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押し売り 1

 受付を離れると、興奮が冷めて蒼白な顔色でぐったりと座り込んでいる男と、男の周りに飛び散っている血液を拭き掃除している男たちが目に入った。


 汚したのは私なんだけど……、まあ、この場は任せてしまっても良いよね! 


 掃除は男たちに任せることにして、私は自分が腕を飛ばした男を【診断】してみる。 


 現在の診断結果は❝貧血❞以外に目立つ症状はないんだけど、腕を切り飛ばした直後、床の上を転がりまわっていたことで傷口から菌が入っていないかが少しだけ心配だった。


 ……もう少しだけ、稼いでおこうかな!


 綺麗に拭かれた床の上に商業ギルドからもらった看板を置いて、男たちのリーダーに声を掛ける。


「……支払いはもう終わっているよな? なんでこんな所に看板なんか出しているんだ」


 こちらを振り向いたリーダーの質問に笑顔を浮かべて、押し売り開始だ!


「うん。追加でいくつか売ってあげようかと思って」


「はあ? ……今の俺たちは借金持ちの貧乏パーティーだぞ。 何を買わせようって言うんだ?」


 不審そうなリーダーに、今回お勧めの商品を紹介する。


 まずは【キュア】魔法。 男が転げまわったことによって傷口からいけないものが入っていた時の為に、解毒しておくことを勧める。 でも❝菌❞の概念がないようなので必要性が理解されずに断わられてしまった。


 仕方がない、大丈夫なことを祈ろう!


 もう一つの商品は<造血薬>だ。もちろん、改良前の不味いヤツね。 1本2万メレの高値を付けて、6本までの販売を提案してみる。


「……高いぞ。 造血薬の相場は12,000メレって所だろう」


「ああ、もう持ってるの? なら必要ないね」


「いや、持ってはいないが……」


「そう? この辺りで簡単に買えるなら別にいいんだけどね。 早いうちに飲んでおくと、その分仕事への復帰が早くなるから勧めてみたの。 

 あのまま放っておいても1週間もすれば回復するだろうし、まあ、いっか?」


 押し売り失敗! さっさと諦めて造血薬をインベントリにしまおうとすると、少しだけ慌てたように手を掴まれた。


「「「………」」」


「! すまんっ!」


 私の視線に気が付いたリーダーが慌てて手を放してくれたので、私はもう何も言わないし、しないけど。 うちの可愛い従魔たちは臨戦態勢を解く様子はない。


 2匹の様子に気が付いたリーダーは従魔たちにも謝って、私に危害を加える気がないことを誓っていた。 ……2匹が怒るとどうなるかを忘れるつもりはないらしい。学習能力が高いね!


 リーダーの態度を見て臨戦態勢を解いた2匹が、今度は❝買え!❞とばかりに造血薬を1本ずつリーダーに向かって押しやった。押し売り2号&3号の誕生だ。


 周りでこちらの様子を見ていた職員や冒険者たちが感心したように声を上げているのを聞いて、頼もしい私の従魔たちはますます胸を張って、新たに1本ずつの造血薬をリーダーに向かって押しやる。


 ……その不味い造血薬を4本も飲ませるのは拷問になるんじゃないかな? 6本も出してた私も悪いんだけどね。


 ちょっとだけ不安になりながら成り行きを見ていると、軽くため息を吐いたリーダーが、


「1本2万メレだな。 4本…、え、6本全部かっ!? ……わかった。6本もらうよ」


 諦めたように、中銀貨1枚と小銀貨2枚を取り出す。  ……うちの従魔たちって、やり手の販売員でもあったんだね。頼もしい!


