彼女の遺言
アリス
あたしが今どんなに幸せな気分でいるか、あんたにわかる?
仲間に裏切られた上にゴブリンに穢されて、絶望の中で死ぬしかないと思ってたあたしの前にあんたが現れた。
あんたは見ず知らずのあたしの為に泣いてくれたね。 あたしを❝可哀そう❞と思っての涙じゃなく、❝あたしの為に何もできない自分が悔しい❞って泣いてた。
何でわかるかって? あんたの表情がそう言ってたからさ。
普通は同情して泣くんだよ。可哀そうにって言いながら、その不幸を襲ったのが自分でなかった幸運を喜びながら泣くんだ。 ……少なくても、あたしの知ってる女はそうだった。
だからかな? あんたがあたしのことを思って、自分の力のなさを悔しがって泣いているのを見て、「もういい」って思えたんだ。
こんな屈辱を受けながら自分が死ななくてはならない理不尽さに対する怒りや絶望が、あんたの流す涙と一緒にどこかへ行ったよ。
あんたの誘いは本当に、心の底から嬉しかった。 魔物を引き寄せる体質になったあたしなんかと一緒に旅をしようって言ってくれる気持ちが本当に嬉しかった。
お人好しのあんたと可愛い従魔2匹との旅は、きっと楽しいものになっただろう。 ……あたしの体質さえ変わってなかったら。
どこへ行っても魔物を呼ぶ体質は、生きているだけで罪なんだ。 あたしを目当てに集まった魔物が、他の奴らを殺したり犯したりするかもしれないなんて、想像するだけでぞっとする。
それでも、見ず知らずの他人の為に死ぬなんて、やっぱり怖いからね。
あたしは、あたしの名誉と孤児院の子供たちの未来の為に死ぬ。 これがあんたの誘いを断る理由だ。
……許してくれるだろう?
それと、もう一つ頼みごとをしたいんだ。
冒険者ギルドへ行って、あたしの預金と、あたしがいたパーティーの預金からあたしの分の金を取り戻して欲しい。
頼みごとの礼に、あたしの預金はあんたにあげるよ。 あんたにとっちゃあ端金だろうけどさ。これから冒険者登録をするあんたへの依頼料だ。
……あたしがいたパーティーは、ゴブリンとの戦闘で壊滅しているかもしれない。 でも、もしかして逃げ延びた奴らがいたら、あたしはあたしの金をそいつらにくれてやりたくないんだ。
そいつらはあたしをゴブリンの前に突き飛ばして、生贄にして逃げた奴らだからね。
だから、あたしの金で奴らが楽しむことは許せない。 たったの1メレだってくれてやりたくないんだ。 あたしが稼いだ金は、あんたと院長に受け取って欲しい。
……パーティーの預金の内のあたしの金のことはラリマーのギルマス宛に手紙を書いておいたから、ギルマスに渡してくれ。
勝手ばかり言うけど、……頼んだよ。
さて、そろそろあんたが戻って来るかもしれないね。 あんたの顔を見たら決心が鈍っちまうかもしれないから、もう旅立つことにするよ。
あの子とあたしの胎の中にいる子を連れて先に女神の元へ行くけど、あんたはゆっくりとこっちへ来なよ。 こっちへ来た時に、どこでどんな楽しいことをしていたのか話してくれると嬉しいね。
……無事に女神の元へたどり着けたら、あんたのお人好しが少しはマシになる様に女神に願ってやるから、変な奴に捕まって身ぐるみはがされてこっちへ来る、なんて間抜けなことになるんじゃないよ?
アリス!
あんたの人生に女神・ビジューの加護がありますように!!
追伸
あの子の墓穴を一緒に掘れなくてごめん。
あたしに綺麗な布は必要ないし、墓穴もあの子の分だけで構わないよ。
孤児院やギルド宛の手紙はテーブルの上に石を乗せた状態で置いてあったけど、私宛の手紙だけは、彼女が胸元に抱いていた。
手紙を読んだ私はおもむろにインベントリを開く。
「フランカに似合う布を、ハクとライムで1枚ずつ選んでくれる?」
「どうするのにゃ?」
「……いやがらせ? いらないって言うなら倍にしてあげようかな、と。
どうせ、死んでる自分には綺麗な布なんてもったいないとか言うんだろうけどね。 ……裸のままで放置なんてしてやらない」
2匹の目の前に布を広げ、私は手紙を回収するためにテーブルまで移動する。
孤児院の院長と子供たちに1通ずつと<冒険者ギルド>のギルドマスター宛が1通の計3通を大切にインベントリに収納して、テーブルやレターセット、きれいに畳まれたマントを回収して振り返ると、2匹はそれぞれが選んだ布の前で私を見つめていた。
ハクが選んだものは可愛らしく、ライムが選んだものは美しい柄の布だったが、不思議と両方がフランカに似合っている。
アイテムボックスに持っていたらしい解体用のナイフで、何度も何度もお腹を刺してゴブリンの子と自分の命を奪ったフランカの遺体は血に塗れているので【クリーン】で清めてから布で包む。
……これだけのことをしながら、顔には穏やかな微笑みを浮かべていた心の強いフランカ。 私はあなたと一緒に旅をしたかったよ。
感傷を抑え込み、2匹に手伝ってもらいながら丁寧に綺麗な布でフランカを包み、その上から帆布で包み込んでフランカの姿が見えなくなると、2匹が心配そうに私に寄り添ってくれた。
「大丈夫だよ。 2人を一度には運べないから、ハクの結界でフランカの遺体を守ってくれる?」
「わかったにゃ」
ハクの結界がフランカを覆ったことを確認してから、小さくてもとても重たく感じる少女を背負い、埋葬場所に選んだ地点へゆっくりと移動する。
墓穴は、少しだけ考えて、大きなものを1つだけ掘ることにした。ビジューの元へ一緒に行くと言っていたからね。一緒に葬ってあげよう。
【アースウォール】を何度も使って深い穴を掘り、少女を抱えたまま穴の中に降りる。 このくらい深ければ、獣や魔物に掘り返されることもないだろう。
穴から出て、この場所にも結界を張ってもらってからフランカを迎えに行く。
私が背負うとフランカの足の部分を引きずってしまうのに気が付いたライムが、器用にフランカの足元を支えてくれたので安心して移動できた。
少女の隣にフランカを横たわらせてから花を捧げる。 多めに摘んだ花がフランカと少女の遺体を十分に覆い隠してくれたので、上から土を掛けて丁寧に埋葬した。
墓標の代わりにフランカの命を絶ったナイフを土に刺し、その周りに花を飾り終わると、一気に体の力が抜けてしまった。
お墓の前に座り込み、埋めたばかりの土に触れると涙が零れ落ちる。
………もう、いいかな? ……もう、いいよね?
堰を切ったように溢れ出す涙をぬぐうこともせずに、私は感情のままに泣きだした。
「にゃぁ……」
「きゅぅ……」
2匹が心配しておろおろとしていることにも気が回らずに声をあげて泣き続けた私は、泣いて泣いて泣き疲れて、そのまま意識を手放した…。
シリアス回はここで一旦終了です。
辛い話にお付き合いくださった皆さま、ありがとうございました!




