打ち合わせ?
新しく担当になってくれたシルヴァーノさんが牽制してくれたおかげで、私たちはゆっくりと朝食を摂ることができた。
でも、ディアーナさんの視線はハクとライムに釘付けだ。 わかるよ~。不思議だよね! この2匹の食べる量。
「なくなっちゃうよ?」
2匹がほとんどを食べ尽くしてしまったのでおかわりを用意しながら声を掛けると、ディアーナさんは弾けるように笑い出した。
「朝からこんなに食べるのかとびっくりしていたのに、まだ食べるんですか!? こんなに小さくて可愛らしい体のどこに入ってるのかしら!」
「うん。私も常々不思議に思ってるの。 体積の何倍も食べてるのって、不思議だよね? お腹の中にアイテムボックスでもあるみたい」
目の前の光景に慣れたのか、ハクとライムの食欲に釣られたのか、やっとディアーナさんが食事に手を付ける。 食事を始めてからコーヒーを一口飲んだきりだったので、出した料理が好みに合わなかったのかと心配していたんだけど、
「なに、これ!? ふわふわでとろとろ~っ! やだ、美味しい~~っ!!」
さっきまでの丁寧な口調をどこかに放り投げていることに気付かずに、嬉しそうにフォークを進める様子を見て安心した。
「ヨーグルトの中に桃まで! 高級品じゃないの……。 夢、なのかしら?」
スプーンで掬った桃を見つめながら、ぶつぶつと呟いているディアーナさんに、
「おかわりあるよ。遠慮しないで言ってね?」
と声を掛けるとハッとしたように私を見て、頬を染めた。
「すみません。私のお給金では簡単には手が出ない高級品なもので、舞い上がってしまいました」
恥ずかしそうに言われたことで、やっと桃の価値がわかる。でも、まあ、
「奢るって約束だったんだから遠慮しないでよ。 それに元はタダだしね」
どんなに高級品でも私が採取したものだから元手はかかっていない上に、昨夜も大量に複製しておいたから、インベントリの中にまだまだたくさん入っている。
にっこりと笑いながら、私も一口。 うん、甘みがたっぷりで果肉がジューシー。 お日様の元で完熟した最高級の桃の味だ♪
皮を剥くときも綺麗にツルンと向けたし味も良い。 綺麗でおいしいおやつが作れそうだと、頭の中でレシピを考えていると、
「では、オークをお1人で?」
ディアーナさんが驚いたように身を乗り出した。
さすがはディアーナさん。 <冒険者ギルド>の受付なら、この桃を採取する為にオークを倒す必要があることは知っていて当然だろうけど、❝誰かに貰った❞とか❝その時はパーティーを組んでいた❞とか言わずに、私が1人で倒したのかと聞いてくれることに、彼女の受付としての優秀さが測れる。
冒険者を不愉快にさせないことは受付の基本だよね。 彼女が担当になってくれて私は本当にラッキーだ!
にっこり笑って肯定すると、ディアーナさんは口元に手を当てて少しの間だけ私を見つめたけど、すぐに意識を切り替えて、
「では、遠慮なくいただきます。 ん~…、美味しくて幸せぇ……」
パクリと桃を口にして、本当に幸せそうな顔で堪能している。 ごちそうし甲斐のある人だな♪
ハクとライムもディアーナさんの反応に気を良くしたのか、「これもお食べ」とばかりに照り焼きハーピーサンドのお皿を彼女の前に移動させた。 すっかり❝仲間扱い❞になっているなぁ。随分と気に入ったみたいだ。
2匹の行動に気が付いたディアーナさんは、驚きながらも嬉しそうに2匹をなでなでしながら感謝の言葉を告げてくれるので、2匹も満足そうだ。
「すごく美味しい! ……仕事終わりの疲れた状態でこんなに食べられるなんて、自分の体が不思議です」
「仕事あがりのディアーナがそんなに食べるなんて、いったいどんな味なんだ?」
スプーンを持っていない方の手でお腹を押さえながら言ったディアーナさんの言葉に、男の人の声が重なった。
「マスター……。 昨夜の騒動を放置したあなたの質問には答えません!」
そんなに、って言うほど食べていないと思うんだけど、私の感覚がおかしいのかなぁ? 朝から旺盛な食欲を見せていたマルタの顔を思い出したけど、冒険者とギルド職員の食事量を同じに考えたらダメだよね。
鼻をくんくんひくひくさせながら寄って来た酒場のマスター…、今は食堂の親父さん?をすげなくあしらうディアーナさんに心の中で拍手を送る。
「こんな別嬪が冒険者なんぞをやっとったら、あれくらいのことは珍しくないだろう? 軽く捌けないとこの先やって行くのは難しいからな。もちろん、1人で捌けないようなら仲裁に入るつもりだったぞ」
と言い訳をするマスターが「この顔であんな処理をするとは思わなかったけどな」と苦笑交じりに言ったことに興味を持った。 他の女性冒険者はどんな対応をするんだろう?
聞いてみようと口を開きかける私より一拍速く、
「それでも、俺の店の客が不愉快な思いをさせたことは申し訳なかった。 すまなかったな」
マスターが私に向かって頭を下げる方が早かった。それに、
「マスターが素直に頭を下げるなんて!」
とディアーナさんが驚愕の声を上げたことで、質問をするタイミングを逃がしてしまった。
「俺だって、悪いと思ったら謝るぞ! ……だから、今食っているものの味をだな」
「それが狙いですかっ! ダメです。教えません! 美味しい食事の邪魔をしないでください」
「ディアーナはもう、勤務時間外だろう!? 今は飯食ってただけじゃないか! 普段は1杯のカフェと2~3枚のビスコッティを持て余しているお前がそんなに嬉しそうに食ってるんだ。気になるじゃないか!」
「これから打ち合わせをするんです。 その後でサブマスターへの報告も予定しているのでのんびりしている時間はありません。 さあ、邪魔しないでくださいね?」
黙って聞いていると、私が口を挟む余地もなく、ディアーナさんがマスターを追い払ってしまった。 ほんの少しだけ気の毒な気もするけど……、まあ、いっか。 確かに昨夜は不愉快だったしね。
「サブマスターとの打ち合わせが入っていたの? だったら」
「のんびりと無駄話をする時間はないけど、ゆっくりと食事をする時間はありますよ。サブマスターも、アリスさんの時間が空いた時で良いと言っていますので」
忙しいディアーナさんを引き留めて申し訳なかったと思いながら声を掛けると、意外なことを言われた。
「報告って、私も行くの?」
少しだけビックリしながら確認すると、
「ゴブリンの群れの件の詳しい報告をしに行くので、同席をお願いします」
小声で両手を合わせてお願いされた。 ……そのしぐさ、こっちでもあるんだね。なんだか懐かしいよ。
「ゆっくりと食事を楽しんだ後、ね?」
了承の言葉の代わりにおかわりの桃を出して微笑むと、ディアーナさんも嬉しそうに笑顔を返してくれた。
了承の返事が嬉しかったのか、桃が嬉しかったのか…。 桃のような気がするなぁ^^
本日もお読みいただいて、ありがとうございました。
いろいろと大変な昨今ですが……、乗り切りましょう!
お体にはくれぐれもお気をつけください!




