで描き始めた所で、もう一度親方さんから拳骨を食らって床に転がる羽目になった。
スレイとニールに宝石付きの馬具が欲しいかと聞いてみたけど、2頭とも(光るだけの石ころになんの価値がある)という認識だったので、職人さんの作りたい馬具は私たちには必要ない。
私たちが彼のデザインに興味がないことを理解し、気を失いながらもデザイン画を握りしめている職人さんを見て、親方さんは何かを諦めるように首を横に振る。
「すまんなぁ……。 こいつは普段はもっと冷静な奴なんだが、お嬢さんの連れているスレイプニルがあまりにも綺麗なものだから、理性が壊れちまってるようだ。
親父の店を紹介させてもらうから、そっちへ行ってくれないか?」
苦笑しながら職人さんを見下ろして「見込みは十分にあるやつなんだがなぁ…」と残念そうに言う親方さんに、私も苦笑を返すしかない。
親方さんがこんな風に庇うってことは、この職人さんは<スレイプニル>に対する情熱が溢れすぎているだけで悪い人ではないのだろうし、親方さんのお父さまはこの街で一番の馬具職人らしいので、そこを紹介してもらえるのは結果としてはラッキーな話だしね。
紹介状を受け取った私たちは若い職人さんが復活してしまう前に、早々に親方さんの店を後にした。
……あの時セラフィーノが躊躇していたのは、もしかしたらこうなるかもって予測していたからだよね?
事前情報、欲しかったな……。
渡された地図を頼りに見つけたお店は、裏通りにあるあまり大きくはない工房だった。 街で一番の馬具職人のお店だと聞いて想像していたのとはちょっと違うけど、ここで間違いはないはずだ。
先ほどのことを教訓にして、紹介されたお店にはスレイプニルたちで乗り付けるのはやめておく。
お店からは見えない所にスレイ達を待たせておいて、私とハクとライムだけで玄関の戸を叩く。
出てきた小僧さんに馬具を作って欲しい旨を伝えると、とても申し訳なさそうな顔で「この先3年以上の予約が詰まっている」と言われたが、さっきのお店でもらった紹介状を渡すとびっくりしたような顔で受け取って奥に引っ込んだ。
息子さんからお父さんへの紹介状で何をそんなに驚くのかと思いながらそのまましばらく待っていると、この店の店主らしい人がわざわざ玄関まで出て来てくれた。
痩身で白髪。一見すると❝おじいさん❞なんだけど、おじいさんと呼ぶのは憚られる程の生命力に溢れた職人さんだ。
職人さんは私をじいぃぃぃっと観察するように頭のてっぺんからつま先にまで視線を巡らせてから、おもむろに口を開いた。
「愚息からの手紙には<スレイプニル>2頭分の馬具を作って欲しいとあったが、嬢ちゃんの従魔で間違いないか?」
「ええ。間違いないわ」
「どこにいる? 連れてこなかったのか?」
「いるわよ。あそこ」
「!? なんだってあんなに離れた所で待たせているんだ! スレイプニルだろう!? 盗まれたらどうするつもりだ!?」
スレイとニールを待たせている方を指差すと、職人さんは身を乗り出して視線をスレイ達に固定しながら私を叱りつける。
言い方は乱暴だけど、スレイ達のことを心配してくれているのがわかるから腹は立たない。
大丈夫だと答える代わりに指笛を吹いて2頭を呼び寄せたんだけど、
「こいつは見事な青毛と白毛だなぁ…。この体躯にこの毛並み……。国王陛下の愛馬だと言われても納得できるほどの上玉じゃあねぇか! 常に目の届く所にいさせないと、騒動の元になるぞ」
スレイとニールを間近でみた職人さんは、ますます心配を深くしてしまう。
簡単に誘拐されるほど素直な仔たちでもないんだけどね? でも、気持ちがありがたいから素直にお礼を言って、今後は気を付けることを約束すると、職人さんは安心したように笑って大きく頷きながら店の中に招いてくれた。
「3年も待てないから、他の職人さんを紹介してもらえない?」
街で一番の職人さんにこんなことを頼むのは図々しいかなぁ?と思いながらもお願いを口にした私に、職人さんは首を大きく横に振った。
「アイツからの紹介状を持って来た嬢ちゃんの依頼を後回しになんかしねぇさ。
第一、こんな上玉の馬具が作れる機会なんて早々あるもんじゃねぇんだ。他の奴に譲ってたまるかよ!」
カカカッと笑いながら言ってくれるのは嬉しいんだけど、本当に大丈夫なのか?後からトラブルにならないか?と不安に思っていると、
「あの頑固者は俺の息子であり弟子でもあるんだ。 だから独立した今は、師匠である俺に客を紹介するなんてことは滅多にしねぇ。 弟子が困ったときに助けるのは師匠の特権ってやつだぜ、嬢ちゃん」
と不敵に笑って言うので、遠慮なく、順番待ちに割り込みを入れさせてもらうことにした。
それにしても、貴族の依頼などで向こう3年間は予約でいっぱいの街一番の馬具職人さんに、割り込みを掛けさせる紹介状。 いくら親子といってもちょっと凄いよね? どんな書き方をしていたのか気になるな~!
ありがとうございました!
皆さまからの誤字報告、大変助かっております。
ありがとうございます!




