彼女の事情
親はいたけど、信頼できる関係ではなかったこと。生まれた時から世話をしていた可愛い弟がいたけど、もう2度と会えないこと。 故郷はとても遠い場所で戻ることはできないこと……。
「あんた……。そんなに恵まれた容姿と能力を持っていながら、恋人もいなかったのか?」
彼女に問われるままに自分の境遇を話していると、なぜか哀れまれてしまった。
恋人はいなかったけど、流威の世話をするのは楽しかったし、幸せだったんだけどな~?
「そういうあなたは恋人がいるの?」
「…あたしもいないよ。 惚れた男はいたけどね」
恋人がいたら自殺を思い止まってくれるかと期待したんだけど、残念なことに片思いだったようだ。
でも、そこから彼女は自分のことをぽつぽつと話してくれた。
彼女の名前はフランカ。ラリマーを活動の拠点としている冒険者らしい。
幼い頃にご両親を亡くして孤児院に引き取られたこと。 孤児院は貧乏だったけど、院長さんがとても優しくて教養のある人だったので、孤児院の子供たちはみんな読み書きと簡単な計算ができること。
そして、独立した今は、依頼で得たお金を孤児院に寄付していること。休みの度に孤児院に顔を出して子供たちを可愛がっていることや子供たちも彼女に懐いていて、遊びに行く度に大歓迎を受けること。
「死んだら、孤児院の院長さんや子供たちが悲しむよ……」
別に、孤児院をダシに自殺を止めようと思ったわけじゃない。 親しい人が自殺なんかで命を散らしたら、悲しむだろうと思っただけだ。
でも、彼女は何かを感じたらしく、困ったような顔で俯いた。
「仕方がないんだ……」
お腹に当てた手を悔しそうに握りしめながら絞り出すように言う。
「仕方がないんだ。あたしの胎にはゴブリンの子が入ってる……。生むわけにはいかない。
…………驚かないんだね?」
フランカがゴブリンの子供を妊娠していることは知っていた。治療をした後に【診断】したからね。
「……生まないっていう選択肢もあるよ」
「そうだ。そのためにあたしは」
「死ぬ必要なんかない! 私は、……ゴブリンの子だけ殺してあなたを生かすことができる」
死ぬほど痛い思いをさせてしまうけど、それでも治癒魔法を使ってフランカを死なさないことができると説明しても、フランカの表情は変わらない。
「生きていても、ゴブリンの子を孕んだ女に行く先はない」
「そんなこと、黙っていればわからない! 私が黙っていればいいだけでしょ?」
「……バレるんだよ。こういうことは、さ」
この巣にいるゴブリンは殲滅したからフランカを追いかけて街に来る心配もないし、あとはフランカと私たちが黙っていればいいと思っていたけど、話はそんなに簡単じゃなかった。
……一度でも魔物の子を宿すと体質が変わってしまい、魔物が寄って来るようになるそうだ。 守りの薄い小さな村だとそのせいで魔物に襲われることもあるらしい。
ラリマーは大きな街だから大丈夫だろと思ったんだけど、大きな街にはテイムされた魔物がたくさん働いていて、その魔物たちの反応で周囲に感づかれてしまうようだ。
「だったら私と一緒に世界を旅してまわらない? うちの従魔たちは賢いから、他人に訝しがられるような懐き方はしないよ」
「にゃっ!」
「きゅっ!」
それまでおとなしく話を聞いていた2匹がきちんと返事をしたので、フランカは目を丸くした。
「…もしかして、今の話を理解してる?」
「にゃっ!」
「きゅっ!」
当然!とばかりに鳴き声を上げて、フランカの周りをぐるぐる回り出した2匹を見て、フランカは驚きの声を上げる。
「こんなに利口な魔物なんて、見たことない!」
「ね? うちの仔たちはお利口でしょ? この仔たちと一緒の旅は楽しいよ!」
そう笑いかけると、フランカは泣きそうな顔で笑いながら首を横に振る。
「街には他の従魔たちもいるし、道中ではあたしに引き寄せられる魔物もいるだろう。 その時にあたしが『ラリマーのギルドにいたフランカ』だってことがバレたら、……あたしを育ててくれた孤児院に迷惑がかかる」
❝魔物を引き寄せる女❞と関わりのある孤児院だと世間が知ったら、どんな嫌がらせを受けるかわからないし、下手すると襲われて命すら危ない。 なけなしの寄付金だってなくなるだろうし、地主だって土地を取り上げるだろう。そうなれば、院長や子供たちが路頭に迷い飢えてしまう。 そう言ってフランカは強い瞳で私を見下ろす。
「あたしは❝ゴブリンの子を孕んじまったけど、きっちり身の始末をつけた女❞として死ぬ必要があるんだ」
「事情はわかった。 だったら、フランカが死んだように偽装しよう! 本当に死ぬ必要なんか」
「あるんだ!」
……そこからいくつも、私に思いつく限りの方法を提案してみたけど、『過去の事例』を持ち出したフランカによってことごとく却下されてしまった。
「………………」
「わかったらもう邪魔をしないで……、どうしてあんたが泣くんだよ!」
目の前の心優しい女性が子供たちの生活を、未来を守る為に❝死ななくてはいけない❞ということがどうしても納得できなくて、それなのに、私には何もできないことが悔しくて、気が付くと私の目の前がぼやけていた。
私が泣いても何も解決しない。こぶしを握り、奥歯を噛みしめてなんとか堪えようとしても、私の壊れてしまった涙腺は、大粒の涙をこぼし続ける。
「あんた、バカだね……。 おひとよしって人に言われてないか? そんなんじゃあ、世間の荒波に呑まれちまうよ…」
心配してくれているハクとライムを足元にまとわりつかせたまま、とうとうしゃくりあげ始めた私をどう思ったのか、
「ねえ、あんた。 ちょっと頼まれてくれないか?」
滲むように笑ったフランカは、私の目をのぞき込むようにして❝頼み事❞を口にした。
ありがとうございました!




