和解
腕の中のハクとライムを起こさない様に、気を付けながら身じろいだんだけど、
「おはようにゃ」
「おはよー」
私の可愛い従魔たちを起こすことになってしまった。
「うん、おはよう! …起こしてごめんね」
❝おはようのキス❞を交わしながら謝ると、2匹は少しだけ困ったように私の体の心配をしてくれる。
……いつもライムのぷるぷるボディで甘やかされていた私には、ギルドの宿のベッドが少し硬かったことに気が付いているようだ。
ライムがベッドと私の間に入ろうとしてくれたらしいんだけど、私が2匹を抱き込んで離さなかったらしい。 ……寝る時に2匹を抱き枕にしたのは私だからライムにはなんの非もないのに、どうにもしょんぼりとした様子が伝わってきて胸が痛む。
いつもの元気なライムに戻って欲しくて❝お目覚❞のアイスボールを出すと、ハクが嬉しそうに私の頬をぺろぺろと舐めた。ハクとしても、ライムの元気がないのは気になるようだ。
可愛いハクにもおむすびを出してあげる。朝ごはんの前だけど、ハクの胃袋なら問題ないだろう。
簡単に身支度を整えて1階に下りると、酒場は食堂に様変わりをしていた。 お酒を飲んでいる人はほとんどいなくて、代わりに食事をしながら依頼の打ち合わせをしているパーティーが目立つ。
なんとなく、どんな人たちがいるのかと視線を巡らせながら受付に向かっていると、舌打ちの音と共に「朝から男漁りはやめて欲しいねぇ」と言う不機嫌そうな声が投げかけられた。
声の主を探して、こちらを値踏みするように上から下まで視線を這わせてくる女性を見つける。
ギルド内だからとマントを羽織らず、<鴉>をインベントリに仕舞ったまま降りてきたのは失敗だったかな?
装備の上からでもわかる見事な筋肉を持った彼女は私の顔をじっと睨むように見つめ、流威がくれたネックレスに目を見張り、ビジューこだわりの装備(ミニ丈の着物ドレスとロングブーツ)に目を留めると「娼婦? それにしては……」と呟いた。
今まで<コンパニオン>に間違われて事はあったけど<娼婦>に間違われたのは初めてだ。さすがに驚きながら心の中で(ビジュー…、目立つと損だよ!)と愚痴りながら、どう訂正するかを考えていると、
「その人は娼婦でもコンパニオンでもねぇよ! 【治癒魔法】を使いこなす立派な<冒険者>だ。偏見で見てると後で恥かくぞ!」
背後から私を庇ってくれる声がした。
一瞬だけイザックかな?と思ったけど声が違う。 昨日来たばかりの私を庇ってくれるなんて、どんな人なのかと振り返って見ると、
「昨日は本当にすまなかった。あんたに絡んだ昨日の俺を殴ってやりたいよ……。 それなのにきっちりと治療してくれたこと、本当に感謝してる」
昨夜、私が腕を切り飛ばした冒険者だった。
……夜と朝で人格が変わるのか?と思ったくらいに雰囲気が違う。 なんていうか、❝まとも❞な冒険者に見えてびっくりだ。
パーティーのメンバーも一緒にいたようで、さっきの彼女に私のことを説明してくれている。 ……私のことだけど、私の出る幕はなさそうだ。
微笑みで謝罪を受け取り、助けてくれた感謝を伝えてから受付に行こうとすると、突然腕を掴まれた。
……謝ってくれたのにまた昨夜の繰り返し?と思いながら視線をとがらせると、
「俺に何かできることはないか!? 兄貴の治療の礼と俺のしたことの詫びに、俺にできることは何でもするぞ!」
昨日とはまるで違う言葉を聞かされて、目が点になる。
「<商人>として仕事をしただけだから気にしないで。対価はちゃんと受け取っているし」
と言ったら捨てられた子犬のような視線を向けられて、思わず苦笑する。 ……まいったなぁ。
何でもする、と言われても特にして欲しいことは……、あった!
「じゃあ、噂を広めて欲しい。 昨日、冒険者登録をしたアリスって女は金にうるさい嫌なヤツだから、絡むと損をするって!」
私は誰かとパーティーを組むつもりはないし、このギルドで困ったことがあれば担当職員がいるので悪い噂を流しても何の問題もない。名案だ!と満面の笑みで彼を見つめると、彼は呆然と目を見開き、しばらく口を開けたまま呆けていたんだけど、覚醒したと思ったら、
「うおぉぉぉぉ! 俺には……、俺にはできねぇ! 嘘でもあんたを悪くなんて言えねぇよぉぉぉ……!」
突然吼えて、近くの壁に頭をゴツゴツとぶつけ出してしまった。
「は!? ちょっと何してるの!? 私に腕を切り飛ばされた上に高い治療費を払わされたあなたなら、別に難しいことじゃないでしょ?」
驚いて彼をとめたけど、こちらを振り向いた彼は涙まで流して私のお願いを拒否する。
「昨夜は酔っ払ってたけど、それでも覚えてるぞ! 腕を飛ばされたのは俺があんたに八つ当たりをしたせいだし、治療費は適正だった。 ……くそ不味い<造血薬>だけはちょっとアレだけど効き目は抜群で、俺は今ピンピンしてる。
その上兄貴を助けてくれたあんたを、どうやったら悪く言えるだよぉぉぉ!」
涙と鼻水で顔を崩してまた壁に頭をぶつけようとするのを、彼のパーティーのリーダーが止めてくれた。
彼女との話は終わったらしく、彼女はバツの悪そうな顔でこちらを見ている。 わかってくれたのならいいんだよ~。
ハクとライムもそれほど怒っていなかったので彼女のことはさっさと忘れて、困ったようにこちらを見ている彼らに目を戻す。
メンバーが彼をなだめている間にリーダーが色々と説明をしてくれたんだけど、昨日は色々とあったようだ。
昨夜、大掛かりな盗賊の討伐があったことは私も知っている。 その討伐に泣いている彼(『バルトロメーオ』というらしい)のお兄さんが参加するので、バルトロメーオも参加を希望したのだけど、彼らのパーティーは魔物の討伐依頼を済ませてギルドに戻ったばかりだったので、疲労度を考慮したギルマスから許可が下りなかった。 ギルマス達がギルドを出る直前に戻ったのならそれも仕方がないことだと思うんだけど、お兄さんのことが心配なバルトロメーオは拗ねて飲んだくれてしまったらしい。
ちなみに、彼らのパーティーが持っていたポーションは全て彼のお兄さんに渡してしまい、他の冒険者たちも参加できない自分の代わりにと、ギルマス達に手持ちのポーションを渡してしまっていたので局地的なポーション不足が起こっていたようだ。
事情が分かれば彼らの行動にもギルマスの行動にも情状酌量の余地があるな……。 昨夜の私の行動に後悔はないけどね!
でも、バルトロメーオのお兄さんの治療時に、リカバー1回で治せなかったのは私の実力不足だから値引きをしたけど、<治癒士>たちは回数で治療費を足し算した後に割り増しをするらしく、それを聞いたハクから叱られたのでちょっとだけ反省しておいた。
ちょっとだけね! 足し算はわかるけど、割り増しは理解できないもん。
ありがとうございました!