 遠慮なく受け取って、まずは1本だけ残っていたとてもまずい造血薬から飲むように勧める。


 何も知らないリーダーは普通に受け取って、座り込んでいる男に造血薬を渡しているけど、事情が分かっている2匹はとっても楽しそうだ。


「ほら、高かったんだから零すなよ? これを我慢して飲めばその分復帰が早くなるんだ。 1滴でも無駄にしたら、向こう3か月間ハウスの便所掃除はお前にさせるぞ」


 造血薬の味を拒否して逃げようとした男を仲間の男たちが羽交い絞めにして、リーダーが男の口元に無理やり薬を流し込む。

 男が嘔吐(えず)きながら必死に飲み込んでいる様子を見て、ほんの少しだけわだかまっていた怒りも綺麗に霧散した。ハクとライムも同じらしく、雰囲気が少しだけ和らいでいる。


 でも、他人の不幸を喜ぶようでほんの少しだけ気が咎めたので、軽い罪滅ぼしに男に【キュア】を掛けてあげた。


「何をした!?」


 突然の魔法の発動に驚いている男たちに、


「解毒。さっき説明したでしょ? 面白い顔を見せてくれたから、サービスだよ」


 とだけ告げて、さっさとその場を後にした。












「この始末をどうするんだ。軽々しく煙玉なんぞ使いやがって……」


 酒場のマスターはグラスを洗いながら、不機嫌顔で舌打ちをしていた。 ……一応、この騒動の当事者としては責任を感じる、かな?


「このカウンターの内側だけ、綺麗にしたら宿泊料をタダにしてくれる?」


「ん? お前さんはさっき一瞬で1,300万メレも稼いでいただろう? 宿の宿泊費は3千メレ、お前さんはさっき登録したばかりだから初心者割引で2千メレだ。 掃除の手伝いなんぞで2千メレぽっちを浮かせる必要はないだろう?」


 私の提案を聞いたマスターは不審顔で言うが、


「え~? 2千メレは大金でしょ? なんていっても、一晩の宿代なんだから!」


 私の言葉にハクは大きく頷き、ライムも体をプルプルと振るわせて賛成の意思を示す。それを見たマスターは感心したような呆れたような顔で、


「まだ若いのにしっかりしていると言うか、けち臭いと言うか……」


 と苦笑をするので、私はついつい笑顔になってしまう。


「……何を笑っている?」


「褒められたから!」


「けち臭いとも言ったが?」


「<商人>としても、<冒険者>としても誉め言葉でしょう?」


 今の言葉を護衛組のみんなに聞かせてあげたい! みんな~! もう、心配いらないよ! 私は❝けち臭い❞の評価を手に入れた!


 心の中でみんなに報告をしながら2匹と一緒に喜びを分かち合っていると、マスターが真顔で私を見て、


「……なるほどな」


 と呟くのが聞こえた。 …何が!?


 マスターに意味を聞いてみても、意味深に笑っているだけで何も答えようとせず「カウンター内だけでも大変だぞ。いくつのグラスや皿、酒瓶を洗うことになるか」とはぐらかされてしまう。


 気にはなるけど、これ以上聞いても無駄だろうと判断してはぐらかされることにした。


「そうでもないよ。で、交渉成立?」


「ああ、成立だ。この中を綺麗に掃除してくれたら、今夜の宿代はチャラだ」


 マスターの言葉を聞いて喜ぶ従魔たちをひと撫でして、指を1つパチンと鳴らすと同時に声には出さずに【クリーン】を発動。


 いや、別に深い意味はないんだけど……。ちょっとやってみたかったんだよね、私のイメージでの魔法使いっぽい行動。


 さすがにクリーン1回ではカウンター内の全てを綺麗することはできなかったので、そのまま声には出さずに何度か追いクリーンを掛けてお掃除終了!


 ビックリ顔のマスターに「【クリーン】魔法って便利よね?」と声を掛けて、部屋の鍵をもらう。


 私の部屋は3階。 トイレは1階にしかないのでちょっと不便な気もするけど、その分酒場から離れるので、2階ほどうるさくはないらしい。 マスターの気遣いに素直に感謝して、さっさと階段に向かう。 ……あの男の血液の掃除まで手伝うつもりはないからね!


 なんだか今日は疲れたなぁ…。 


 肩をほぐしながら階段を上がっていると、乱暴にギルドの扉を開く音がして、


「ディアーナさん、助けて!! リーダーが! リーダーがっ!!」


 切羽詰まった女性の叫び声がギルド内に響いた。


ありがとうございました!

今夜の冷え込みは一段と厳しそうですね…。 皆さま、温かくしてお休みくださいね!

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