襲撃者 2
今、私の目の前には、神妙な表情で廊下に正座をしている4匹の熊…、もとい、4人の男たちがいる。
「早く治療をしてやらないと、あいつが死んじまうんだ…」
「ああ、事情は聞いたよ。 おまえの気持ちはわたしには痛いほどわかる。
でも、さっき冒険者登録をしたばかりのお嬢さんには何の関係もないことだ。それなのに、安心して眠っている所を、オウルベアのようなおまえたちに突然襲われたお嬢さんの恐怖がおまえたちに理解できるか? お嬢さんを起こしたいなら、どうして女性職員かわたしに声を掛けなかった?」
鞭を手に持ったまま仁王立ちしている彼女に叱られた男たちは、大きな体を小さくしながら反省しているが、その表情には焦りの色を張り付かせたままだ。
……何があったのか少しだけ気になってきた。
「……すまん。全部俺が悪い」
「姐さん、違うんだ! ギルマスじゃない。俺が悪いんだ……。
受付のビーチェが彼女のことを❝治癒魔法を売りにして冒険者にたかる女❞だと言っていたのを聞いて、てっきりそういう女だと思い込んじまった。それをそのままギルマスに伝えちまったんだ。だったら高ランクの俺たちが迎えに来た方が印象が良くなると思って……。
こんなまっとうな……、こんなに有能なヤツをコンパニオン志望だと勘違いして、本当にすまないことを……」
❝姐さん❞と呼ばれた女性に説明をした男性が、とても気まずそうな顔でこちらを向いて頭を下げる。
「その報告をビーチェからのものだとは思わずに、そのまま信じ込んでこんな真似をした俺が悪いんだ。焦っていたとはいえ、本当にすまなかった!」
その隣でギルマスと呼ばれた大熊が両手をついて頭を下げた。 ……まま動かない。
「バカだね。でも、他の奴らに裏付けを取る余裕はなかったか…。 タイミングの悪いことにディアーナはわたしの所に報告に来ていたしね……」
事情を聞いた彼女は深くため息を吐いて私を見つめると、いきなり座り込んで頭を下げた。
「弟の不始末を私からもお詫びする。本当に申し訳なかった!」
そう言ったまま頭を上げない彼女に倣うように、残りの2人も頭を下げて……。
元々正座をしていたこともあり、彼らが頭を下げると、土下座をする5人の前に立つ私という構図になってしまう。この姿勢は止めたいんだけど……。でもこの人たちは、それだけ深く反省していることを示したいんだろうし……。
自分が悪いことをしたわけでもないのに、一緒になって頭を下げている女性はギルドマスターのお姉さんらしい。❝弟の不始末を詫びる姉❞の姿に、ネフ村のマルゴさんの姿が重なった。 弟相手に実力行使で反省を促すスタイルも同じだしね。
「……くすっ」
(ばか!)
(ごめん!)
❝マルゴさんと同じ❞と思った瞬間、思わず笑いがこぼれてしまった。ハクがお叱りの心話を送ってくるけど、もう、こぼれた笑いは元には戻らない。
許されたのか?と恐る恐る顔を上げた4人の男には冷たい視線を投げかけて、彼女の手を取って引っ張る様に立たせた。
地球の一部の地域で❝女王様❞と呼ばれるスタイル(なんと、彼女はとってもきわどいビキニアーマーを着用しているのだ!)で土下座姿はいただけない。彼女に非はないから尚更だ。
実はこのギルドのサブマスターだった彼女から簡単に事情を聞くと、今日、ギルドマスター達は、王都方面への街道沿いを荒らす盗賊団の討伐に出ていたらしい。 事前情報を元に万全の準備をして行ったのだが、情報よりも盗賊団の数が大幅に多かった。早い話が苦戦を強いられた結果、重症者が出てしまった、と。
手持ちのポーションを使い果たした彼らは怪我人を治癒士の元へ運び込んだのだが、今日は有力な貴族が治療に来ているらしく、怪我をした冒険者のランクを聞くや、門前払いを食らわせた、と。
「怪我をしたのが俺だったら、奴らもあんな態度を取らなかっただろうに……!」
<冒険者ギルドのマスター>としての権威は<治癒士ギルドのマスター>の「高ランクの治癒士は治療を行った為MP切れだ」の一言の前には役に立たなかったらしい。
あの失礼な行動の裏にあった事情を理解して、「MPポーションがあるじゃねぇか!」と悔しそうにこぶしを震わせるギルドマスターの姿にほんの少しだけ、同情してしまった。
(ダメにゃ! 甘い顔をしたらいけないのにゃ!)
(つけあがっちゃうよ?)
私の心の変化に素早く気が付いたハクとライムのお陰で軽はずみなことは言わなくても済んだけど……、重症者の容体は気になる。
従魔たちと見つめ合う私に何かを感じたのか、サブマスターは、
「今、1階に重傷を負った仲間がいます。 治療費はギルドが負担するので、踏み倒すことはありません。 どうか治療をしてやってもらえませんか」
と、改めて私に頭を下げた。 ……感情の機微を読み取るのがうまいなぁ。
少しだけ感心していると、彼女は勢い込んで、
「もちろん、こいつらにも全力でお詫びをさせます! 身ぐるみ剥いでもらって構いません! どうか、治療をしてやってください!」
弟たちの身ぐるみを剥ぐ許可まで出した。
「冒険者ギルドは、いち冒険者のことをそこまで親身に世話するの? 破産しない?」
不思議に思った私の問いかけに、彼女は辛そうに目をふせた。
「通常、冒険者の依頼遂行中の負傷は個人の責任です。 ですが今回の盗賊討伐は、ギルドの集めた情報に誤りがあった為に大変な苦戦を強いられました。ギルドの負うべき責任です。 その上その怪我は、攻撃を受けようとしていた人質を庇った弟をさらに庇ってくれて負った怪我。 弟はギルドとしての責任と、人としての責任を負っているのです。どうか、治療を……」
<冒険者>って人種は、仲間を庇うのがデフォルトなのかな? 森で出会った冒険者たちに、ちょっと事情は違うけど、仲間を庇って片足を失ったルシアンさんを思い出す。
今夜一晩でルシィさんにマルゴさん、ルシアンさんのことまで思い出す出来事が重なってしまうと、どうしても感情が引っ張られてしまうなぁ。
それに、事情が分かれば、多少の非礼は仕方がなかったのかとも思えるんだけど……。私の為に怒っているハクとライムの視線は冷たいままだ。
どこで折り合いをつけたものかなぁ………。
ありがとうございました!




