従魔登録 2
従魔登録は書類の記入だけですむだろう、と思っていた私が甘かった……。
ディアーナさんに案内されて室内訓練場へ向かうと、その中央に一人の男性が座り込んでいて、
「ここは森だ。俺は足を負傷していて動けない。お前と従魔たちで俺を助けてくれ。 …いたたたたたたっ! 助けてくれ~」
といきなりロープレが始まった。 でも、
「ねえ、初対面の人をお前呼ばわりはどうなの?」
「あ?」
「ギルドの職員と冒険者は対等じゃないの? どうしてお前よばわりなの?」
人間関係、最初が肝心だよね? 人によっては❝そんなこと?❞かもしれないけど、私にとっては不愉快な呼ばれ方だから、きっちりと抗議しておく。
見ていたディアーナさんは感情の読めないおすまし顔で何も言わない。 なので、私を止めるつもりはないと判断して、
「ギルド職員と冒険者なら、職員のおまえの方が偉いの?
男と女なら、男のおまえの方が偉いの?
おまえの方が年上のようだから、年下の私よりもおまえの方が偉いの?」
質問を重ねてみた。
ちょっと嫌味っぽいかな?と思っていたから、職員さんが、
「……むかつくな」
と呟いた時には、心の中で(ごめんね)と謝ったんだけど、
「確かに不愉快だな。わかった。 ……俺は人を❝さん付け❞で呼ぶのは苦手なんだ。だからあんたのことをアリスと呼びたい。 俺のことはセラフィーノと呼んでくれ」
片手で後頭部を掻きながら、照れ臭そうに言ってくれた。
「ありがとう、セラフィーノ。 ……綺麗な響きの名前ね」
「そうか? そんな風に言われるのは初めてだが、悪い気はしないな」
ここでは普通に男性の名前なんだろうけど私の耳にはとても綺麗な響きに聞こえるので、もう一度呼びたくて、
「これからよろしくね! セラフィーノ!」
と呼びかけると、セラフィーノの返事よりも一拍はやく、
「ずるいわ、セラフィーノ! 私もディアーナと呼ばれたいのに!」
ディアーナさんがふくれっ面で抗議の声をあげた。
「こういう場合、多くのテイマーたちは『行け! お前たち』と指示を出すんだが、アリスは従魔を何と呼ぶんだ?」
ディアーナさんともお互いを呼び捨てにすることになり、お互いに照れながらお互いの名前を呼び合うこと数回。 セラフィーノが苦笑しながら割り込んできた。
「ん? 普通に名前で。 この猫が『ハク』、スライムが『ライム』、スレイプニルが『スレイ』と『ニール』。
スレイとニールはまだ従魔になったばかりだから、して欲しいことを一つ一つ指示するけど、ハクとライムはある程度自分で判断してくれるから、『行け!』なんて指示を出すことはあまりないかなぁ」
4匹をそれぞれになでなでしながら答えると、
「ネーミングセンス……」
「凄いわ! お利口なのね!」
呆れた声と感心したような声が重なった。
どっちがどっちの発言かは言わないけどね。 ハクがどっちの発言に対して深く頷いているのかも、気にしないけどね……。
気を取り直したセラフィーノが、「主の意向を判断できる従魔なのか? その賢さを俺にも見せてくれ」と言ったので、試験(?)を再開することになった。
痛がる演技をするセラフィーノを見て、私が「助けに行こう!」と声を掛けると、従魔たちが一斉に走り出す。
……と思っていたんだけど、従魔たちは、誰もセラフィーノに近づこうとしなかった。
スレイとニールが私の両側に移動して来る。それを確認したハクとライムがそれぞれ私の2歩分前に出て、ハクは毛を逆立てて呻り出し、ライムは縦横斜めに伸び縮みをしながら威嚇しているようだ。
「どうしたの?」
と声を掛けると、ハクが「ガルルルルルルッ」と牙をむき出し、ライムがセラフィーノのいる方角へ酸を飛ばした。 従魔たちの常にない反応に驚いている私を置いてけぼりにして、ハクが「ガウッ」と一声鳴くと、今度はニールが足を畳んで身をかがめ、スレイが鼻で私を押すようにしてニールの上に座らせた。
ニールが立ち上がり3歩後ろに下がった所で、もう一度どうしたのかと聞いてみると、
「ガルルルルルルっ!(森の中で1人、怪我もしていないのに助けを求めているアイツは怪しいヤツなのにゃ!)」
「ぷきゅぅ、ぷきゅきゅっ」(あんぜんだとわかるまで、あいつをありすにはちかづけないっ)
面白がっているのが丸わかりの心話が届く。 なるほど、だから❝威嚇❞しながら❝逃げる準備❞をしているのか。
だったら私も警戒ているフリをしないと、後でハクに叱られてしまうな。
「どこを怪我しているというの? 健康にしか見えないけど?」
「………俺を怪しんでいる設定なのか? …怪我はフリだと見抜いていると?
アリスが指示しているようには見えなかった。 あのちっこい猫が司令塔なのか? おいおい、嘘だろう!?」
ハクの意図を理解したのか、セラフィーノが思わず立ち上がってこちらに近づこうとする。
❝じゅじゅっ!❞
「おわっ!」
その途端にライムがセラフィーノの前方に向かって酸を吐き出した。 ……セラフィーノに掛からない様に、離れた所に吐き出すのはライムの賢さと優しさの賜物だな。 後でいっぱい褒めてあげないと!
ライムの威嚇に立ち止まったセラフィーノは、内心で鼻高々な私には気が付かずにハク達を穴が開きそうなほど凝視していた。
「テイマーの指示は❝助けに行こう❞なのに、俺を怪しんだ従魔たちは指示を無視してテイマーを守る為の行動を取るのか…。
アリス! それと従魔たち! 今度は本当に俺が怪我人だと思って助けてくれないか?」
顎をさすりながら次の指示を出したセラフィーノに、ハクはいかにも面倒だと言いたげに一声鳴くと❝タタタッ❞と駆け出してセラフィーノが投げ出している方の足の側で立ち止まる。
可愛らしい肉きゅうで怪我をしている設定の足を軽く叩くと、今度はこちらを向いて「にゃん!」と鳴いた。
すると今度は、ニールが私を降ろしてスレイの方へ押しやる。こちらに移動して来たライムを肩に乗せ、スレイに乗った私を確認するとセラフィーノの方へ近づいて行き、………セラフィーノの服の首元を上手に咥えて、セラフィーノを持ちあげる。
いや、それって、きっと苦しいんじゃないかなぁ…? 見ていた私がそう思ったのと、
「おいおい、随分と扱いに差があるじゃないか! 俺は怪我人なんだぞ?」
セラフィーノが苦しそうに声をあげるのはほぼ同時だった。
(今回はこれで十分なのにゃ!)
❝やり切った!❞と満足げな従魔たちを見て、拍手をしているディアーナは、なかなかにいい性格をしているのかもしれないなぁ♪
ありがとうございました!




