治療の対価
1軒ずつ家を回り、診断をしながら簡単に対価の物色をする。
その際に、マルゴさんが治療の対価を丁寧に説明してくれていたので、私はメモ取りに専念できた。
詳しくカルテを作る必要はないので、“名前、ヒールの回数、対価候補”だけをメモに取る。
噛み傷、引っかき傷、鋭利な刃物らしきもので裂かれた傷、打撲に骨折といろいろな症状があった。
ハウンドドッグは弱い魔物だと思っていたが、戦えない人たちには十分な脅威になるようだと認識を改めた。
急ぎ治療が必要な重症者は2人いた。
1人は、肩から胸までを大きく裂かれていて、顔色も悪く呼吸も浅い。見るからに重症だ。【診断】の結果、ヒールが18回必要になる。
こんなに重症でも、【ヒール】で治ることに驚いた。
「この方は、今、治療をした方が良さそうですね」
この家はあまり裕福ではなさそうで、金目のものはほとんど置いていない。 さて、何を貰おうか。
台所に行き、食材をチェックする。 塩壷を発見! 塩を全部……、半分貰おう。 あ、米がある! 米も欲しい!
「対価をお支払いできるでしょうか……?」
奥さんらしき人が不安そうに聞いてきた。 マルゴさんもルベンさんも、表情が硬い。
不安になる気持ちはわかるので、安心してもらえるように微笑んでみた。
「この方の治療の対価に、
1、塩壷の塩を全て
2、塩壷の塩を半分と、」
(ハク! 米の重さは㎏? 合? それとも別の単位?)
(㎏にゃー)
(ありがとう!)
「米を3kg
3、米を5kg
いただこうと思います。 どうしますか?」
そう聞くと、部屋の中にいた人は全員ポカンとした顔になった。
あ、口が開いてる……。 こんな間抜けな顔をビジューに見られたかと思うと、今更だけど恥ずかしいなぁ。
「治癒師様、この人の治療を本当にして貰えるのですか? この怪我を、本当に塩と米だけで治して貰えるのですか!?」
奥さんが掴みかからんばかりの勢いで聞いてきた。
うん、ヒール18回と塩か米の交換なら、私のほうが得をする♪
「私は治癒師ではありませんから」
にっこり笑って言うと、マルゴさんが慌てて奥さんに治療の条件を念押ししてくれた。 プレッシャーになるから治癒師はと呼ばないで?
「塩を半分と米を3kg、よろこんでお支払いします!」
成立! 前払いでいただきます♪ 念願の、お塩GET!! お米も嬉しい♪
でも、ヒールを18回かぁ。 『ヒールヒールヒールヒール』と繰り返すのもカッコ悪いなぁ……。
ヒールをまとめて掛けられないかな? ちょっとやってみよう! 回復魔法の練習って言ってあるから、失敗しても怒られないだろうし、大丈夫だ♪
「【ヒール・ダブル】」
!! やった! 出来た! ヒールが連続で2回発動した! じゃあ、
「【ヒール・トリプル】」
成功!
「【ヒール・クアドラプル】」
成功!!
「【ヒール・クインティプル】」
発動しない…。 もう1回!
「【ヒール・クインティプル】!」
やっぱり発動しない。4回までが限界かぁ。でも、回数の削減にはなったし、いっか♪
残りは9回だから、
「【ヒール・クアドラプル】【ヒール・クアドラプル】 ラスト、【ヒール】!」
失敗もあったが、ヒールで生まれた光は次々に患者の体に吸い込まれ、最後は眩い光になり、光が消えたときには傷も綺麗に消えていた。
顔色はまだ悪いけど、呼吸は穏やかになっている。
診断でも、<貧血>としか出ていない。
(アリス、【ヒール】の呪文を改造したのにゃ!?)
(うん、何回も【ヒール】を繰り返すのって、カッコ悪いから)
(成功してよかったにゃ~! カッコいいのにゃ♪)
ハクのおだてに気を良くしていたら、
「アリス、様?」
「え、様付け? やめてくださいよ!」
「あ、ああ。アリス、さん。 本当に治癒師じゃないのかい?」
「ええ、違いますよ。 回復魔法を使えるようになったばかりの駆け出しです」
「これだけの大怪我を、治せるのに?」
「治ってよかったですねぇ!」
これで完全に、塩と米は私たちのものだ! よかったよかった♪
(ハクは、塩分とか取っても大丈夫なの? お肉は味付けしない方がいい?)
猫に塩分は大敵なので、確認をしてみる。
(僕は神獣にゃ! 何を食べても大丈夫にゃ!
アリスが美味しいと思うものを一緒に食べたいにゃ♪)
(OK! 今夜は美味しいものをお腹い~っぱい! 食べようね~♪)
(んにゃ~~っ♪)
美味しい晩ごはんに思いを馳せていると、感極まった声が響いて両手を握り締められた。
「塩と米だけで、こんな治療を…! なんて、なんてありがたい……!」
なんか、明日からの対価が安くなりそうな嫌な気配……?
「治癒師なら違う対価を求めるでしょう。これが当たり前だとは思わないでくださいね?」
一応釘を刺したいんだけど、なにか良い言い回しはないかなぁ……。
「私の治療の対価もそれぞれの条件で変わります。この治療を基準に考えられては困りますよ?」
「ああ、わかっているよ。この対価のことは、外では言わないさ。 これがバレたら<治癒師ギルド>で睨まれちまうだろうからね! あんたもよそで言うんじゃないよ! アリスさんに迷惑が掛かるからね!」
マルゴさんが私の言ったことをちょっと誤解して奥さんに釘を刺してくれた。 これで今後の対価を減らさなくてすむ。よかったーっ^^
「ご主人は血を多く失っているので、怪我が治ったとはいえ無理は禁物です。ゆっくりと休ませて上げてくださいね。食事は普通に食べてもらって大丈夫ですよ。
血を増やすために、肉か卵と豆と野菜のスープとかが良いですね」
血を増やす食事の提案をすると奥さんは困ったような顔をしたが、マルゴさんが、
「明日にでも、村の貯蔵庫の残りから届けさせるよ。ハウンドドッグ討伐の功労者だ。誰も文句は言わないさ」
と言ったのを聞いて、嬉しそうな顔をしていた。 肉の貯蔵庫を襲われたと言っていたから、もう、肉が少ないのかもしれない。
さて。 さくさく、次に行こう! 次は何を貰おうかな♪
ありがとうございました!




